八月の光 1
東松山市・原爆の図丸木美術館学芸員 岡村幸宣
8月6日(木)
被爆70年の丸木美術館ひろしま忌。前日までの猛暑も、午後からは薄曇り。終わってみれば大賑わいの入館者合計187人だった。親子連れがとうろうに絵を描き、地元中学生の尺八演奏に穏やかな笑みを浮かべる大人たち。午後3時からは、特別ゲストとして、アウシュビッツ国際青少年交流の家のユーディット・ヘーネさんが挨拶して下さった。福島県いわき市出身のYUKARIさんが、故郷への思いを込めて『My Life』などの曲を力強く歌う。漫才師のおしどりマコさん・ケンさんのトークは、吉本興業の修行時代のエピソードが心に響いた。戦時中の『国策漫才』の台本をたくさん読まされたので、無理やりやらされたのか、それとも本当に正しいと思ったのか、と喜味こいし先生に聞いたところ、「芸人は国のために喋るな、目の前のお客さまの幸せのために喋れ。そこ間違えたらあかん」という答えが返ってきたという。夕暮れ迫る都幾川では、マコさんやYUKARIさんも、子どもたちといっしょにとうろう流しに参加。亡き人々へと思いをはせる。
8月11日(火)
アートスペースで開催中の洪成潭「東アジアのYASUKUNISM」展トークイベント。靖国神社を主題にした、一見、日本の人びとを挑発するかのような血生臭い絵画作品とは対照的に、穏やかな語り口の洪成潭さん。「人間と人間の疎通を可能にするのが芸術の役割だが、その疎通とは他者との対話だけではない。苦痛に叫ぶ人の声を聞き、ともに手をつないで自分の苦痛として感じることだ」――こうした視点は、丸木夫妻の《原爆の図》とも重なるだろう。もともとアニミズムに関心がある洪さんは、自然崇拝である神道に心を惹かれ、だからこそ、本来の生命と祝祭の文化を歪曲し、国家に身を捧げた死者たちを美化する装置となっている「YASUKUNISM」に怒りを覚えるという。悠久の歴史から互いに交流し、さまざまな影響を与え合っていた東アジアの文化圏。国家という軛に左右されるのではなく、それぞれ個の人間として歴史に向き合い、精神を疎通させるところに立ち戻ることができないかと、話を聞きながら考える。
8月14日(月)
渡米前日、テレビ埼玉のニュース番組「NEWS 930」にスタジオ生出演。これまで何度も丸木美術館に取材に来て顔なじみの、余野誠記者が誘って下さった。スタジオに入ると、波多江良一アナウンサー、早川茉希アナウンサーが迎えて下さる。何の巡りあわせか、安倍首相の「70年談話」のニュースの後で、「忘れてはならない記憶」という、戦後70年の連続特集の最終回。《原爆の図》の紹介と、アメリカン大学での展示の報告を行った。現地で撮影したビデオ映像も交えながら、《原爆の図》への現地の反応や、原爆投下に対する米国民の意識の変化について、10分ほどの限られた時間の中で話す。最後に、今後の「記憶の継承」についての考えを聞かれたので、「過去の悲しみの記憶は、私たちがどう生きるかという未来を照らす。本当の平和は、自分ではない他人の痛みをどう想像して、立場を超えて共感していくかということだと思う」と答える。
◆新刊紹介『原爆の図 全国巡回――占領下、100万人が観た!』
岡村幸宣著(原爆の図丸木美術館学芸員)
装幀=鈴木一誌+山川昌悟 四六判上製 312頁
本体価格2400円(予価) 2015年10月25日刊行予定
◎事前注文を承ります。
特典DVD映画『原爆の図』(1953年、17分、今井正・青山通春監督)
本書が出来次第、本+DVDをお送りします。
代金は同封の振込用紙でお支払いください。
ご注文は新宿書房へ
FAX03-3262-3393 メールinfo@shinjuku-shobo.co.jp
申込書はこちらからダウンロードできます。
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/NgenbakuOL.pdf
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今夏、「原爆の図展」のために日本とアメリカを何度も往復する日々のなかで、身を削る思いでまとめました。 これまで伝説的に語られていた1950年代はじめの「原爆の図全国巡回展」の実態を、個別具体的な資料調査によって、明らかにする内容です。
1950年代は、「大衆に学べ」という合言葉が生まれ、芸術家(芸術文化の創造者)と大衆(その受け手)という関係が見直されて、どちらも同じ位置に立って向かいあう対等な関係が芽生えはじめた時代です。 そうしたダイナミックな変化は、現在のインターネットの発達がもたらした情報やネットワーク構築の変化と重なる部分があるかもしれません。
当時の文化運動は政治との距離の「近さ」が特徴でしたが、ときに逸脱し、あるいは一線を画して展開されることもありました。 要するに、担い手それぞれの思いはさまざまで、「政治」も「大衆」もひとくくりにできるものではなかったのです。
丸木夫妻は《原爆の図》を「大衆が描かせた絵画」と語りました。
その言葉には、多分に1950年代の政治的な感傷が込められているとは思います。
しかし、調査を進めるうちに、期せずして、その言葉を何度も思い起こすことになったのも確かでした。
米軍占領下の困難な時代に、《原爆の図》の巡回展がどのように行われたのか。
どのような人たちに、どのような思いを残したのか。
「大衆」をひとくくりにできないように、「原爆の図展」にかかわった人たちの思いもまた、ひとつに束ねることはできません。
これらの思いを記録し、伝え残したい。本書を書いたのは、その一念でした。
そして、1950年代の原爆の図巡回展の歴史的な実態に迫ることは、原爆の図研究の先駆者であるヨシダ・ヨシエさんや小沢節子さんの積み重ねてきた仕事に、ささやかながら新たな1頁を付け加えることでもあり、《原爆の図》という絵画のはたらきを通して、1950年代の文化運動研究への水路を開くことにもなると信じています。
ぜひ、多くの方にお読みいただき、《原爆の図》への新たな視点を発見していただければと思っています。