ああああああああああああああ

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キャラクター

キャラクター。現代のサブカル……もはやそうと言っていいのか分からないが、漫画やアニメ、或いはゲームにおいてこの要素は尤も重要だと言える。キャラクタービジネスが現代のオタク系文化において中心的な役割を担っている。物語や曲なんかに払う金よりもキャラクターに払う金の方が何倍も大きい。グッズというやつだ。だから最近のキャラクターは何かしら魅力がある奴が多い。好きになって貰えないと金を落としてもらえないから。そして好きになって貰えるキャラクターというのは、恐らく好きになってもらえる現実世界の人間に近い精神構造をしているんじゃないか……つまりは陽のキャということ。嘘。そもそも陽キャってなんだ。

私が言いたいのは「傷つけない人」じゃないかということ。現代は多様性を重んじる時代だ。それ自体はいい。だが多様性が人を傷つけるという多様性を封じているのだから真の多様性は……という論があるが今回言いたいのはそういうこと。キャラクターにペイするという構造が人に不快感を与えないキャラ造形を強要しているのではないかと思っている。無論、悪役なんかはその限りじゃない。何故ならあいつらは物語上で制裁を食らう、喰らわなくても主人公という視点主から否定の評価を与えられるから。でも主人公サイドのキャラクターが他人を傷つける言動をすると烈火の如く否定されるだろう。恐らく。知らんけど。何故ならば主人公やその仲間は読者が物語の大半を共に歩むことになる友人のようなものであり、そいつが不快感を与えてきたら当然そいつのことを嫌いになるし、そんな奴のグッズなど買いたくなくなるから。そして多様性を重んじる現代は「傷つけない、否定しない」がその典型になっている気がする。その点で考えたら『推しの子』とかはかなり話題になった割には主人公が復讐に燃える奴だったな。ただ同作について詳しい訳ではないので、同作のファンが主人公アクアに強い魅力を感じていたのかは分からないが。有馬かなやもう一人のヒロインの名前はよく聞いた印象。とはいえ同作は芸能界の裏側を描く適なコンセプトだったからかドロドロした描写を出しても問題ないというのはあった気もするけれど。つまりは職業もの。そもそも嫌な気持ちになることを多少覚悟した人間が見に来る作品というか。どうなんだろうね。

こうして考えると漫画は外れたとしても最悪死ぬのは作家だけなので問題ないが、大人数が関わるゲームの場合はそういうイチかバチかの表現ができなくなるから結果として類型的なものばかり出て来がちなのかもな。


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