生成AIを否定できなくなる理由:01
2025年現在、生成AIという技術をとりまく世間の情勢変化には目を見張るものがある。
2022年、あの頃はここまで社会に浸透するとは想像だにしなかった我々は、今後どう向き合っていくべきか。その第一弾としたいと思う。
えらいカタく来たねぇ!
ほら、筆者そんなに真面目な書物よまないから……
あーね……
「巨人」ディズニー、生成AIとの共存を模索
[Yahoo!JAPANニュース:Disney+、加入者がAI生成コンテンツを作成・視聴できる機能を導入か ディズニーCEOが方針を示唆]
これは生成AIユーザー諸氏も「案外なニュース」だったことと思う。
なにせこの知らせが報じられる以前には他の生成AI開発企業に対しては強硬な姿勢を見せていたからだ。また、その姿勢は我々一般人からみても至極妥当かつ「ディズニーのスタンスなら違和感はない」とすんなり理解出来ていた。
常日頃から生成AIへ苦言を呈する……いわゆる「反AI」サイドにある方々からは困惑ともとれる声が届いている。幾つか見ていこう。
Xの検索から目についたものをピックアップしてきた。
よく「特定IPのロゴが出る(再現される)」点を以て問題視する見解がみられる。生成AIに限らずそもそも技術というのはトライアンドエラー。問題があれば都度つぶしていく事で手っ取り早く進化してきたし、そうでなければ娯楽も生活も未だ不便だったに違いない。また、ゲームを丸々パクっているから真っ黒という認識も業界を代弁するものとするのは早計か。
6月に報道されたニュース
[Ledge.ai:ディズニーとユニバーサル、Midjourneyを著作権侵害で提訴──キャラクター生成をめぐるハリウッドと生成AIの初の本格訴訟]
においては確かに引用元のような批判を伴った姿勢をとっていたディズニー(とユニバーサル)。その5か月後にして今回の知らせはAI界隈が如何に目まぐるしい変化を伴う爆速ワールドであるかを教えてくれる。
海外(アメリカ?)でも生成AIというものはセンシティブなテーマらしく、こうした意見も定番となっている。ただアメリカの著作権は日本や中国と比べ考え方の根幹が異なり、「人の手で描かれた1本の線」を著作物と認めようというのが米式だ。その中にあってディズニーという巨大なエンタメ企業が生成AIによるサービス体験の拡充を計った事実は今後の重大な参考となるに違いない。
こちらも同様の意見になる。確かに比較的強い言葉でMidjourneyを非難していたし、そうした印象から乖離した発表について困惑する気持ちは察する。
どちらかと言えば願望に近いだろうか。2022年から本格的に生成AIが台頭してきてから、確かに様々な問題に直面してきた。しかしながら試行錯誤を繰り返し着々とPDCAをこなしてきた開発企業はいわゆるバブル期を終え安定期に入ったと考えれば、具体的な経済関与が進行していると見なすことができる。あと勝手に故人の感情を代弁するなとは思う筆者的には。
どのようなモデルを使用しているか、というのはなるほど真っ当な疑問点であるし、おそらくは生成AIユーザーも気にはなるところだろう。しかしながら何らかのアラを見つけ出すには既にモデルは改良されすぎた。3年前のように著作物の再現性を突く批判は難しくなっているだろう。気になるのであればDisney+に入会して遊び倒すしかない!
……以上、ひとまずXでのリアクションを引用して提示する。
ポピュラーな反応としてはやはり
「生成AI企業を訴えておいて、自分はその恩恵にあずかるのか?」
「いずれ何らかのしっぺ返しのような反動で、損失を被ることになるのでは」
といった懸念点を挙げている点が目につく。
ただ現状Xでの検索で「ディズニー AI」と調べてみても糾弾する声よりは意外性を説く声の方が目立ち、従来の想定を覆してきたであろうことが伺い知れる。
ちなみに筆者の感想はコレ。
そう、そもそも筆者は元々が反AI出身である。
反AIの属性には様々なタイプがいるが
「アクターやクリエイターの仕事について一定の理解があり、仕事の強度を知っており、それらがかけがえのない物という認識が主張のベースにある」
というのが私の考えである。従って今回の知らせについても理解にタイムラグが生まれる程度には、ディズニーの職人根性をどこかで妄信していたのかもしれない。
筆者としてディズニー以外のIPが先にこういった動きをすると考えてはいたものの、では具体的に何処と訊かれるとあまり候補が思いつかない。なにせCGを駆使した作品を取り扱う企業が多いなか、そういった企業が生成AIを活用・サービスに取り入れるという選択肢は一種の「市場の譲歩」にあたるとも言え、いくらかの博打要素には違いないからだ。
社会活動における生成AIの浸透具合
よく反AI諸氏の主張に見られるのが
「生成AIを使った企業や組織の権利意識は希薄」
「コンプラ意識はどうなっているのか」
「問題点の認識があまく、取引相手に選びたくないだろう」
といったものが散見されてきた。
しかし実体験ベースで反論するのであればこれらは彼らの願望であり、無根拠な想像である。
我々はWindowsという環境でパソコンを使うわけだが、資料作りや画像の差し込みにcopilotを活用することも随分増えてきた。そもそも社内で使う資料においてはテンプレート的な文言はAIに任せる方が生産的であり、人間が後から校正するといった運用が今のところ安牌のようである。
実業務においても「産業廃棄物の区分について」のような、一般的に広く知られている知識を引っ張り出すのであればcopilotで十分である。低価格でポスターやフライヤーを作るのであればおよそ必須となっているし、ある程度のリテイクをしやすいのは対人依頼にはない気軽さだ。
(まあもっとも、標準装備のcopilotで画像を生成していても1日の生成数には限界があるためそれに不満のあることはあるだろうが……
AMUSEで画像のひな型を作ってからcopilotに通せば比較的エコに生成が進む。みんな、AMUSE使おう!!!)
特筆すべきはやはり2013年ごろから「識別AIが実運用」されてきた例を挙げていきたい。
[WORK MILL:画像認識AIレジがパン屋の人手不足を解消? 人間がAIを助ける「発想転換」がカギ]
こういったシステムは筆者の地元にもある。AIはずっと前から我々の生活の役に立ってきた。
特に盛んなのは「製造工場における全数検査マシン」である。これらの多くは識別AIを搭載し、製造品・不良品の数千サンプルでトレーニングを行う。そうすることでエラーモード毎に不良品を振り分けたり、エクセルなどのデータとしてフィードバックすることも出来る。生成AIの一種という理解もあるが煩雑になるのでここでは割愛する。
生成AIを否定できなくなる理由
ここから先は「既に我々は生成AIを否定できない社会で生きている」ことを主眼に述べていきたい。
……が、それはまた次回に回そうと思う。
資料のスペース的に少し窮屈になりそうだ。
ここまでご覧いただきありがとうございました!
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また<<[AMUSEで紳士画像を作り放題になるtips]>>も掲載しています。
そちらも是非ご確認くださいね。
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