生成AIを否定できなくなる理由:02
(記事を読む前に:生成モデルにも幾らか種類がありますが、現在ポピュラーな拡散モデルにフォーカスしている点をご了承ください)
「生成AIを否定できなくなる理由:01」では生成AIがどのように扱われるか、また社会的な活用事例の増加が見られているかという事を述べた。
今後も生成AIの活用が進み、主義主張に関わらずそれらを利用した社会経済の恩恵を受けることは確実視できるといって良いだろう。
「いや、どこかでしっぺ返しくらうから今のうちに生成AIは社会から分離しろ」
「きれいなAIが出来上がるまでは利用を控えろ、むしろ止めろ」
そんな声が聴こえてきそうなものだが、それらを一蹴するために本記事は次の議題を扱うこととした。
表現力の改善
2022年、2023年ごろはまだ「ゲーミングちんぽ華道部」の延長に近い画像生成AIだったこともあり、当時のクリエイターも今ほど不安視もしくは攻撃的な者は目立たなかった。
ヒトにパスタを食わせれば手掴みでバラバラの麺を口に運び、ネコが歩けば足が増える。
いわゆる「悪夢のような映像」しか作れなった動画生成AI。技術論もまだまだ語られるほど一般化しておらずその生成物は既存の作品を脅かす可能性を論じるに足らなかった。
しかし2024年。ユーザーの知見が広まったのもあるだろうが「かなり見れる物」が出来上がり始める。
動画でいえばラーメンを素手で食べないようになってきた。画像もまだAIっぽさはあるものの、破綻は減り作風も増えポーズを指定できるようになってきた。オブジェクトの前後指定もかなり発展した。
この辺りからクリエイターからも少しずつ不安感を表する動きが出てくる。
彼らは特に「既存の著作物が生成される」点に関してはかなりシビアな見方をするようになった。
「依拠性が確認できてしまう現状、生成AIは盗用システムに過ぎない」
「それらの成果物でマネタイズを進めることは看過できない」
なるほどそれらの意見はもっともだ。(ここは分かりやすさを重んじイラストに限定して述べる。)
イラストを頑張って描き、ファンに届けるためにタグをつけて投稿サイトに投稿する。
気がつけば自分の絵の分身が見知らぬ誰かに作られ、マネタイズに使われもする。
魅力的な絵を描いてきた諸氏にすれば怒り心頭なのも無理はない。
彼らの表現をエミュレートできるモデルが誰でも作成可能になった。
技術の進歩、改善は目に見える形となってようやく社会的に認知され始めたのだ。
問題の認知
少なくとも日本国においては2018年ごろからAIに関連して著作権や肖像権などの再検討は視野にあったようである。
政府の動きとは関係なく、2018年頃問題になっていたのは「顔認証に使われる技術において肖像権の侵害懸念が増加していた」という事である。
[Yahoo!JAPANニュース:顔認識AIのデータは、街角の監視カメラとSNSから吸い上げられていく]
諸氏も仕事柄、会社に入る時に顔認証を使ったことがあるかもしれない。どんなに疲れた顔でも、多少顔の向きが悪かろうとちゃんと認識してゲートを開いてくれる。
さてこの技術、筆者も子供レベルの技術的知見しかないが頑張って説明してみよう。
・まず顔識別システムを設置する。カメラ、ゲート、小型のPCもしくはサーバーを組み合わせ、認証システムを導入する。
・あなたの顔を撮影する。コンデジでパシャリと一枚。
・写真をシステム(PCやサーバー)に登録する。
これだけ。この後あなたが出社した時には以下のフローになる。
・ゲート前のカメラであなたの顔を取得する。
・認証システムは顔識別に特化した訓練済みモデルを使って、既に登録されている顔写真と今のあなたの顔を比較する。
・○○%以上合致していればゲートが開く。
という具合だ。
いま「訓練済みモデル」という言葉が目に入ったと思うが、そもそもあの瞬間的かつ正確な識別はこのモデルあってこそである。
多種多様な属性や柄の顔を集め訓練し、顔でない物や顔として識別すべきではないものでも訓練されている。
そう、データセットの概念がここにも登場する。
生成AIに疑念を抱く絵師いわく「無断で収集されたデータセットは使われてはならない」のだという。
では彼らは顔識別や物体検知の識別AIについても同じトーンで非難してきただろうか。
おそらくが否である。そもそも生成AIの構造について無理解なのに、その一つ前の技術について理解があるわけがないのだ。
また「今の識別AIはクリーンなのか?」という疑問が生まれるだろうが、現在これを解決した情報はどこにも転がっていない。
そもそも多種多様に利用形態があり、既に社会に浸透してしまった技術なのだから分析のしようがないのだ。
(断っておくが「しかしクリーンなデータセットも出回っているのだから」といったピンポイントな事例の疑問は論点にならない。仮にそれを論点としてしまうと、利用実績とそのシェアの割り出しとかいうバカにならない調査リソースが生じるため扱わないこととする)
生成AIの進歩
述べたように、社会に浸透していく中で権利関係があまりにも複雑化し、もしくは追随不能となったものについて問題提起をすることは非常に困難でもあり、また既に多くの利用者がいる中においてはもはや「諦める」しかないのである。
……という前提か否かは定かではないが、バージョンが増えるにつれ生成AIも複雑になってきたようである。
いま社会で生成AIの利用が加速されている背景には計算機を沢山売りたいメーカーの意図も多大にあるだろうが、一方で社会的なメリットが倫理的デメリットを大きく上回った場合、そもそも論じられなくなるということは識別AIにて簡単に述べた。
FreeChina運動であるとか、フリーチベットであるとか、もっと狭く言うと国産製品の奨励など「問題を認識する」ことと「現実的なデメリットを受け入れること」とは連動しない。
もし今ここにFreeChinaを謳う者がいたとすれば、彼は生活用品も飲食も商品の外袋でさえ日本製の物あるいは中国と断交した国のものを使っているのかと詰問することになる。
また、2024年以降のdiffusion モデルについては著作物の再現性に関するニュースが乏しく見える。
2022年頃の画像生成AIはそのモデルの開発段階上、やろうと思えばデノイズのパターンを割り出し元画像を再出力(復元)出来ただろう。これらについてはかなりのパワープレイがあったと想像でき、研究者達の労苦が伺える。
(余談になるがこれは「ふっかつのじゅもん」さえ知っていれば状況再現ができるという話と酷似している。例えば人物Xの写真をモデルに学習させるとき、ノイズA,B,C,D…と4段階のノイズ処理を施したとしよう。つまりふっかつのじゅもんは「人物X:ABCD」だ。なのでモデルから人物Xの画像を生成したいならば、ノイズだらけの人物X画像にDCBAの順でノイズを引き算すれば元の人物Xが復元できるわけだ。これを「データの検索」と例える人もいるが、「ふっかつのじゅもん」は果たして「検索」だっただろうか。適当に検索しても結果が伴わず、そしてその呪文を特定することはもはや不可能な領域にある)
さて、不安になったので2025年時点でどの程度この類の論文が進歩したかを調べたが、結論から言えば反AI(もしくは懸念者)が期待するようなエポックメイキングは発掘できなかった。
モデルの学習量増加に加え生成過程の改良が進んだ結果、過学習させない限り著作物の再現性についての懸念点は薄まっている。
またCSAMの懸念についても、児童虐待の画像を含むデータセットを削除し改善したCSAMでないデータセットの公開は2024年の話であった。
つまり生成AIの問題点については、年を追うごとに解決されてきた実績があるわけだ。
もし隣で「生成AIは著作権侵害をしている」と問いかけられたらばこう答えよう。
「それっていつのデータなんですか?」
生成AIを否定できなくなる理由
ここまで種々述べてきたが、つまるところ現代は扱う情報量が多く、また製品やサービスについても求められる品質は進歩が求められる。
かつては事件一つで1週間はネタになったが今はもはや1日1件の時代。商売も一つの流行を追うのではなく多方面かつリアルタイムに情報を仕入れ続ける時代である。
それらの情報をまとめられるほど人は進化しないし、24時間働けますか!の時代でもないので顧客の要求に応えるための技術が社会に歓迎されるのは自然な流れと言える。
特に絵描き物書きに代表される、人という生物的限界を社会は考慮してくれない時代が続いた。1日でチラシを作れ、サウンドを作れ、リアルタイムにリスケしろ、これが社会のスピード感ならば、創作者はそれらについていくべきではないのだ。
そういうものは機械に任せておくべきだし、創作とは経験、判断、生理的なものに特化していくべきである。
「稼ぐこと」が目的であればおよそ機械には勝てなくなる。「より安く、より便利に、より高品質に」といった社会要請に対し諸氏は絶対に対応できなくなる。
生成AIを補助的に用い加速度的かつ高品質なものを提供出来る、そういう時代がもう訪れているわけだ。
こういうものは社会にバレてからが勝負である。社内でローコストに仕上げたい、ならばAIを使おう、少なくともこの1年はそういう時代の訪れを示しているし、更に言えばこれは創作に限らず製品の設計、商品のトレンド監視、商品企画の提案、クレーム対策……およそ多岐に及び、もはやクリエイティブだけの話でもないのだ。
こういった流れは元々製造工場でも起きているし、ゆえに昔ほど雇用吸収力を期待できなくなっているがこれも時代の流れである。
もっとも、溶接であったり手加工の多くて大変な仕事は絶賛募集中であるが……。
さらにはAI保険という商品もある。これは事業などで生成AIを活用した時、権利元からの訴えなどに備えた保険となっており、AIを使って仕事をしようとした場合はこういった保険の活用も視野に入れると良いだろう……が、まだまだマイナーな商品の感は否めない。
しかし保険商品というのは「補償案件が増えれば増えるほど儲かる仕組み」なので今後急成長することだろう。何にしても生成AIが社会に浸透して喜ぶ勢力は経済への影響力もデカいものだ。
経済システムの話ばかりでは不釣り合いなので、もっとコンテンツ単体で考える。
生成AIの台頭でイラストの売り上げが減る、市場が喰われるという懸念があるが、
・いま生成AIを使って満足する層は元々あなた方の顧客たりえたか?
・生成AIは進化したがユーザーは脅威となるほど進化したか?
の2点を想定頂きたい。
1点目は「いらすとや」ユーザーであったり、スナック感覚の閲覧者達に過ぎない。1枚の絵に1万円とか5万円とかを積んでくれるような層でないのは明白だ。
2点目はそもそもAIの使い方、ややこしいのだ。
生成AIで出来る事が増えたと述べたが、どの機能をどう使えば良いのかを原理的に理解せねばならず、そしてそれが出来るユーザーは元々絵が描ければあなた達のライバルだった層だ。しかしそのような者はやはり一握りに過ぎない。
これがナレーションにせよ、演出にせよ、音楽にせよ共通のはずである。小説についても短編エッセイのようなものは出来るが、ノベルに落とし込むなら結局は使い手次第になる。
思想の行きつく先
我々は先鋭化した思想にとりつかれたとき、後の自分に再評価を下される場面が多々あると思う。
コオロギを食べるという話題。
ワクチンの是非。
税金の最適な分配。
無駄をどこまで許容すべきか。
コメが高い。
SNSは特に先鋭化した発言が目立ちやすく、それが社会のスタンダードであると錯覚する仕組みになっている。しかし上記それぞれの話題に関して、今改めて考えるとどういう視点に至るだろうか。
おそらく諸氏は「あんなに言う事はなかったよな……」という回顧に至る事と思う。そうでなく外野のままでいられた貴方はもう勝ち組である。
既に述べたように「識別AIについてはよく分からない内に広まった」し、映像的な作用があるわけでも注目を浴びるものでもない故に問題意識は置き去りに近いまま活用が広まっている。
スマホにサインインするとき、誰かの肖像権に思いを馳せただろうか。
その後にこの記事を眺めて、7年前の問題を提起し続けている読者が居たとしたら称賛されるべきだろう。私にはそうはなれない。
反AIと揶揄される人々の中にも既に本来の活動や趣味に帰っている者も少なくない。社会は動かすことが難しいし、長いものに巻かれよとはよく言ったものだ。筆者も少し納得いかないが、抗って自滅する事もないのである。
その思想は誰かを救うものなのか。
その思考は自分の為になっているか。
現実として向き合える理想なのか。
生成AIの次は何が紛糾するのだろうか。
ここまでご覧いただきありがとうございました!
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そちらも是非ご確認くださいね。


話は、変わりますが、 他の多数の皆様も、ツインテールの女の子は、 髪の色を変えると、 初音ミク風になります。私のところもです。 前髪を変えるように指示しても、言う事を聞きません。 AIには、典型パターンが有るのかもしれません。 そのため、みんな似た顔になります。 辛いところです。
これ、まだAIが【少年期】であることを示していると考えています。 絵の上手な子供に「ツインテールの女の子を描いて!」と言うと、初音ミクだったりセーラームーンだったりと既存のキャラを模したものになることは当然にあります。 今はまだ「これは描いちゃダメだよ」を教えている所なので、多様…
>・いま生成AIを使って満足する層は元々あなた方の顧客たりえたか? これに関してはジャンルを問わず刺さると思います。全体的になるほど、と思いながら読ませていただきましたm(__)m
コメント頂きありがとうございます! お客さんを見極めるって難しいですよねぇ…みんなが対象になんてならないわけですからね。