「選挙で勝つこと」と「特定の政策に対して実質的な判断を仰ぐこと」は、本来全く別次元の話であるはず。今回の吉村知事の手法は、それを無視したもの。
選挙は通常、その人の人格や実績、数多くの政策パッケージ全体に対して票を投じるものだ。
しかし吉村氏は、「選挙で勝った=都構想の再挑戦という特定の1点についても白紙委任された」という論理にすり替えようとしている。これは選挙で「実質的な判断」を求める姿勢とは言い難く、民意を問うことの意味をはき違えている。
自民党や立憲民主党などの他党は「対立候補を立てない(不戦敗)」という選択肢を検討しているようだ。
無投票や不戦勝に近い状況になれば、有権者は「NO」を突きつける手段を失う。
そうなれば、得票数に関わらず「当選した=民意を得た」という形(既成事実)だけが作られてしまうが、それが府民、市民に理解されるとは思えない。
都構想のような統治機構の変革は、議会での丁寧な議論や、過去の否決理由の分析から始まるべき。それを飛び越えて「選挙で勝てばすべてリセットできる」と考えるのは、民主主義の「プロセス(過程)」よりも「パワー(数)」を優先する、極めて独裁的な発想。
「選挙に勝つこと」を万能の免罪符のように使うこの手法は、吉村氏の政治家としての根本的な欠陥を露呈するもの。
Quote
吉村洋文(大阪府知事)
@hiroyoshimura
大阪府民、市民の皆様に大切なお知らせです。
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