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本当に「見捨てている」のは誰なのか

現状では運営側も十分対応できていない点や、誤情報、デマに対する法制度などはまだまだ追いついていない点もある。災害時のデマ・誤情報は今後の大災害時にも大きな懸念となり、今後の法整備や悪質なケースの厳罰化に期待したい。

「復旧した所よりしていない所が多く報道されていた。全国放送だからそういった報道が全国に伝わりやすいのかもしれないが、そこで生活している住民にとっては、〇〇の道が通れるようになった、〇〇商店が再開した、〇〇では宿泊可能といった前向きな報道が増えてほしい。」(能登地方・50代男性)

災害報道はどうしても「被害探し」や「悲惨な現地」を探しがちになってしまう。しかし、それは現地の方々のプラスにはなっていないこともある。課題となる点については改善案を示すことは重要であるが、地域の方も前向きな報道を求め、それにより多くの観光客が来てくれることを望んでいることを知って欲しい。

能登の人々は、決して「見捨てられて」などいない。それは、現地を見分し、地域の方のお話を聞いた前回のコラム「能登は見捨てられた」説に現地から猛反論…被災地で起きている「劇的な変化」と、あえて「復旧しない場所」がある納得の理由で示した通りである。公費解体が、仮設住宅が、また道路などインフラの着実な復旧が事実だ。現場では今日も、行政職員が、復旧・復興事業者が、ボランティアが、医療・福祉関係者が、そして何より能登に住む住民自身が、厳しい状態の中で未来を切り拓いている。

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ポイントとしては、個人的な感想や弱者を代弁させるような話などの①感情論ではないか、政府や自治体を否定したい立場の②特定の政治スタンスではないか、ということに注意し、③客観的な科学・データに基づいているかということに注意してほしい。

見捨てているのは誰か。それは、「能登は見捨てられた」「住む場所ではない」と勝手に決めつけ、地域で生きる方々に背後から石を投げる側の人々の方ではないのか。繰り返し、感情論や政治的主張ではなく、「事実」であるかを確認する癖を平時から付けて欲しい。

支援のつもりで発した言葉が、現地の誰かを傷つけていないか。その想像力を持つことが、本当の意味での『受援』と『支援』の橋渡しになるだろう。

情報災害という「人災」を食い止めることができるのは、プラットフォームの規制でも、AIによる検閲でもない。画面の向こうに、被災された地で尽力された方々がいることを想像できる、私たち一人ひとりの理性だけだ。復興途上にある現地の実際の様子(事実)と、被災地で復興に尽力する方々の声に耳を傾けてほしい。

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アンケート概要

有効回答数:136件

調査期間:2024年10月15日~11月15日

方法:googleフォームの調査票をX(旧Twitter)等で拡散による

回答者の約60%が石川県・富山県の被災地域(または激甚な揺れを経験した地域)に居住しており、残りの約40%は全国各地(東京、神奈川、愛知、大阪など)に居住している。それらの中には「実家が能登にある」「帰省中に被災した」といった強い当事者性を持つ方も含まれる。文中、自由記述欄のコメントについて、個人を特定できないよう地域(アンケートでは居住地を市町村で取得しているが特に能登地方については特定を防ぐために市町の記載をせず能登地方等と一括)、性別、年代のみ付記して抜粋して使用した。

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