苦しいほうを選び続ける人たちへ
あけましておめでとうございます。
年末から苦しんでいたネームが終わるのが自分史上最高に遅れて、12月38日まで2025年だったので、随分と遅い年明けとなりました。
みなさんお変わりありませんか?
わりとずっと大きなテーマとして「ネームにめちゃくちゃ苦労する」をnoteで書いているので、とっくのとうにご存知でしょうが、
ネームを書いている時間は、だいたい苦しいです。
楽しいですか?と聞かれたら、苦しい時間を思い起こしながら呼吸を止めて「いいえ」と答えます。
基本的にストレスに強く肩も凝らないほうなのに、ものすごく身体中に力が入りガチガチになって、二言目には「温泉に行きたい」と言い出す2週間。
なんなんでしょうあれ。
机に向かっても進まない。頭の中で立ち上がったものを立てては壊し立てては壊し、あっという間に過ぎる7時間。
頭の中では面白いはずなのに、紙の上では全然形にならない。
プロットを作って15p進んでも「これじゃない」とゼロにする・・・。気づけば時間だけが減っていく。
これを喜んでやっている人がいたら、宇宙人と呼んでしまうと思う。
それでも私は、漫画を描き続けています。
なぜかと言えば、この苦しさを抜けた先にしか得られない喜びがあると、体が知ってしまっているからです。
最近よく思うのですが、人間の脳は本来、かなり面倒くさい設計をしています。
努力して、試行錯誤して、時間をかけて、ようやく報酬がもらえるようにできている。
ところが現代には、ほとんど努力せず、即座に、無制限に強い刺激が手に入る環境があります。
すると脳は、そちらに最適化されていく。
簡単な刺激を基準値にしてしまうと、現実世界の達成感はどうしても地味に感じられます。
ネーム作業は、その真逆です。
即時報酬はほぼないし、誰にも褒められない。
進捗も見えにくい。
集中力が切れたら、すぐ物語も闇の中。
脳からすると坂道状態で登る真っ暗なトンネルのような「コスパ最悪の遊び」です。
でも不思議なことに、何時間も唸り続けた末に、一本の線がつながった瞬間、
「これだ」と思える構成にたどり着いた瞬間、その喜びは、どんな手軽な快楽よりも大きいのです。
ああ、私はこのギャップのために描いているんだな、と思います。
「漫画ってすごい!」という出口があるのです。
苦しさと達成感の落差。
ジェットコースターとしては安全性ゼロですが、感情の振れ幅は最高です。
今年も競技かるたの名人・クイーン戦を観ました。
息を呑むような激闘でした。
札一枚にかける集中力。
一瞬の判断ミスも許されない緊張感。
見ているだけでこちらの肩が凝り、観客なのに一枚読まれるたびに真剣で切られるような迫力。見ているだけでこの怖さなのだから、あの畳の上で戦う選手はどれほどの緊迫感なのでしょう。
絶対怖い。絶対きつい。絶対逃げたい。
そのとき、ふと疑問が湧きました。
彼らは、なぜここまで自分を追い込めるのだろう?
かるたが楽しい瞬間って、いつなのだろう?
答えは、名人戦を見ながら進めている自分の原稿に目を落とした瞬間に、静かに腑に落ちました。
彼らは「楽な刺激」を求めていないのです。
報酬がすぐに返ってこない世界で、積み上げること自体に価値を見出している。
練習は地味で、勝敗は残酷で、努力は必ずしも報われない。
それでも、あの舞台に立つ人たちは、脳の報酬系を「時間がかかる達成」に最適化している。
だからこそ、あの極限の集中が生まれるのだと思います。
刺激そのものが悪いのではありません。
問題は、刺激に主導権を握られてしまうことです。
簡単に得られる快楽ばかりに脳を慣らすと、コツコツ積み上げる行為が、割に合わなく感じてしまう。
でも、漫画も、かるたも、人生も、おそらく面倒な道の先にしか本物の達成感はないのです。
ネームがつらいのは、才能がないからでも(「才能ないな」と思うことの繰り返しですが)、怠けているからでもない。
むしろ、自分の性質からいって正しい場所で苦しんでいる証拠です。
脳が「簡単じゃない報酬」を取りに行っている状態だからです。
私はたぶん、これからも毎月ネームに苦しみ続けます。
何度も「向いてないのでは」と思いながら、それでも机に戻るでしょう。
なぜなら、その先でしか味わえない喜びを、「これって奇跡かも」と思うようなひらめきの楽しさを、もう知ってしまったからです。
刺激に選ばれる人生より、自分で刺激を選び続ける人生のほうが、苦しいけれど深く潜っていける。
深く潜り続け、自分と闘い続けている競技かるたの選手皆さんを思うと、その研ぎ澄まされた速さを思うと、
苦しいことも悪くないと思えてくるのです。
今年もたくさん「漫画が描けない、わからない、もうむりだ」と言うかと思うのですが、必ず乗り越えていきます。
どうかそんな足掻きを見守っていてもらえたら。
みなさんがくれる「がんばれー!」はちゃんと効いていて、心に届いてて、1人じゃないんだと思えることが唯一の栄養になるのです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
ここから先は

末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
サポート嬉しいです!ちはやふる基金の運営と、月に3本くらいおやつの焼き芋に使わせて頂きます。


苦しいことは、本当にやりたい大好きなことと、 ちゃんと向き合っている時間なのだと思います。 前に進む、結果を出す、というよりも、 深めていく感覚。 その時間に身を置いていると…
あけましておめでとうございます。 そこで、本文の主旨に逆らうように毎度おなじみ?極私的普及企画案です。 ①前から提案している、意外性と、周辺層の裾野拡大を狙う小倉百人一首以外の…