本当の強さとは、心の強さにある。本当にブロック機能を使うべき基準とは。
時々、この世には理解しがたい行動をとる人がいます。
その人たちは、良心や安全よりも「自分が心地よいかどうか」だけで判断し、すぐに人をブロックしたり、暴言を吐いたりしてしまうこともあります。
こうした行動を続けていると、気づかないうちに周りから人がいなくなってしまうかもしれません。
本当の強さは、誰かを遠ざけたり傷つけたりすることではなく、神様や隣人を愛し、ときには自分を犠牲にする心にあるのだと考えます。
言い換えるなら、「自分の弱さを神様の前で認めて、克服しようと努力する人」のことです。
「強い人」というのは、このような「内面的な強さ」を持っている人のことを指すことが多いですが、少なくとも、私が見てきた中では、いわゆる「弱い人」の中に、このような心を持っている人を見たことがありません。
「弱い人」のほとんどは、疎外感や心の寂しさを抱えていて、「酒を飲む・仲間とつるむ・持ち物を自慢する・感情的になる」などの「外面的な手段」によって「強さ」を見せようとしてきたように見えます。
しかし、これらのものがたとえこの世で価値があったとしても、あの世には持っていけません。
神様の世界では、自己中心的な人は「罪人」とされ、人間の世界では「関わらない方がいい人」というレッテルを貼られて終わりです。
はたして、それは「強さ」なのでしょうか。
神様を喜ばせず、他者に害を与え、自分自身も不幸になること、それは「強さ」なのでしょうか。
従って、ブロック機能は「お互いの安全を守るための最終手段」として使うのが良いと結論付けました。
無闇にブロック機能を使うことは、かえって自分自身の首を絞め、人間関係に亀裂を走らせることになるからです。
政治家の河野太郎も、大勢の国民のTwitterをブロックしてきたことで、「ブロック太郎」と言われ、軽蔑されるようになりました。
当たり前のことなのかもしれませんが、最近はこのようなことを考えていました。
ブロックの基準を決める際の参考になりましたら幸いです。



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