全てのクリエイターは、「宗教的な表現の禁止」というナンセンスな規約を今すぐ廃止してください。
最近、Boothなどで販売されているメタバース関連の商品規約の中に「宗教的な活動や表現の禁止」といった項目を目にしました。
最初は一見、無難に思える規約かもしれません。
しかし、よく考えてみるとこれは非常に大きな問題をはらんでいると思います。
例えば、「キリスト教について少しでも肯定的に語る」「賛美歌を歌う」といったことまで規約違反になるのでしょうか?
もしそうだとしたら、それは相当に差別的な規約です。
海外、特にアメリカのようにクリスチャンが多数派である国では、神様やキリストについて語るのは日常的なことです。
その人たちが日本の文化やメタバースに惹かれ、VRChatやClusterに入ってきた時、「宗教的表現は禁止」という規約に縛られるのは、あまりに理不尽でしょう。
そもそも、なぜこうした規約が存在するのでしょうか。
おそらく背景には、一部のカルトや怪しい団体が宗教を隠れ蓑に悪いイメージを広めてしまった歴史があります。
その結果、「宗教」という言葉そのものがタブー視され、契約社会の中で正当化された「迫害」のような扱いが横行してきたのだと思います。
しかし冷静に考えれば、「宗教的な表現や活動」という言葉はあまりに曖昧で定義が不明確です。
宗教と文化、宗教と芸術、宗教と日常生活は深く結びついています。
世界のどの文化にも宗教の影響は色濃く存在しており、宗教的要素を完全に排除した言動を行うことの方がむしろ不可能です。
例えば、巫女やシスター・天使といったキャラクター表現はどうなるのでしょうか。
これは明らかに宗教的モチーフですが、禁止に含まれるのでしょうか。
もしそうだとすれば、日本のサブカルチャーそのものを否定することにつながりかねません。
あるアバターは、明らかに天使をモチーフにしているにもかかわらず、「宗教活動禁止」を掲げています。これでは矛盾してしまいます。
日本の文化を守るための規約であるならば、これでは本末転倒です。
過剰な宗教関連表現の規制は、結果的にクリエイターやユーザーの表現の自由を不当に狭めます。
さらに、宗教を日常の一部として大切にしている人々にとっては、それが差別や迫害のように感じられることもあるでしょう。
規約で本当に守るべきなのは「公序良俗に反する言動」や「他者に迷惑をかける行為」であって、宗教そのものを規制することではありません。
例えば、あるカルト宗教家があなたの作品を使って迷惑行為をしても、あなたの責任にはなりません。その宗教家の責任です。
それにもかかわらず、その宗教家が悪さをしたことで、あなたが非難されたとき、あなたは自分のことのように思うのですか。
簡単な話です。あなたが無視するか、その宗教家を非難するか、名誉棄損で訴えればいいだけです。それだけの話です。
そうすれば、一部の極端な人々を除いて、ネット評論家があなたをその宗教家の言動にかこつけて非難することはなくなります。
現に、迷惑系配信者が、公共の場で、JBL GOというポータブルスピーカーで大爆音を鳴らして迷惑行為を行っても、「JBLは配信者のスポンサーだ」などと言う人はいないではありませんか。
それなのに、周りの評判やイメージ、自己都合ばかり気にして、「宗教」という一括りの言葉で禁止してしまうのはあまりにも短絡的で、世界の文化を否定する姿勢に見えてしまいます。
だからこそ、私は訴えたい。
全てのクリエイターは、「宗教的な表現の禁止」というナンセンスな規約を今すぐ廃止すべきです。
そうすることで、より自由で、民主主義を尊重した健全なクリエイティブ文化が育まれていくはずです。
日本はもともと神仏習合や異文化の受容を特徴としてきました。
クリスマスを祝う一方で初詣に出かけるように、多様な文化を柔軟に取り入れてきた歴史があります。
今こそ、短絡的な禁止規定ではなく、自由で開かれた表現の土壌を次世代に残すべきではないでしょうか。
感情に流されるのではなく、冷静な判断をしていただければと思います。
結論:今すぐ宗教禁止規約を「公序良俗に反する言動や他者に迷惑をかける行為の禁止」に書き換えてください。





コメント
4なお、私の作品についてはもともとクリスチャンミュージックとして作ってあるものなので、宗教的な利用を歓迎しています。ただし、公序良俗に反する行為や、他者に迷惑をかける等の言動をやめてほしいということはこの記事にも通じるものです。
私自身クリスチャンとして、この記事の問題提起には強く共感します。「宗教的表現の禁止」という一律の規約が、信仰に基づいた自然な表現や文化的な活動まで制限してしまうのは非常に不当だと感じます。
とはいえ現実には、宗教を名乗りながら実際には勧誘や物販などの営利活動を行う団体が存在し、他の利用者に迷惑をかけているケースも確かにあります。そのため、プラットフォーム運営が一定の対策を講じようとするのは理解できます。
だからこそ、規約の焦点を「宗教そのもの」ではなく「迷惑行為や営利目的の勧誘」に明確に絞るべきです。たとえば、「宗教・非宗教を問わず、他者への迷惑行為や営利目的の勧誘を禁止する」といった表現に改めれば、信仰の自由とサービスの健全性を両立できるはずです。
こうした規約の見直しを実現するには、個人の発信だけでなく、制作者やユーザー有志による署名活動(たとえばchange.orgなど)や、運営に対する具体的な提案文の提出といったアクションも重要だと思います。単に批判するのではなく、代替案をもって働きかけていくことが、より良いルールづくりにつながると信じています。
各種規約における宗教的・政治的利用の制限については、規約そのものの是非というよりも、おっしゃる部分と重なりますがその範囲が不明確であることが問題だと思います。おそらく狙いとしては、「宗教や政治のスポークスパーソンのように使われたくない」という点にあるのでしょう(この意図自体は理解できます)。
しかし現状では表現が曖昧すぎて、結果的に「個人的な宗教行為」や「宗教を話題にすること」まで制限されてしまっている印象があります。
ただ、最近では「私的利用なら認める」といった定義も徐々に出てきているようです。
こんにちは、興味深いテーマですね
あしやまひろこさんとのやり取りの話から遡ってここにコメントするのが適切かと思ってコメントします
同じ観点で「政治」についても考えてみたくなりました
安易で包括的な「政治利用禁止」により人々が建設的な議論に基づくような政治活動からも遠ざかり、投票率の低下のような政治への無関心を助長する一因となっている(そこまで影響大きくはないでしょうが)のではないかと思いました
ちょっと具体的な利用規約までは調べてないのですが、twitter/Xは政治利用が許されてるが故に今では政治家の方々が毎日のように利用するツールになりましたよね
まるっきり同じにしろとは言いませんが安易に「政治利用禁止」としていたら見れなかった光景ではあると思います
ならば、どういう文言にすると良いのかと言われると難しいのですが
もしお時間ありましたらこの観点についてどう思うか教えていただけると嬉しいです