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不眠、体の痛み、言葉が出ない…うつ病で「どん底」◆入院経て回復した元キャリア官僚が訴える仕事復帰の重要性#働くあなたへ

2026年01月16日11時00分

 東京・霞が関の中央省庁幹部として忙しく働いていた男性は、ある時、突然、夜眠れなくなった。その後は強い体の痛みや口の渇き、頭痛などに次々襲われ、「うつ病」と診断された。入院を経て、約4カ月後に試し出勤を開始。回復後は、公務員向けの研修会などで自身の経験を語ることもある。社会人がうつ病になった時、本人や職場はどうすればいいのだろうか。男性や専門家に話を聞きました。(時事ドットコム取材班デスク 水本洋子

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集大成のポスト、務めきれず…

 川窪俊広さん(59)に異変が訪れたのは2022年11月半ば。5カ月ほど前に総務省自治税務局長になり、翌年度の税制改正に向けた作業が本格化していた。東大卒業後、自治省(現総務省)に入り、同局で通算14年間、地方税を担当していた川窪さん。専門分野の集大成ともいえるポストに就き、達成感、責任感を感じていた。

 ところが、若い頃は、どんなに疲れても「秒速で寝ていた」のに寝付けなくなった。眠っても2時間起きに目が覚める。左の足と腕、右足が重く、痛くて「不快感の塊が宿っているようでした」

 与党の税制改正大綱が決定された12月半ばまでは、なんとか仕事をこなしたが、症状は悪くなる一方。急に暑くなったり寒くなったりして、口の中は唾液が出ず「舌が縮こまり、重い石が喉を圧迫している感じ。食欲も湧かなかった」。頭は重く、便秘やだるさも続き、年末には「悪い症状のそろい踏みになりました」

 年が明けても仕事に行く気力が湧かず、自分の考えを言葉で伝えることに困難を感じるようになった。何かを決めることも難しくなり、日中、局で開く会議を中断したことも。

 23年1月末には税制改正法案を国会に提出し、成立を目指す3月末までは、答弁に立つため終日、国会内で待機する日もあるが、とてもできる状態にない。川窪さんは人事担当者に相談し、局長職を外れる方針が決まった。

休職後、電話が恐怖

 要職を離れ、体は楽になるはずだったのに「仕事をやり切れなかった。俺はだめだった」という自己嫌悪、挫折感で精神状態が急激に悪化。「思考が負のスパイラルに陥り、朝より昼、昼より夜と悪い方向に向かっていきました」

 そうした中、受診した病院でうつ病と診断され、1カ月の自宅療養が決まった。しかし、休めるはずの家の中で川窪さんは恐怖を抱えていた。「携帯電話が鳴り、マスコミや政治家にぶざまな自分のことが伝わってしまうことが怖かった」

 家族にも「申し訳ない」といったネガティブな言葉を繰り返してばかり。そんな状況を伝えると、医師から病院での療養を勧められ、1月半ば、総合病院での入院生活が始まった。

情報遮断、次第に「頭が涼しく」

 入院して最初の3日間は、看護師がカーテンを開けるのも拒んでいた。外からの刺激が怖かったからだ。一方で「社会人として終わった」との思いもあり、体調も精神状態も「どん底」だった。

 入院当初に言われたのは「頭を空っぽにして、何も考えないで」。何かを考えると悪い方にしか考えない。とにかく休むことが大事と、スマートフォンの持参も禁止された。

 わずかな変化が訪れたのは2週目に入ってから。新たに投与された点滴薬が効いたのか「朝起きると、前の日よりも頭が涼しく感じられた」。それから徐々に「昨日より今日がましかな」と思えるようになり、カーテンや窓も開けられるようになった。

 3週目には「体がすっかり治るかも、という希望を感じた」。医師の対応や自分の病歴を冷静に振り返り「治る途中にいる」と思えるようになってきた。

 その頃、医師は川窪さんに本を読むように勧めた。社会復帰を念頭に「ものを考えずにいる期間が長くなると回復に時間がかかる。文章を読み、判断して、書いていく仕事ができるようになるには、そろそろ始めた方がいい」と話したという。

 川窪さんは、売店で買った月刊誌や病院の図書コーナーの小説、図鑑などを片っ端から読み始めた。「体を動かした方がいい」とも言われ、図書コーナーへ何度も行き、院内でのラジオ体操に参加するようになった。

6週間で退院、体重10キロ減

 4、5週目になると「体調はよく、ラジオ体操も完璧」。朝6時起床、午後9時就寝の生活に慣れてきて、退院してもいいのではと思ったが、医師は「9時間きっちり眠れるようになるまで入院していた方がいい」と慎重だった。結局、入院生活は6週間に及び、3月初旬に退院した。

 体調は回復したが、体重は以前に比べて10キロ減少していた。「病気になると一刻も早く『治りました』と職場に言いたいところだが、焦らず、時間をかけて体力を戻していくことが必要と考えた」

 その後も通院を続け、総務省の産業医との面談を経て4月下旬に官房付として試し出勤を開始。6月に通常勤務になった。7月からは地方自治体に資金を貸し付ける地方公共団体金融機構に理事として出向し、1年間勤務した後、24年7月に退官。現在は大学で財政学を教えたり論文を書いたりしている。

復職後も薬の服用続く

 うつ病になった理由について、川窪さんは「特定は難しいですが、それまでの仕事の疲れや男性更年期、親の介護の問題などが重なる中で『自分がちゃんとできていない』という思いが生じ、肥大化していったのかもしれません」と振り返る。

 迅速に回復したことについては「入院してプロに囲まれたことが良かった。医師らは毎日、私の状態を見て、適切なタイミングで、どの薬が一番合っているかなどを判断してくれた。薬の説明も詳しく聞けました」と語った。

 さらに、「看護師さんも『うつ病は誰もがかかる』『治りますから』と当たり前のように言っていた。プロに繰り返し言われる中で、だんだん『そういうものか』と思い始めました」

 川窪さんは2年余、医師の経過観察の下で薬を飲み続け、減薬、終了に至った。うつ病はストレスなどで脳内のホルモンバランスが崩れることで起きるため、バランスを正常に戻し、常態化させるには薬の助けがいる。

 「『薬を飲んでいる間は病気』と思われるのが怖くて、すぐにやめる人がいますが、大間違い。新しいストレスが来た時にバランスの回復が不十分だと再発する危険性があります」と強調した。

働けないことが新たなストレスに

 川窪さんは、復職後にうつ病に関する文献を読んだり「復職仲間」の意見を聞いたりして「社会人のうつ病」について考えをまとめた。経験して初めて気付いたこと、知ってほしいことがあったからだ。

 痛感したのは、社会人は病気になると「働けないこと自体が新たなストレスになる」ことだった。収入面の不安に加え、生きがいや自身の存在意義にもかかわる。

 ただ、職場ではこれまで、精神疾患の社員が出ないようにする対策が重視されてきたと川窪さん。「一定割合の人が不調になることを前提に、戻ってきた時にうまく働いてもらえる職場にしていくことが大事です」。産業医まかせにせず、職場の幹部や同僚らがうつ病について正しく理解し、対応していくよう要望した。

増加するメンタル不調の長期休職者

 うつ病などメンタル面の不調で長期間休職する公務員は増加傾向にある。人事院によると、2023年度に1カ月以上休職した国家公務員は5683人(全体の2%)で、5年前の1.5倍。20代と50代が多く、3割は休職を何回か繰り返していた。

 民間でもうつ病などで休職する人は少なくない。社会人が職場復帰していく上で何が重要か。一般社団法人「日本うつ病リワーク協会」理事長で精神科医の五十嵐良雄氏に取材した。

適切な診断、時間管理が重要―五十嵐良雄・日本うつ病リワーク協会理事長

―川窪さんの事例をどうご覧になりますか。

 入院したのがよかったのではないでしょうか。休職するほとんどの人は、入院すると時間、費用がかかるし、入院自体とんでもないという反応が普通で、外来で治療します。しかし、入院すれば24時間生活が管理され、栄養管理もやってもらえて点滴治療もできます。うつ病の患者にとって規則正しい生活は非常に大事です。

―うつ症状が出てきた時、どうしたらいいのでしょうか。

 まず、信頼できそうな医療機関を受診して、どんな病気によるものか診断を受けます。治療のために休職する必要があると診断されれば、薬物治療などが始まります。

 うつ病とうつ状態は全く違います。うつ状態の背景には発達障害や双極性障害がある場合もあり、それぞれ治療方法や対応法が異なります。診断を誤ると大変なことになるため、時間をかけて生い立ちを含め病歴について聴く必要があります。

 「チェックリスト」だけで簡単にうつ状態=うつ病などと診断するのはあまりにも安易で、大いに問題があり、そのような医療機関は避けるべきです。

スムーズな復職へ、リハビリを

―職場復帰に向けて、何を行えばいいのでしょうか。

 薬物治療や休養などで症状がなくなったら、社会に再び適応できるようになるためのリハビリを行います。規則正しい生活をして、運動はもちろん、本を読むなどの知的活動も必要になります。骨折してギブスが外れた際にリハビリを行うのと全く同じ理屈ですが、うつ病後のリハビリの必要性は精神科医にも十分理解されていません。

―復職を判断する目安はどこにありますか。

 症状が消え、生活リズムが規則的になれば、復職可能か主治医が判断します。ただ、適切なタイミングの見極めは非常に難しいといえます。2008年に精神科病院と全国の診療所の精神科医に調査した際、「復職の判断に迷う」との回答が半数以上ありました。診察室内で得られる情報だけでは、自宅での様子や本当に症状がなくなったかどうかさえ分かりにくのです。このため「試し出勤」を行う会社は珍しくありません。

早すぎる職場復帰にリスク

―復職後に再発する人も少なくないようです。

 先に述べたように、復職が早すぎる人が相当数いるということだと思います。私自身、クリニックを始めた2003年当時は、判断を誤ったことがありました。

 そのため、復職しても大丈夫な時期を見つけるためにリワーク(復職)のプログラムを始めたといっても過言ではありません。企業が求める週5日、フルタイムでの勤務ができるようになるために、参加者は6~9カ月間のプログラムに参加します。

―リワークプログラムの内容や効果は。

 通勤訓練や心理療法、集団療法などを行います。話せる仲間がいる中で治っていった人は再休職する割合が少なく、自殺のリスクも小さいのです。休職を繰り返せば、復職はより難しくなるため、再発を防ぐことは非常に大事です。

―薬の服用を早くやめたがる人も多いようです。

 気持ちは分かりますが、年単位で飲む必要があります。1年の間には業務上や個人的な生活の中でいろいろなことが起きます。それらのストレスに耐えられればよいですが、その時に薬をやめていると、症状が再び出てくるかもしれません。

働き方の変化も影響、国は対策を

―うつ病の人が増え、社会的な課題といえるのでは。

 IT技術が発達して仕事の仕方やコミュニケーションの取り方が変わったり、ストレスの多い場面が増えたりしていることとうつ病の増加は関係があるのではないでしょうか。多数の働き手が長期間休職している状況に対して、国家的な戦略を立てる時期だと思います。

―最後に、うつ病になった人の家族はどう接すればいいでしょうか。

 ああしろ、こうしろと言うのではなく、話をじっくり聞いてあげることが重要です。患者は、あれこれ言われると分かっている人には重要な相談はしませんから、聞く姿勢が大事です。

水本洋子(デジタル編成部専任部長、時事ドットコム取材班デスク)

 1993年入社、仙台支社、社会部、外経部、ワシントン支局、経済部を経て2025年5月からデジタル編成部専任部長、「時事ドットコム取材班」デスク。これまで事件や裁判、米国経済、企業のガバナンスの課題などをカバー。長崎市出身。休日の過ごし方は合気道、ラグビー観戦など。

 日常感じる疑問を深堀りし、役に立つ、わかりやすい記事をより多く、取材班から届けていきたいと思っています。

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