1970年、小4の時に買ってもら
った包丁。現役。
翌年の調理実習のために予習
としてキャンプで多用。
画像上白消し部分は私が苗字
を彫った部分。小4にしては
結構巧みに銘が彫れていると
思う。日本刀の銘は彫るので
はなく鏨で切るが、木工は刃
物で彫る。彫刻刀と呼ばれる
「刀」を使って彫った。
包丁の使い方の基本は小学校
で習った。
当時私の通った横浜の小学校
は、大正時代にできた古い学
校だがかなり開明的な学校で、
調理実習では自分の包丁を持
参してよいという授業だった。
あたしゃ科目では家庭科大得
意(笑
包丁が学校で使える授業、と
いうのが楽しくて仕方なかっ
た。
本格的な包丁の使い方を習っ
たのは高校の時の神田神保町
の喫茶店でのカウンター内バ
イトではない。
カウンター内で高校生ながら
客に出す料理を作っていたが、
そこではサンドイッチの超速
作製法を習った。
だが、本格的な包丁の使い方
を教えてもらい、自分でも研
鑽したのは学生時代にバイト
した割烹小料理の店でだった。
包丁を握らせてくれたのは本
当に幸いだった。
一時期、学生やめて本気で仕
事にしようかと思っていた。
その店のオーナーが、大学や
めてうちに入らないかと真剣
に誘ってくれていたので。
追い回しだったが、厳しい中
でも楽しかった時代だ。目を
かけてくれたのもとても有難
いと今でも感謝している。
社会にも大人にもガキの頃か
ら反発小僧だったが、何かと
年上の人からはどの方面でも
私はとても可愛がられた。こ
れ摩訶不思議。
そこからだね。その割烹小料
理屋勤めから。おいらが本格
的に刃物の中でも包丁の良さ
に目覚めたのは。
「料理とは人の命と心を繋ぐ
ものだ」というのはその店の
オーナーが教えてくれた。
言葉だけでなく、実践で作る
料理から。滅茶苦茶流行って
いて、いつも客で満席の店だ
った。昼の3時頃に風呂入っ
て身支度して、夕方前に店に
入り仕込み。店は夜7時から
開店、朝の5時まで開いてい
た。居酒屋ではなく割烹なの
に。街だからだろうが、法的
にはどうなっていたのだろう。
仕事アップは朝の7時頃。履
修してる大学の1時限は8時半
からだ。ちょいきつい(笑
一度、大教室で講義中に寝て
しまい、1時限90分の授業を
3時限目まで大教室で意識不
明で寝てた事があった(笑
大学なんて、教授たちはそう
いうのは何も言わない。語学
の小教室ではそういうのは
だが、授業だけでなく学生集
会や団交にも使う階段大教室
なんてのはそんなもん。
1990年代にテレビドラマ「味
いちもんめ」が放送された時
には既に結婚していたが、ガ
ン観していた。毎回妻に録画
してもらって。
仕事は朝の9時半から、深夜
11時まで。ビル閉鎖後の缶詰
徹夜仕事も多かった。
法律事務所なのに労基法とか
丸無視で、事務所側の法的や
りくりどうなっていたのだろ
う(笑
「味いちもんめ」はとてつも
なく面白く深いドラマだった
が、一切メディアが出版され
ていないのが残念。
原作よりも遥かに面白いとい
う珍しい映像作品だった。
中居くんがあんなことになっ
たのでもう絶対に全編DVDと
かのメディア化は無理だろう。
幻の映像作品になってしまっ
た。
あの作品の中での親方(小林
稔侍)さんが私がバイトして
いた割烹のオーナーにキャラ
と風貌がソックリだった。
店の雰囲気もとても似てい
た。
包丁は素晴らしい。
料理という人の命と、人の
心を繋ぐものを作り出す道
具だ。
包丁を手っ取り早い武器刃
物として人を殺傷する事に
使う事が、いかに人類の幸
福に反する事か。
包丁は料理を作るために生
まれて来た。
人の幸せを紡ぐための物だ。
包丁は正しく使ってほしい。
我が家に残る約百年前の包丁。
私が完全再生させた。