公正な移行とは|産業にもたらす影響や日本の現状・課題を解説

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公正な移行とは|産業にもたらす影響や日本の現状・課題を解説
公正な移行とは(デザイン:増渕舞)
NPO法人気候ネットワーク東京事務所長/桃井貴子

桃井貴子
桃井貴子 ( ももい ・たかこ )
NPO法人気候ネットワーク東京事務所長
大学在学中より環境保護活動に取り組み、卒業後は環境NGO職員、衆議院議員秘書などを経て、2008年に気候ネットワークスタッフとなり、2013年から現職。現在、エネルギー・気候変動問題を中心に取り組み、さまざまな団体と連携し、原発もない、温暖化もない持続可能な未来を目指し、政策提言や市民啓発など幅広く活動を展開している。 桃井貴子の記事一覧

脱炭素社会の実現に向け、化石燃料依存型から持続可能なエネルギーシステムへの急速な転換が求められています。産業・雇用・地域社会に甚大な影響を及ぼすプロセスにおいて、誰一人取り残されない形でどのように転換を図るのかが重要です。この記事では転換の鍵となる「公正な移行」について解説します。

1.公正な移行(Just Transition)とは

「公正な移行(Just Transition)」とは、環境問題の解決や対策を実施するうえで、関係する産業分野に従事する労働者や、産業が立地する地域が取り残されることなく、公正かつ平等な方法により持続可能な社会へ移行することを目指す概念のことです。

2015年に開催された気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定」の前文では、「自国が定める開発の優先順位に基づく労働力の公正な移行並びに適切な労働(ディーセント・ ワーク)および質の高い雇用の創出が必要不可欠であることを考慮」すると言及されています。

パリ協定では、「地球の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度を十分に下回り、1.5度に抑えること」を定めています。

また、その後の気候変動枠組み条約締約国会合(COP)やG7サミット(主要7カ国首脳会議)などの国際会議では、地球上の平均気温が2度上昇した場合のリスクが大きいことから、上昇を1.5度に抑えることを目指すと何度も確認されてきました。

すでに1.5度の上昇に近づきつつある今、世界全体で取り組むべきなのは、2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにする「ネットゼロ」の実現と同時に、2050年までの過程でも、2030年に2010年比で半減するスピードで社会システムを大転換することです。

「公正な移行」という概念は、国際労働組合総連合(ITUC)によって提唱されました。気候危機を回避するために、化石燃料依存から脱却し「脱炭素社会」への移行を達成するには、労働者が働きがいのある仕事に就いたり、新たな雇用を生み出したりすることを目指す「公正な移行」を合わせて考えることが不可欠です。

国際労働機関(ILO)は、「環境面から見て持続可能な経済とすべての人のための社会に向かう公正な移行を達成するための指針」を2016年に策定し、七つの原則を挙げています。

1. ステークホルダーとの適切な協議
2. 職場での権利の強化と促進
3. ジェンダー平等
4. 経済・環境・教育・労働および社会政策による適切な移行の推進
5. 雇用創出を促進するための関連するすべての政策への「公正な移行」枠組みの適用
6. 各国や各地域に固有の状況に合わせた「公正な移行」政策の調整
7. 持続可能な開発戦略の実施における各国間の国際協力の推進

また、2021年の気候変動枠組み条約グラスゴー会議(COP26)では、脱石炭への宣言とともに、ILOの「公正な移行」指針を支持することを表明した「公正な移行宣言」がつくられました。

これには、EU(欧州連合)全加盟国・イギリス・アメリカなどが署名しています。各国が経済成長のみならず、人間らしい持続可能なグリーン雇用の創出や、新たな持続可能な投資を支援することによるネットゼロの実現を宣言し、政策に組み込んでいこうとしていることがわかります。なお、この署名の宣言国に「日本」は入っていません。

2.脱炭素社会への移行が産業にもたらす影響

脱炭素社会への移行のプロセスは、あらゆる産業に影響をもたらします。例えば、持続可能な産業への転換により、労働者が新しい技術を習得し、地域で新規産業が創出され、地域の活性化につながることが考えられます。一方で、エネルギーシフトに伴う失業・廃業・地域衰退といった負のリスクも推測されます。

ここでは、脱炭素社会への移行がもたらす影響について詳しく紹介します。

2021年、国際エネルギー機関(IEA)が「2050ネットゼロ」というレポート(正式名:Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector)を発表しました。このレポートでは、2050年のネットゼロへの移行にあたって部門別のマイルストーンが示されています。

例えば、電力部門では2030年までに先進国の石炭火力を全廃、2035年に全電源のネットゼロ化、2040年に世界全体の石炭やガス火力を全廃し、風力や太陽光を大幅に増強していることなどが挙げられています。運輸部門では、2030年までに自動車販売の60%が電気自動車になり、2035年には内燃機関自動車の新規販売を終了するといった内容です。

2021 【電力】新規石炭火力の建設停止
【その他】新規の石油・ガス田開発、新規炭鉱の開発・炭鉱拡張停止
2025 【建物】化石燃料ボイラーの販売終了
2030 【電力】年間1020GWの太陽光・風力の容量増加、先進国での石炭火力の全廃
【建物】エネルギーアクセス普遍化、すべての新築建物がゼロカーボン
【運輸】世界の自動車販売の60%が電気自動車に
【産業】重工業の新規クリーン技術を大規模実証
2035 【電力】先進国のすべての電気がネットゼロ排出
【建物】機器と冷房設備の大半が最高水準
【運輸】大型トラック販売の50%が電気自動車、内燃機関自動車の新規販売終了
【産業】販売するすべての産業用電動モーターが最高水準
2040 【電力】世界のすべての電気がネットゼロ排出、石炭・ガス火力発電設備の全廃
【建物】既築建物の50%がゼロカーボン
【運輸】航空燃料の50%が低排出
【産業】重工業の既存設備の90%が投資サイクル終了
2050 【電力】世界の約70%の電気が太陽光、風力で発電
【建物】85%以上の建物がゼロカーボン
【産業】重工業生産の90%以上が低排出

Net Zero by 2050 A Roadmap for the Global Energy Sector p.20|IEAをもとに筆者作成

化石燃料に関連する産業では、構造転換を伴う移行が求められます。ここに示された内容に対応できなければ1.5度目標の達成は困難になります。さらに詳しい内容はレポートをあたってみてください。

IEAの「2050ネットゼロ」では、移行プロセスにおいて「化石燃料関連産業では500万人が雇用を失う一方、再生可能エネルギー(以下、再エネ)発電・電力系統では1400万人の雇用を得る」とし、さらに「省エネ機器・自動車・建物で1600万人の雇用が増える」と報告しています。脱炭素社会の実現は、炭素集約度の高い産業からの撤退だけでなく、持続可能な産業の雇用を増やす機会にもなりえます。

未来のためのエネルギー転換研究グループの「レポート2030」によれば、日本ではエネルギー転換で主に影響を受ける6大産業(電気業〈火力発電〉、石油精製業、鉄鋼業、化学工業、窯業〈ようぎょう〉土石製品製造業、パルプ・紙・紙加工品製造業)の従業者数は約15万人です。一方、再エネ従事者は現時点で約27万人です。今後、エネルギー転換で2030年までに新たに創出される雇用は、年間254万人と推計されています。

エネルギー転換に伴うスムーズで公正な雇用の移行は、簡単ではありませんが、政策的に実現される必要があります。

3.公正な移行と企業の責任

企業は、パリ協定が定める1.5度目標に整合する脱炭素社会の実現と「公正な移行」に対して重要な役割を担っています。企業の管理の在り方によっては、スムーズな脱炭素社会への移行を妨げ、投資回収のできない座礁資産をもたらし、結果として多くの失業者を生み出したり、地域経済の破綻(はたん)を招いたりする可能性もあります。

国際的なイニシアチブであるWorld Benchmark Allianceは、「公正な移行(ジャスト・トランジション)評価メソドロジー」を2021年7月に公表しました。資料のなかでは、企業の「公正な移行」を評価するための指標を作成し、企業に期待することとして次の六つの要素を挙げています。

1. 「公正な移行」に関して有意義な社会的対話(ソーシャル・ダイアローグ)とステークホルダー・エンゲージメントを持つこと
2. 労働者、コミュニティー、影響を受けるステークホルダーの基本的権利を尊重し、促進する「公正な移行」計画を策定し、実施すること
3. グリーンでディーセントな雇用を創出し、提供または支援することにより、低炭素経済への移行に伴う雇用の喪失の影響を最小限に抑えること
4. 適切な技能開発・訓練を通じて、雇用の創出・維持・再就職を可能にすること
5. 社会的保護に貢献し、公正な税金を納め、低炭素化が社会的保護に及ぼす影響を正当な移行計画や関連活動において管理すること
6. 「公正な移行」を支援する政策や規制を擁護し、「公正な移行」に適した政策を損なわないようにすること
参照:WBA公正な移行評価メソドロジー|World Benchmark Alliance

これらの項目に加えて、「公正な移行」への貢献度を評価する九つのことにも触れています。

1. 地域社会
2. エネルギーへのアクセス
3. トランジション・ミネラル(移行に必要な鉱物採掘)
4. 先住民族
5. 土地と環境の権利
6. 子ども(未来世代)の権利
7. 気候変動への適応
8. 重要な人権課題としての気候変動
9. 事業においての物理的リスク
参照:WBA公正な移行評価メソドロジー p.35~37|World Benchmark Alliance

企業には人権を尊重する責任があり、これには環境への影響や被害によって生じる人権への悪影響を引き起こしたり、助長したりする行動を避けることも含まれます。

日本の企業にも、公正な移行の検討を先送りせず、気候変動のリスク開示とともに市民社会との対話の場や接点を積極的に持つことが期待されます。

4.公正な移行に向けた日本の現状と課題

イギリスのブリティッシュアカデミーが、「日本における公正な移行」という論文を2022年6月に発表しました。論文のなかで、日本はパリ協定に述べられている「公正な移行」・失業回避の重要性・ネットゼロへの移行に伴う地域経済とビジネスへの配慮について、極めて限定的であると指摘されています。

例えば、2021年10月に策定された「第6次エネルギー基本計画」においては、「公正さ」について「消費者や労働者のためではなく、事業者や開発者のための公正さ」に限定されている点などです。

また、「カーボンプライシング」や、脱炭素社会に必要な技術開発のための投資支援を定めた「GX推進法」(2023年5月成立)は、日本労働組合総連合会(連合)の求めに応じて「公正な移行」の文言を加える異例の修正協議がおこなわれ、成立しました。しかし、このときの議論も、国際社会でいわれているようなネットゼロへの移行に伴う「公正な移行」の議論とは少しずれた論点であり、炭素集約型産業への影響に配慮することが強調される形で審議されていたと考えられます。

日本政府は、2050年のカーボンニュートラルを宣言しているものの、「エネルギー基本計画」や「GX推進法」が、パリ協定の1.5度目標に整合する内容ではないことから、環境NGOや消費者団体から大きな批判を受けています。G7広島サミットでも、気候変動対策に関しては、日本だけが石炭火力全廃の時期を定めることに反対して孤立したことも報じられています。

今後、日本が1.5度目標の達成で求められるネットゼロの道すじをつくるためには、市民社会の意見を踏まえた政策の確保や、炭素集約度の高い産業からグリーン産業への転換などを、スムーズかつ誰一人取り残さない形で実現していくことが求められます。

5.公正な移行に向けた各国の取り組み

ILOの指針を支持すると宣言した国々は、「公正な移行」の資金を確保し、さまざまな政策を実施しています。ここでは、気候ネットワークが2021年に発行した事例集「公正な移行―脱炭素社会へ、新しい仕事と雇用をつくりだす―」でも取り上げている、「公正な移行」に向けた各国の取り組みや成功例を紹介します。

欧州委員会は、EU加盟国の各国および地域規模での「公正な移行」の取り組みを支援するために、「公正な移行メカニズム」を開始しました。最も炭素集約的な地域と、化石燃料関連の雇用が集中する地域に焦点を当てた取り組みです。日本円換算で2兆円超にあたる175億ユーロの助成金を提供する「公正な移行基金」の設立や、欧州投資銀行(EIB)による2021年から2027年までに約1500億ユーロの投資の誘導などを目指しています。また「公正な移行プラットフォーム」を設置し、資金調達の機会や技術的サポートなどをおこなっています(出典:公正な移行―脱炭素社会へ、新しい仕事と雇用をつくりだすー p.4|気候ネットワーク)。

産炭国でもあるドイツは2038年までの脱石炭を掲げ、その後、2030年に前倒しすることを宣言しました。まずは石炭火力のフェーズアウトを決め、化石燃料からの脱却を決断しています。さらに幅広い公的支援・市民社会・政府・企業などさまざまなステークホルダーの協力を求め、再エネ事業などの情報提供や教育・訓練といった体制を構築しています。

オーストラリアでは、電力会社の石炭火力発電所の閉鎖発表を受け、地域で「公正な移行」のプログラムと対策をおこないました。地元の市民団体主導のもと、提言や地方政府との協議など、発電所閉鎖後の労働者支援のためのさまざまなプログラムを実施しました。主なプログラムは以下の四つです。

● 労働者のための教育・訓練プログラム
● 個別支援のためのウェブサイトおよび電話サービス
● 地元企業のための移行支援
● 地域の経済と生活の質を高めるためのコミュニティープロジェクトへの資金提供

これらのプログラムにより、石炭コミュニティーが石炭から脱却し、新しい雇用が創出され、再活性化しています(参照:同 p.9)。

カナダでは、電源構成の55%が石炭だったアルバータ州が、2030年までの脱石炭・火力全廃をかかげました。「公正な移行」のプログラムを策定し、基金を創設しています。これにより2030年までの脱石炭・火力全廃目標は大きく前倒しとなり、2023年までには達成する見通しです(参照:同 p.10)。

6.公正な移行とSDGsの関連

脱炭素社会への移行において「公正な移行」の概念を追求することは、「誰一人取り残さない、持続可能で多様性と包摂性のある社会」を目指すSDGsの理念に合致します。SDGsの17ある目標のうち、特に目標8「働きがいも経済成長も」や目標13「気候変動に具体的な対策を」は、脱炭素社会への移行や「公正な移行」によって達成に大きく近づきます。

また、SDGsの目標1「貧困をなくそう」・目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」・目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」・目標10「人や国の不平等をなくそう」も「公正な移行」の直接的な目標といえます。「公正な移行」の概念を社会に組み込むことは、SDGsの達成にとっても欠かせません。

公正な移行とSDGsの関係
出典:Climate change and the just transition A guide for investor action p.13|Grantham Research Institute on Climate Change and the Environment

7.手遅れになる前に理解を深めて社会の変革を

先に紹介したブリティッシュアカデミーの論文「日本における公正な移行」の著者らは、2022年1月に6000人の無作為抽出によるアンケートをおこなっており、興味深い結果を紹介しています。日本人の「公正な移行」に対しての認知度は全体的に低いのですが、県別でみると福島県と和歌山県だけ突出して高い結果が出たというのです。

著者らは、福島県で認知率が高かったのは、東日本大震災とそれに伴う原子力発電所事故に関連があると考察しています。また、和歌山県については、2022年1月に石油大手ENEOSが、和歌山製油所を2023年10月ごろに閉鎖すると発表したことが関係していると指摘しています。

しかし、このような形で「事が起きてから理解する」のでは、手遅れになりかねません。「公正な移行」は「脱炭素社会」に向けた急激な変化に、しなやかに対応していく手段でもあります。今なお「化石燃料依存社会からの脱却」に向き合えていない日本において、まずは一人ひとりが理解を深め、社会の変革を促す必要があります。持続可能な将来にできるかどうか、今私たちの選択に委ねられています。

(編集協力 スタジオユリグラフ・高橋純)

(2025.8.24更新)タグを変更しました。

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