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秋田市にあった龍角散の支店・藤井薬舗(fujiiyakuho)のアカウントです

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龍角散は六郷生まれではなく、水戸由来です。 秋田市茶町(大町)にあった龍角散の支店のアカウント。龍角散は江戸末期に久保田(秋田市)と大曲(大仙市)に薬店を開いた。明治維新を経て、個人経営としては久保田を本店とし、1871年に東京神田(千代田区)、1873年に大曲に支店を置きました。小林製薬は一族。
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行きますか!『雪の茅舎』で知られる秋田県の由利本荘の齋彌酒造は、実は龍角散と関係あります。まず、とある「横手市の家」※と由利正宗が親戚、さらにこの横手市の家と龍角散は親戚。つまり遠縁ですね。ややこしいですが、つまりは猿田和三さんとも義理の親戚。※ヒント:ファミリーマート  
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クリスマスイブに嫌がらせしてくる人はどんな人なのか気になりましたが、やはりこういうタイプでした。自分の人生がうまく行かないことを人の所為にしないでください!sekitakaji.jpさん、諦めるな!bsky.app/profi…>氷河期世代の私は諦めることが多かった。 大きな夢や希望も今はなく、家が維持できるだけの経済力と、山奥で田畑を耕してこれからの人生を命尽きるまで過ごせばいいと思う。  
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fujii.yakuho fujii_yakuho yakuho.fujii yakuho_fujii fujii2.yakuho fujiiyakuho-2502SNSやblog、noteなどの当方へのなりすましアカウントです。理屈が通じない、理解力のなさ、独特の主張と文章を書くので、直ぐに分かるとは思いますが、偽者による被害につきましては責任をおいかねます。くれぐれもお気をつけ下さいませ。  
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すっかりX(Twitter)も下火になりましたね。みんな何処へ行ったんでしょうか。当方もXからは離れ気味になっています。  
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良く言われる龍角散のホームページや、秋田県の美郷町フェスタで使われる六郷町史やあんばいこうさんの説明文自体が間違いなのです。当家は国替え時に出羽入りしておらず、そのため六郷東根、大曲に移住したとは間違いです。国替えのあとに現在の秋田市に移住した家とされます。
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これには六郷の藤井さんという家々の話と混ざってしまったのではないかと思われます。現代では昔の説は通用しません!
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良く言われる龍角散のホームページや、秋田県の美郷町フェスタで使われる六郷町史やあんばいこうさんの説明文自体が間違いなのです。当家は国替え時に出羽入りしておらず、そのため六郷東根、大曲に移住したとは間違いです。国替えのあとに現在の秋田市に移住した家とされます。
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龍角散は小林製薬との関係から、古くから愛知県の名古屋市、大阪府の京町堀※(のち道修町※へ)でも龍角散や当時の秘伝薬などを販売しておりました。龍角散、小林製薬両方の不祥事もあり、いつの間にか、どれも違う話になっているのに驚いております。※きょうまちぼり ※どしょうまち
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ご存じの方も多いとは思いますが、龍角散と関係がある美郷町(六郷)の家は、春霞(はるかすみ)の栗林家です。これも正確には親戚ではなく、遠縁にあたるようです。不確かな情報にご注意ください!
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1年に1回は定期したかったところですが、予定よりもかなり遅れてしまいました。8月の大仙市では、今年も大曲史談会さんによるまち歩き看板が立っていたそうです。龍角散の藤井玄淵(玄渕)の屋敷があった場所は、かつては大曲村の勝町(かちまち)といい、今年の春まで信用金庫だった建物の後ろ付近から、浜町の空き地にかけてと思われます。この近くには駅場(駅)、駒場(馬の停留所)、安養寺などがあり、そして1886年(明治19年)までは村の郡役場があったとされます。菅江真澄(すがえますみ)の月の出羽路(いでわじ)によると、大曲の村では、今から約200年以上前に花火をあげていた様子。そんな、大曲の花火。1910年(明治43年)に「第1回奥羽六県煙火共進会」が開催大曲にある神社祭典の余興花火として開催されたのが始まりとされ、翌11年(明治44年)の第2回大会に、参加者として名前がある藤井某とは当家の関係者です。実は、当家はこの人の名義で寄付をしています。#奥羽六県煙火共進会 #大曲の花火 #月の出羽路 #菅江真澄 #龍角散 #秋田県 #大仙市 #大曲市
No photo description available.
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このアカウントは当方のものではありません。どうやらふうせんというミスキーのサービスで、藤井薬舗を騙り、管理者であるふうせん氏にメッセージし、嫌がらせしている人がいるようですが、早めに対処できなかったこの若い方のふうせんさんにも問題ありですね。※有名な方のふうせんさんとは別の人の様子。
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幕府の医者の元へ処方を習い行ったのは安永時代秋田藩で薬を売ることを始めた 留学から帰ってきた藤井にやらせろ 私どもも東京に家を持った正亭治が長崎へ留学したあとに薬種御用商となったのは嘉永年間。この時代の藩主は佐竹義睦。明治4年は、東京府の支店開業の話ですので、江戸時代から龍角散を扱う薬店はあったと伝わります。
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秋山高志さんの著書にある藤井玄信は、原南陽(はら なんよう)門人録にあるもので、名は忠貞 字は篤 郷は岩根村 安永九年とあります。安永九年は1780年なので、東京龍角散のHPにある2代玄信とは明らかに別人です。
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龍角散は美郷町六郷のものだと発信している皆さんへ。実は、「かていやく」のバックナンバーに、龍角散とは元はよその土地の薬で、幕府の医者の処方であるという言葉があります。tokakyo.or.jp/news…3ページ目の中段辺りから読んでみてください。
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すいません、龍角散が六郷出身だというのは説の内の1つですので、ご注意ください。どこから得た知識なのか、その出処をお確かめください。 実際の龍角散は藤井玄信が習いに行ったものであり、美郷町の六郷地区とは関係ないのです。
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tokakyo.or.jp/news…かていやくの12号の3ページ目の中段付近からお読みください。現在の小林製薬の次男にあたる2代得三郎(龍角散養子)が、よその土地の薬 藩医の処方でない 幕府の医者の処方尚、ここにある私どものおじいさんとは、正亭治のことです。2代得三郎の義理の祖父。初代得三郎の父親
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活動停止中にも関わらず、フォローしてくれた方々ありがとうございます。
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