「国産で賄えるから心配ない」の甘さ

全国の大病院で緊急性の低い手術が相次いで延期となるだけでなく、セファゾリンで事足りる感染症にまで、より広範囲に効く抗菌剤を使わざるを得ないという、耐性菌発生リスク(※)を引き起こしかねない薬剤選択が現場では余儀なくされた。

※筆者註:抗菌薬はなんでも広範囲に効く(強い)ものを使えばいいというものではない。これらの薬剤はいわば「最終兵器」のため、日常的に使いすぎるとこれらに効かない細菌(耐性菌)を発生させ、いざというときに最後の手段を失ってしまうのである。

そしてこの影響は1年も続いたのである。

楽観している人のなかには、セファゾリンショック以降、国産の抗菌薬の原薬製造が進んでいるから、抗菌薬についてもすでに十分“脱中国依存”となっているという向きもあろう。

しかし、現実はそう甘くない。

現在、国内で再開されている「抗菌薬の国産化」は、多くの場合、「発酵中間体」(7-ACAや6-APA)を中国から輸入し、最終的な「原薬」へと合成する工程を指している。

たしかに、Meiji Seikaファルマが30年ぶりに6-APAの国内生産を再開させたという報道も昨年末にあった。外国に依存せずに自前の抗菌薬製造を再開したことについては、なんら批判の意図はないし、むしろ経済安保上も歓迎すべき快挙といえる。

しかしそのニュースに、「抗菌薬も国産でもう賄えるから心配ない、さあ脱中国依存だ」などという人については、あまりの無邪気さにあきれるばかりだ。

処方箋
写真=iStock.com/Ca-ssis
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自動車工場で「ネジ」がないのと同じ

同社が「一気通貫」で生産しはじめたのは、6-APA発酵中間体だ。

しかもやっと昨年末にやっと製造開始したばかり。「ペニシリン系抗菌薬の一貫した国内供給体制」の確立は2028年メドという、まだまだ発展途上レベルなのだ。

さらに現在日本で手術や多くの感染症で汎用されているのは、セファゾリンに代表される「セフェム系」抗菌薬だ。

セフェム系はペニシリン系とは細菌にたいする「守備範囲」が異なる。またペニシリンにアレルギーを持つ人も一定数いることから、医療現場では必要不可欠の薬剤だ。

しかし、セフェム系の発酵中間体(7-ACA)を中国に依存せず、国内の全需要を賄える規模で「発酵」から一気通貫生産できているインフラは、残念ながら今の日本にはまだ存在しないのである。

つまり「発酵中間体」を止められれば、いかに製造ラインがあっても抗菌薬は作れないということだ。自動車工場に例えれば、国産エンジン製造ラインはあっても、エンジンの心臓部に使う「特殊なネジ」が完全に他国依存となっている状況に等しい。

「そんな非人道的な制裁をすれば、中国は国際的批判の的になるはずだ」という声もあろう。

しかし今回中国が狙い撃ちにしようとしているのは、完成した錠剤や注射剤という「医薬品」ではない。その一歩手前、化学合成の「心臓部」にあたる発酵中間体だ。

「これは人道的な医薬品ではなく、多目的(デュアルユース)な工業用化学物質である」

中国商務部はこのような口実で、国際的な人道批判をかわしながら、日本に圧力を仕掛けることも可能なのである。