ではこのような社会状況を打破するためにはどうすればいいのか。それを考えていく中で出てきたのが、「テレビを教育目的に利用してはどうか」という発想でした。
ちなみに、アメリカでテレビが大々的に普及し始めたのは1950年代のことですから、1960年代半ばというのは、テレビがまだ比較的新しいメディアであった時代でもあります。ですから報道番組や娯楽番組中心だった当時のテレビ放送を敢えて教育目的に使うという発想が、当時として非常に斬新なものであったということも、ここで理解しておかなくてはなりません。
それはともかく、テレビを使って(貧しい黒人家庭の)就学前児童の教育を行うことを最初に思いついたのは、カーネギー財団のメンバーであったロイド・N・モリセットという人物でした。彼は1966年に児童向け教育テレビ番組の制作を思い立ち、ジャーナリストでドキュメンタリー制作者でもあったジョウン・ガーンツ・クーニーやハーバード大学の心理学教授だったジェラルド・S・レッサーらと協力しながら、この計画の実現に向けて努力を続け、紆余曲折の末、1969年11月10日に『セサミストリート』の放送に漕ぎ着けます。
その後1971年の夏から日本でもこの番組の放送が始まり、「ビッグバード」や「クッキーモンスター」、あるいは「アーニーとバート」や「オスカー」などのキャラクターが日本の子どもたちの間でもお馴染みになったことはいうまでもありません。ちなみに1971年の夏というと私は小学二年生でしたが、この番組の日本における第1回の放送を見て、大いに感動したことを今でもはっきり覚えています。番組に登場する架空の通りである「セサミストリート」についても、「何とステキなところなんだろう!」と思って憧れたものです。
ところが、あの「セサミストリート」なる架空の街が、ステキなところどころか、貧しい黒人たちが多く住むスラム街をモデルにしているということをゼミ生の卒論を読んで初めて知り、私は愕然としたのでした。
つづく「日本人が意外と知らない、「セサミストリート」はスラム街をモデルにしている「納得の理由」」では、番組の背景に「アメリカの恥部というべきものが横たわっていた」事実を深堀りする。
本記事の抜粋元『ゼロから始める 無敵のレポート・論文術』では、なぜつまづくのか、書けないのか……素朴な疑問に答えながらスラスラ論文やレポートが書けるようになるための「極意」を書き尽くしている。