私たちが「加害者」にならないために
SNSでは、怒りを誘う感情は拡散されやすい。一見怒りを買いやすい「怒りの投稿」に反応・拡散する前に、一度立ち止まって考えてほしい。その投稿は、本当に被災者のためのものか。それとも、投稿者自身の「承認欲求」や「政治的立ち位置」によるもの、まして「何らかの私的な利益に繋がるもの」である可能性がないか。
地域の行政、役所を支えている職員は、自身や家族、身内も被災者であるケースが少なくない。」。役所でのトラブルや批判についても厳しい声が多かった。ここでも、改善のためではなく批判を目的としたケースが目立った。
「政権批判のために個人ボランティアとして支援に入っていると思われる人間が、役所や他支援者とトラブルを起こして疲弊させていた」(能登地方・30代男性)
「人手がない過疎地の自治体で懸命に動き考えている職員を、扇動し事情も知らない他県のネットユーザーが批判する(それも、正義だと思い込んで!)姿には、やり場のない怒りを覚えストレスを抱えてしまった」(能登地方・20代男性)
「行政批判ばかりが先走り、実態が埋もれ、被災当事者が置き去りになっていると強く感じました。家族が奥能登の役場勤務で酷い環境だったのを間近で見ていたので、あれ以上を求めるのは酷だと思います。改善点や要望を伝えるのではなく、批判が目的の行動は、何とか頑張ろうと踏ん張っている人の心を粉々にする悲劇しか生み出さないと思っています」(能登地方・30代女性)
誤情報を流しているユーザーがあれば、地域の方や事実を知っている方は当然批判をするだろう。その姿は、状況を知らずに一見すると袋叩きに遭っているようにも見えかねないことも懸念だ。
このような批判に対し、「攻撃するなどとんでもない」といった攻撃だとすり替えることこそ「トーンポリシング(主張の中身ではなく調子や表現を取り上げる行為)」そのものであり、論点ずらしの詭弁でしかないだろう。誤情報はどのような立場の人であれ、許されない。
私たちは、もう止めなければならない。スマホの画面越しに見る被災地を、自分のイデオロギーを戦わせる「戦場」にするのは止めることが重要だ。偏った情報があれば、まず「事実」であるかを確認する必要があるだろう。また、指摘をしていくことが重要である。