株式33億円相当、死後に寄付 宇宙開発功労者・九大名誉教授の歩み

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聞き手・佐々木凌
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 米宇宙企業スペースXを創業したイーロン・マスク氏が過去に受賞した「国際宇宙航行連盟(IAF)」の殿堂入り(Hall of Fame)。

 宇宙開発に顕著な功績を残した人に贈られるこの賞を2025年、米アマゾン創業者で宇宙企業ブルーオリジンを率いるジェフ・ベゾス氏と同時に、宇宙企業「QPS研究所」(福岡市)の創業者の一人、九州大学名誉教授の八坂哲雄さん(83)が受賞した。

 自身が持つ同社の株式(時価約33億円)を、死後に同大に寄付する契約も結んだ八坂さん。生涯をかけた宇宙開発や寄付への思いを聞いた。

 ――東京大で宇宙工学を学びました

 3年生の時にちょうど「宇宙工学コース」が新設されて、これは面白い、私のやりたいことにぴったりだと思いました。

 当時は、「日本の宇宙開発の父」と呼ばれた糸川英夫先生が東大で盛んにロケットを打ち上げていた頃でした。大学院に進む際に、同級生と3人で糸川研究室に入れてほしいと直談判したのですが、1人しか取らないと言われてしまい、じゃんけんで負けてロケットの構造を担当する研究室に行くことになりました。

 そこでのめりこみました。アイデアを出して形を変えると、振動試験などの結果がすぐに変わる。理論と現実がくっついているのが楽しかった。

 ――卒業後は宇宙科学研究所(ISAS)でロケットの開発をしました

 先輩によく言われたのは「エンジニアたるもの、図面でしゃべれ」。何かアイデアを出しても、図面にできなければ詰められていない部分があるからダメだという意味で、きつかったですがその後も大事にしています。

「失敗を経験させたい」

 ――NTT電気通信研究所で人工衛星の開発に取り組んだ後、1994年に九大に着任。大学ネットワークやコンテストを立ち上げるなどして学生による小型衛星開発を推進しました

 宇宙は特別で、多くの若者が何も言わなくても興味を持ってくれる。このエネルギーを、座学で終わらせるのではなく形にしたいと考えました。

 私がISASにいた時は「失敗しても良いよ」という空気がありました。新しいことをするなら失敗はつきもの。ですが、今は失敗が許されない組織が多いです。なので、学生のうちに失敗を経験させたいという思いもありました。

 ――その後、同級生2人と共に2005年にQPSを設立しました

 当時は衛星をつくる企業になるとは思っていませんでした。

 学生が衛星を開発する中で、せっかく良いアイデアがあっても学生だけだとものづくりに限界があることに気付きました。

 そこで、技術力のある中小企業に「手伝ってくれませんか」と声をかけたんです。すると、「実は宇宙やってみたかったんだよ」という企業が多く、最終的には九州中で200社ほどから手があがりました。

 ただ、技術の継承が課題でした。学生は入れ替わっていくし、私の定年後は大学の関与も難しくなる。そこで、技術を企業に移したらどうかと思いついたんです。九大だけでなく各大学や研究機関の衛星開発を支援する小さな会社をつくることになりました。

転機は傘のように開く衛星

 ――それが今では、小型のS…

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この記事を書いた人
佐々木凌
西部報道センター|社会グループ
専門・関心分野
災害・防災、宇宙、原発・エネルギー、環境