「同意誤信」による性暴力はなくせるか SDGsジャパンと考える~危機突破のカギ【7】
一般社団法人Spring共同代表
2018年11月から一般社団法人Springのメンバーに加わり、キャンペーンリーダーや議員・省庁へのロビイングを行うスタッフとして活動。2023年から一般社団法人Springを代表してメディア取材対応、国際イベント登壇、執筆活動をはじめ、同年9月に共同代表に就任。性犯罪公訴時効のさらなる見直し、YMY型刑法の日本への導入のための調査、トラウマ治療の普及啓発・被害者支援体制の拡充に向けて活動を続けている。 田所由羽の記事一覧
目次
同意のない性的な行為は、性暴力である
いま、「性的同意」が大きく問われる事態が次々と起きており、私たちの懸念していたことが、現実のものとなっています。
2023年7月、「不同意性交等罪」など改正刑法が施行されました。
私たち一般社団法人Springは、2017年7月に設立された、性暴力被害当事者を中心とした団体です。刑法性犯罪規定が性被害の実態に即したものとなるよう、当事者の声を立法の場に届けてきました(参考:同意のない性交が犯罪にならない現実――13万の署名と共に刑法改正に挑む当事者たち(内田英恵) - エキスパート - Yahoo!ニュース)。
旧刑法(強制性交等罪)では、暴行・脅迫、抗拒不能要件により、「被害者は性行為に同意していなかった」と裁判で認められても、被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫行為があったと認定されなければ、加害者は罪に問われず、被害者が泣き寝入りさせられる状況が長らく続いていました。
そのため、私たち被害当事者団体や被害者支援団体が、国会議員や省庁に対し、「同意のない性行為を処罰できるようにしてほしい」と要望を重ねていきました。その結果、ご理解ある国会議員の後押しもあり、省庁が動きました。
内閣府が、「あなたの同意のない性的な行為は、性暴力です」と、広く発信するようになりました。ポスターでは「勝手にYESと思い込むのはNO!」「相手の同意のない性的な行為は性暴力です」とうたい、同意のない性的な行為は、性暴力であると、広報されました(参考:令和2年度 女性に対する暴力をなくす運動 | 内閣府男女共同参画局)。
子どもたちが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないよう、文部科学省は全国の学校において生命(いのち)の安全教育を開始して(2023年4月から本格的に実施)、教材・啓発資料に「相手の同意のない状態で一方的に性的な行為をすることは性暴力です」「相手への思い込みが、性暴力につながることがある」「イヤと言っていない=YESではありません。また、キスをしたから性交してもよいわけではありません」との説明が盛り込まれました(参考:性犯罪・性暴力対策の強化について:文部科学省)。
2023年7月13日に成立した改正刑法で新たに盛り込まれた不同意性交等罪では、暴行・脅迫要件が見直され、「同意のない性行為は処罰の対象である」というメッセージが、その条文でも罪名でも明確に示されました。さらに、「性的同意」の定義についても、啓発がすすみました(参考※)。
※私たちに大切な性に関するコミュニケーション、「性的同意」 - あしたメディア by BIGLOBE
知りたい、性的同意。慶大生の『性的同意ハンドブック』 ~学生が発信する意味とは~ | 慶應塾生新聞
性的同意ハンドブック - 早稲田大学ジェンダー研究所
【専門家に聞く】性的同意(せいてきどうい)って何?どうやってとる?チェックリストや紅茶の動画で学ぼう | 性教育サイト命育
【性的同意の定義】性的同意はどうやってとる? 同意年齢や性暴力について専門家が解説
「性的同意」を取っていますか? 性暴力の被害者/加害者にならないために – 早稲田ウィークリー
性的同意とは何か ~「真摯かつ任意の承諾」を求めた判決~ 【弁護士 雪田樹理】 | 女性共同法律事務所
性犯罪・性暴力とは | 内閣府男女共同参画局
また、性教育の国際基準であり、子どもや若者に対して、年齢や発達段階に応じた適切な方法で性に関する知識やスキルを提供する、「包括的性教育」の導入も、「性的同意」を日本社会に浸透させるものとして、国内外から強く求められています(参考:包括的性教育とは 日本の性教育の現状と課題<用語解説> - 性暴力を考える - NHK みんなでプラス、「包括的性教育」推進を目指し提言書を発表 | 日本財団)。
性暴力事件をめぐる判決
改正から1年半が経った今、同意のない性行為は、しっかりと犯罪として裁かれるようになったでしょうか?
残念ながら、前進した部分もありますが、いまだ変化していない状況もあります。
まず、前進した面として、刑法改正の大きな力になったものに、世論の高まりと被害実態の可視化があります。
2019年3月、4件の性暴力事件の無罪判決が相次ぎ、メディアや市民団体が問題として取り上げ、被害当事者が「フラワーデモ」を開催し、全国各地で抗議の声を上げるきっかけとなりました(参考:性犯罪「無罪判決」相次ぐ 「判断には被害者心理の理解が不可欠」専門家が訴え - 弁護士ドットコム)。
この4件の性暴力事件については、性被害の実態が多くの司法関係者に伝わっていないと訴え、私たち被害当事者団体が実施した性被害の実態調査の結果を、当事者の声として国会議員や省庁に示したり、検討会及び法制審において心理学的・精神医学的知見が共有されたりしました(参考:一般社団法人Spring 性被害の実態調査 アンケート)。その結果、4件中3件が控訴審で逆転有罪となっています。
よく性暴力の無罪判決に対して、市民が抗議の声を上げた際、「司法判断に素人が口を出すな」と一部の司法関係者から批判を向けられます。しかし、司法の判断も間違うことはあり、判決が180度変わりうるということを、私たちは目の当たりにしてきました。被害当事者たちがその被害の実態についてエビデンスを示して訴え続けました。逆転有罪となった判決文からは、性暴力被害の実態を正確にとらえて、判断したことが伺えます(参考:久留米準強姦が逆転有罪 裁判所の「経験則」に変化の兆しか | 文春オンライン、19歳の娘へ性虐待の実父「逆転有罪」に 地裁の「無罪」で明るみに出た、現行法の問題点 | 文春オンライン)。
刑法改正の方向性について議論をした法制審議会の座長、井田良・中央大学大学院教授は、改正の経緯を振り返り、「旧規定に対する社会の側からの強い批判は、決して『素人の誤解に基づくもの』として斥(しりぞ)けることのできないものだった」と述べています(参考:成文堂『刑事法ジャーナル第78号』p7)。
「故意」の認定をめぐって
2019年に無罪判決が出された4件の事件の中で、後日、控訴されず無罪が確定した判決は1件だけあります。2019年3月19日、静岡地裁浜松支部で出された、いわゆる「常識」判決です。
これは、44歳の男性が、深夜2時にコンビニ駐車場で初めて会った25歳の女性に対し、声をかけ、同意を得ないまま性行為を強要し、被害者女性の口に約2週間のけがを負わせ、強制性交等致傷罪に問われた事件です。
無罪となった理由が、「故意阻却」です。判決が出された当時、現在の不同意性交等罪が2023年に制定される以前の「強制性交等罪」が成立するには、被害者の「不同意」が認定されること、加害者による強度の「暴行・脅迫」及び被害者の「抗拒不能」が認定されること、そして最後に、「故意」(=わざとやったかどうか)の認定という壁がありました。
「故意阻却」による無罪とは、加害者側が被害者に行った性行為について、「相手が抵抗したくても抵抗できない状態だったとは分からなかった(同意していると思い込んでいた)」と認定された場合は、罪に問われないということです。日本の性犯罪は、「故意」が裁判で認定されなければ、成立しないのです。
判決では、男性が暴行を加えたことで被害者が負傷したこと、また被害者が抵抗することが著しく困難となったことが認定された一方、男性側が、相手が抵抗できない状態になっていると認識していたかどうかは「常識に照らして疑問が残る」として、無罪となりました。
いったいこの「常識」はいつの時代のどこの地域の「常識」なのかと、大きな疑問がわく判決です。
「Yes Means Yes」型の法規定の導入を
私たちは、刑法が改正されても、この「故意阻却」による無罪が今後も続くおそれがあるのではないか、性暴力の被害が発生しても加害者は処罰されない状況が続くのではないかと懸念し、「Yes Means Yes」型の法規定の導入を強く訴えてきました(※)。
※①「要望書〜ヴィクティム・ファーストの視点より〜刑法改正について私たちが望むこと」(2021年5月)
②「性犯罪に関わる刑事法改正に向けた要望書」(2022年3月)
③「【別紙】性暴力被害当事者の実態と、『迎合反応』について」(同)
④「性犯罪に関わる刑事法改正に向けた要望書 (たたき台 第一の一について)」(2022年6月)
⑤「法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第10回会議配布資料試案に対するSpringの見解」(2022年10月)
⑥「法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会 第13回会議配布資料 試案(改訂版) に対するSpringの見解」(2023年1月)
⑦「条文変更を歓迎し条見出し(罪名)変更を求める要望書」(2023年2月)
「Yes Means Yes」型とは、イギリスやドイツの「No Means No」(相手にNoと表明されたにも関わらず性行為に及んだ場合は処罰する)型よりさらにすすんで、「相手の自発的な同意を確認せずに性行為を行った場合は処罰する」という性犯罪の法規定です。
この法規定があれば、性行為がしたかったら相手のアファマーティブ・コンセント(肯定的同意)を必ず確認しなければならず、「抵抗してこなかったから同意していると思い込んでやってしまった」という主張はできなくなります。「Yes Means Yes」型は既に北欧などいくつかの国や地域で導入されています。
しかし、2023年の法改正では、「Yes Means Yes」型の導入は見送られました。その理由として、法務省の「性犯罪に関する刑事法検討会」では、次のような指摘が記載されています。
・現在の日本においては、「“Yes means Yes”の前提となるべき社会通念が十分に形成されていない」
・「明確な拒絶の意思表示がないことが同意を示すものではないということが理解されていない」
残念ながらこれが今の日本の社会です。
改正前は、性犯罪の成立要件として、被害者が「抵抗が著しく困難」となっていることを加害者が認識できていたかどうかが問われました。改正後は、被害者が「同意しない意思を形成・表明・全うできない状態」であることを加害者が認識していたかどうかが問われます。
「同意誤信」という問題
いま、問題となっているのが、「同意誤信」です。
2024年に2つの「同意誤信」無罪判決が那覇地裁から出されました。
6月14日、那覇地裁は、知人に性的暴行を加えけがをさせたとして、強制性交等致傷罪に問われた男性について、男性は被害者に宿泊先でマッサージをされたことなどから「親しみの感情」を抱き、同意があったと誤信したと判断し、無罪としました(参考:強制性交致傷罪に問われた被告に無罪判決 那覇地裁「同意があったと誤信した」 2024年6月15日 沖縄タイムス)。
また、11月22日、自宅で酒に酔った知人女性に性的暴行を加え、全治不明の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負わせたなどとして強制性交致傷、準強制性交致傷の罪に問われた男性について、男性は「(相手方が)同意していない可能性があることを認識していたとは認められず、故意を欠く」として無罪との判決を下しています(参考:「故意を欠く」強制性交致傷の罪に問われた被告に無罪判決 合意に誤信 那覇地裁 沖縄 2024年11月23日 琉球新報/Yahoo!ニュース)。
どちらの判決でも、被害者が性行為に同意していなかったことは認定されましたが、被告人が「同意していると思い込んでいた」として、故意阻却されています。当事者双方の認識に乖離(かいり)があり、性暴力の被害が発生しているのにもかかわらず、加害者は処罰されない、私たちが懸念していた状況となっています。
また、酒に酔って抵抗できない状態の部下の女性に性的暴行をした罪をいったん認めた上司が、一転して「同意があったと思っていた」と無罪を主張したとの「同意誤信」に関する報道もあり、大きく注目されています。
さらに、2024年12月18日、大阪高裁は、滋賀医科大学の男子学生2人が女子学生に対する強制性交等罪に問われた裁判の控訴審にて、女子学生が「嫌だ」「痛い」「やめてください」など明確に拒絶の言葉を発しているにもかかわらず、「同意の上で性交等に及んだ疑いを払拭(ふっしょく)できない」として無罪判決を言い渡しました。これは「同意誤信」ではなく、「同意の可能性あり」の無罪判決です。
被害者に絶望を感じさせない日本社会に
こういった大変痛ましく、被害者に絶望を感じさせる状況の打開が必要です。「性的同意」を日本社会のあまねく世代の「常識」、「社会通念」としていくことは急務となっています。そのために「Yes Means Yes」型の処罰規定の導入の検討と、性的同意とは何か理解するための性教育の見直しが必要です。
「Yes Means Yes」型の法規定を導入しているとされている国は、現在私たちが把握しているだけでも7か国あります。カナダ(1992年)、アイスランド(2018年4月)、スウェーデン(2018年7月、※)、デンマーク(2021年1月)、スペイン(2022年10月)、フィンランド(2023年1月)、アメリカ・ウィスコンシン州(1990年)、ワシントン州(1999年)、ニュージャージー州(2019年)です。
※スウェーデンについての参考リンク:一般社団法人Spring 【開催報告】院内集会 1/22(水)“Yes means Yes.” スウェーデンの性交同意法を学び、日本刑法再改正へのヒントを探る
例えばカナダでは、「行為者が、被害者が同意していることを確認するため、その当時行為者が認識していた状況に照らし合理的なステップを踏まなかった」場合に処罰されるという規定があります。また、アメリカ・ニュージャージー州では、「行為者が被害者の積極的かつ自由意思に基づく許可なく、その行為を行った」場合に処罰されるという規定があります。
日本での導入については、私たちの強い訴えに対して、衆議院で修正協議により附則がつき、施行後5年後の見直し、そしてそのために必要な調査を行うことが明記されました。附則では「性的同意についての意識」との記載がなされ、法案の趣旨説明で、これは「Yes Means Yes」型への見直しの検討を念頭においたものであることが言及されています。私たちは、見直しのための実態調査がすみやかに実施されることを強く願っています。
被害者が訴えた性暴力事件で、「嫌疑不十分」で不起訴となる理由で一番多いのが、「性的同意」に関する事案です。この実情をしっかり調査するよう、求めていきたいと思っています。
「処罰範囲の明確化」の周知徹底を
日本において「Yes Means Yes」型法規定を導入するには、長い道のりとハードルがあります。ただ、それを待たずとも、「同意誤信」の性暴力事件を防げる可能性は十分にあると、私たちは考えています。
2025年1月10日、私たちは「刑法改正市民プロジェクト」に参加する団体として、法務大臣に刑法性犯罪規定の運用に関する要請に行き、以下のように訴えました。
今回の刑法改正の趣旨は「処罰範囲の明確化」であり、法改正の前と後では「処罰範囲は維持されている」という法務省の公式見解が、周知徹底されていないことが大きな課題となっています。
この趣旨に照らせば、2023年7月改正以前の事件に関しても、2023年改正刑法によって「暴行又は脅迫」「抗拒不能」要件が明確化された規定に則って司法判断を行うべきであるはずです。
しかしそうではなく、改正前の事件については改正前に行われていた狭い解釈判断によるべきであるといった誤解に基づく主張が多くの捜査・司法関係者に散見されます。 さらには、その誤解に基づくものではないかという判決も出てきております。
この点について、法務大臣からぜひ誤った理解を払拭するような発信をしていただくよう、強く要望いたします。
先ほどご紹介した、那覇地裁の2件の無罪判決は、2023年改正前の事件でした。ただ改正趣旨に基づけば、被告人に「基礎付ける事実の認識」があれば、「故意」が認定され、適切に罪に問うことができます。この視点で精査することで、2019年の3件の無罪判決がその後逆転有罪判決となったように、判断が変わる可能性は、ゼロではないのではないでしょうか。
「処罰範囲の明確化」がされた不同意性交等罪に加え、諸外国で導入がすすんでいる「Yes Means Yes」型法規定の導入と、「性的同意」への理解を深めるための性教育の見直しを通じて、日本に「性的同意」を定着させ、「同意誤信」無罪判決による絶望を被害者にこれ以上感じさせない日本社会にしていくために、私たちは引き続き力を尽くしていきます。
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