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編み物部という「場」について


 2019年に、私は小さな編み物の集まりを始めた。
 大きな目的があったわけではない。
たまたま出会った編み物好きの人と、同じ空間で静かに手を動かす。
その時間を月に一度続けられたらいいな、という程度のものだった。

 そこには成果も、成長も、外向きの目標もなかった。ただ「同じ場所に居て、それぞれが編む」ための場である。



1 私にとっての「居場所」の前提

 少し自分の話をする。

私は転校が多い子どもだった。
転勤族の家庭で育ち、何度も「すでに出来上がった人間関係」に途中参加する側を経験してきた。
 高校は越境通学、大学・大学院では専門分野を変えながら学び、最初の仕事も転勤の多い業種を選んだ。その後も職場や暮らしは定まらず、私はいつも「外側に居る人間」だった。
前提として人との距離や、場の空気には敏感な人間だと言える。
 踏み込みすぎないこと、踏み込まれすぎないこと。それを守らなければ場は簡単に壊れると思っている。


2 編み物部の構造

 編み物部は私にとって初めて
「最初から出来上がった関係に入る」のではなく、人と環境のインフラを自分で作る場だった。

 誰でも入れる場所にはしなかった。
 自分で運営をするのだから自分が疲弊しないようにしようと思っていたからだ。私が場所を取り、予定を入れ、告知をした。人との距離を測り無理が出ないように整えてきた。コロナ禍も細々と続けた。
 強い結束も、仲良しアピールもない。ただ、同じ空間で編む。それ以上でも以下でもない関係。
私はこの「弱い結びつき」が好きだったし、それが長く続く理由だと思っていた。


3 変化の兆し

数年前、ある縁で出会った人が
「編み物部に入りたい」と言った。

 正直に言えば、戸惑いはあった。私にとってはほとんど知らない人である。しかしその場の空気を壊したくなくて、私は断れなかった。

その後も
「自分の友人を入れたい」「別の人も入りたいと言っている」
という話が続き、少しずつ場の性質は変わっていった。

 この時、私は自分の境界線を曖昧にしていたのだと思う。
守ってきた「前提」を、説明せずに譲ってしまった。


4 不在と違和感

 昨年関西に一年ほど滞在することになり、私は編み物部から距離を置いた。戻ってきたとき、
ふと「これはもう、自分の場所ではない」という感覚を抱いた。

 
 いつのまにか、その人は自分の作った毛糸を部員に販売するようになっていた。もちろん押し売りなどではないだろう。しかし構造として、販売者とユーザーの会のような雰囲気を作るのは好ましいことではない。会場は毛糸屋さんであるので、複雑な気持ちがある。
 一方で、「私はにょろちゃんとは親友だ」といろんなところで語る。
 親友なら私が嫌う行為をしないと思うのだけど、どうだろうか。



 そして冬、編み物部の忘年会があった。
私はそれをとても楽しみにしていたが、
候補日に用事が重なり参加することはできなかった。
 グループチャットでの準備は進んでいたようだが、会の数日前にその人と対面した時、私の不在について特別な言及はなかった。
 もし「忘年会のあと、ここで編んでるから、終わったらおいでよ」そんな一言があれば、印象はまったく違ったと思う。

 しかし流れてきたのは、楽しそうなお食事写真だった。
それを見て、私は強い疎外感を覚えた。

今年は絵画制作に集中していたこともあり、編み物部に参加できない時期が続いたが、結果的に放置してしまった責任は自分にある。



5 感情の正体はなにか

 正直、自分でも驚くほど強く反応してしまったと思う。こんなにショックを受けるとは思ってもみなかった。
 ただその感情は、子どもの頃、転校先で感じていた
「勝手に距離を詰められること」
「自分の立場を他人に解釈されること」
などへの苦手意識と結びついていたのかもしれない。

  今起きている出来事以上のものが、そこに重なり過剰に不快感を抱いてしまったのではないか。他のメンバーに説明もせず反射的にグループチャットを抜けてしまった。悪気がないのはわかっている。
私にも問題があると思う。



6 フォローと決定的なズレ

 その後、何人かの部員から連絡をもらった。

内容を要約すると、

「今までお疲れ様でした」
「にょろさんが辞めたいお気持ちは尊重します」
「ありがとうございました」
 というものだった。

 それを読んだ瞬間、驚いた。

編み物部は、私が始め、私が守ってきた場だった、と自分では思っていたからだ。

それが「お疲れ様」で終わるものなのか。

「では解散しましょう」ではなく「あなたがいなくても続きます」ということだ。私がやってきたこととはなんだったのか。



7. 状況を俯瞰する

 その後、初期メンバーの一人からメッセージをもらい、誤解も含めて一度会って話すことになった。

少し時間が経ち、私はこう考えている。

 場が壊れたのではない。
 私の役割が終わったのだ。 


 釈然とせずにいたが構造的な問題を書き出してなんとなく腑には落ちた。価値観を共有していたつもりが、曖昧に進めてしまった結果でもあった。

編み物部は、
「並んで編む場所」から
「人が集まり、関係が前に出る場所」へと変わった。

 それは良い悪いではなくただの変化だ。



8.結び

 結局のところ、私は一人でも編める。

    誰とも競わずにこれまで通り編めばよいのだ。孤独だとしても構わない。
 編み物部は、私が初めて「自分で作った居場所」だった。だからこそ、手放すのは簡単ではない。
 正直な話、感情を飲み込めば澄んだ話だ。「そんなつもりはなかった」という話になるだろうが、自分が丁寧に作ったと思っていた砂の城は波に消されたのである。

 私の場所はもう別のところにあるのは明らかだ。物理的に離れてしまった時点でおそらくもう終わっていたのだと思う。





追記
本件は自分史上で5本の指に入るガッカリ案件だったので、怒りと不快感の観測をすることにした。


2025/12/24
話を聞いてもらう。
ややすっきりするも、戻ってきなよ、っていう話はない。

2026/1/14
想像以上に怒っている。
ひとりで編み物を進めている。なんだひとりでも編めるじゃん…

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コメント

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編み物部という「場」について|nyororo @美術準備室
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