果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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日本のCGアニメの転換点だと思う。
細田守作品はだいたい観ています。
ファンだからではなく、「新作を観る価値がある監督」だと思っているからです。
新作のたびに賛否が巻き起こる監督で、今回も公開直後から酷評の嵐。
それでも事前評価はなるべく遮断して劇場へ向かいました。
■結論
私は、この作品がかなり好きです。
まず序盤の時点でCG映像としての「レベルの高さ」に脱帽しました。
そして作中に何度も現れる、古典美術や舞台演出の引用。
アニメ的な豪快な動と、舞台のような静かな構図。
このコントラストが魅力的でした。
ほぼ全編CGでここまで成立させたのは本当にすごい。
日本の作画アニメの良さと、CG表現の良さが絶妙に調和しています。
■物語について
この作品は、古典劇『ハムレット』がベースにあります。
復讐・赦し・生と死。
重いテーマを扱いながらも、ただの復讐劇にはならない。
物語の終盤では、細田監督らしい“現代的な答え”に着地します。
物語の構造には魅力があります。
ただその一方で、キャラクターや設定の掘り下げは、もう少し丁寧でも良かったな…
■今作のすごいところ
圧倒的な映像表現です。
海外のCGアニメの模倣でもない。
細田監督と技術者たちの挑戦が、ちゃんと形になっている。
日本のCGアニメがひとつ前へ進んだ作品だと思いました。
■最後に
完璧ではないし、万人に刺さる映画ではないかもしれません。
でも間違いなく挑戦している作品で、
何年か後には「転換点」として語られる映画になると思います。
数日経っても、いまだに映像や演出を思い返してしまう。
そんな映画、そうそうありません。
観れてよかった。
2.5次元風シェイクスピア?
というと戯曲好きな人から反感買うかもしれない。
でもそれほどに古典演劇調だったので、これは現代のやたらと目紛しく派手な展開のエンタメに慣れた人が観たら退屈過ぎるだろうなと思いながら観ていました。
背景は恐ろしいほどに簡素(というより荒廃?)なのですが、音響と人物の描き込みがエグいです。
あと、「人間」の描き方がエグいです。
声優として起用している役者の演技も妙に生々しいものが多く、聞き取りづらいセリフも含めて、舞台を感じるつくりでした。
ただコレを映画館でやるのが良いか悪いかって言われると、ずいぶんな挑戦をしたなという感想です。
毎度、脚本で残念な評価になる細田守監督作品ですが
今作においてはずいぶんとスッキリしていたなという印象です。一貫してスカーレットという筋が入っていて分かりやすい流れでした。
世界観も「どうしてそうなるの?」っていう疑問にすべて「異世界ファンタジーだから」「夢の世界だから」でぶん殴ってくるので、そこさえ視点をクリアにできれば、あとはもうスカーレットの葛藤と心の変化にだけ集中すればとても楽しみやすい作品だと思いました。
スカーレットが復讐を活力にしながらひたすらに進み続ける道中に「人間とは?生きるとは?死ぬとは?」という根源的な問いかけがずっと続いていき、やっと答えにたどり着いたと思いきや、......っていうラストのシーンがこの映画の全てでした。
人物についてはスカーレット以外のキャラクターが本当に薄っぺらいというか相方の聖を筆頭にモブ感が強かったです。これが意図的なのか、そうではないのかは定かではないですが、意図的だとするとやっぱりラストシーンにかかってくるんだろうか?などと考察しました。
あとやっぱり細田守監督はいろーんな意味で「会いに行くから待ってて」がほんとに好きなんだなーっていう感想です。
個人的には同じ年に公開された映画「国宝」が絶賛されてて、この映画が酷評なのは腑に落ちない点が多いです。
他人の評価やネットの評判を鵜呑みにしすぎるのも危険だと思いました。
良く観ようと思えば良く見えるし
粗を探せば粗ばかり見えるものだと思います。
万人受けしないが所々光る映画
細田監督作品は全て観ています。
細田氏が単独で脚本を書くようになってからは、辻褄の合わない部分やキャラクターの行動原理に疑問を感じるところは多くなり、まあそれでも訴えたいテーマに興味はあったので観てはいました。
そして今回は細田監督は別の意味で進化を遂げています。
自らの思想信条を全面に押し出し、それなりにエンタメ性はありつつも、世間に迎合することなく突っ走った作品です。
そういう意味では潔くあっぱれと言う他はない。
今回はダンテの神曲やシェイクスピアのハムレットを下敷きにするなど、難解な古典を元にしているので、そういった世界観が好きではない人は、最初からついていけない。
幸いにも自分はそれらの古典は読んだことはあるので、今回の映画の荒唐無稽ともいえる数々の描写には違和感なく観ることはできたが、そういった作品を知らない人からみれば理解が難しいだろう。
キリスト教的な許しの原理、西洋的な煉獄の意味、なども作中の主題に含まれており、限りなく宗教的でありスピリチュアルな作品だ。
ストーリーの大部分は死後の世界であり、その世界は地上の時間軸を越えている。
それゆえに過去も現在も存在する。
あの世や魂の存在を信じない人が観たならば、馬鹿馬鹿しくて観ていられないだろう。
しかし、あえてこの危険なテーマに正面から挑んだ細田監督に自分は敬意を表したい。
おそらく、こんな題材を主軸に据えるなど他のアニメ監督は絶対にしないだろう。
物語最後のスカーレットが自らの存在意義を問いかけ、葛藤する様は立場は違えど、多くの人に共通する姿だと感じた。
日本国内では評価されないだろうが、宗教的作品にも理解がある欧米では一定程度評価を受けるだろう。
世間の評価ではなく個人として見て欲しい
世間の評価は厳しいものだったので、
悪い先入観を持って鑑賞してしまっていた。
細かい物語の設定を突き詰めてしまえば、
他作品にも言えることだし、
個人的には世間的に粗探ししているように感じた。
あとは脚本に関しても
「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」に
対し神格化しすぎな風潮もあると思う。
主人公の辛い境遇に対する向き合い方。
強く振る舞わねば生きていけないと言い聞かせながらも、
女性な部分と年相応な幼い部分が所々で表現されていて、
感情移入できた。
特にifの場面で主人公がダンスを踊る場面について。
申し訳ないが、話の流れでそのまま意味汲み取れるよね?
と率直に思った。このシーンに対して過剰なまでのアンチが多く、いたたまれない気持ちになった。
もう少し広い心で優しく見てあげて欲しい。
果てしなき酷評が多いけど…
元々、細田映画についてはそこまで注目しておらず、
前作、竜とそばかすの姫が個人的に刺さったので、今回は劇場でと思い鑑賞
確かに渋谷ダンスやあれだけ人を救うことに命懸けだった聖がいきなり弓矢で仇を殺すシーンなど『!?』となる場面はあったが、憎しみを抱いたまま生きることの虚しさ、人が争うことの虚しさをスカーレットの再生をテーマに描かれており、最後は素直に感動してしまった
説明不足な要素もたくさんあるので、(あの婆さん誰やねん、ドラゴンサンダー強すぎとか)楽しめなかった人の気持ちも分かる
というか、日本人には中世ヨーロッパをベースにした世界観がそもそもアニメ映画を観に行く層にウケないのであろう
最近だと最後の決闘裁判とか面白かったなぁ…と思いつつ、自分はこの映画決して駄作ではないと思うので、細田監督、次回も自分の描きたい世界観で頑張ってください
時間潰しで行って正解
悪評価多いなか どんな映画かと
思いみました
結果楽しめました
王女の変わっていく表情をみてると
応援したくなる
映画でした
先読みはあまりできませんでしたが
最後の落雷→国王がやられる は読み通り
王女が夢から覚めるも→読み通り でしたね
この映画でうけたシーン
☀︎渋谷駅前の開放感
☀︎渋谷駅で使っていた音楽
(また聴きたいと思わない)
☀︎渋谷駅前Uターン禁止とかあの標識3つは
要らないかと
☀︎国王がドラゴン?落雷にやられるシーンの顔が
アニメバビル2世のヨミにみえた
☀︎ひじりはMFゴーストやイニDの?誰かに
似ている
☀︎最後のほうでキスシーン?いらないでしょう
最後に声優さんと アニメの顔を並べて
演出して この人がこうでした〜
エンディングでたぜばいいのかと思います
どデカイドラゴンが大迫力の映像で味わえます。
結局あのどデカイドラゴンはなんだったのか?色んな武器がぶっ刺さりながら大空を飛んでいるのはナゾです。
ドラゴンの描写も書き込み量が細かく迫力もあったし、雷を落とすシーンも残虐で、シンプルに凄い迫力だわと思った。
ストーリーはハムレットをダイジェストで知っていれば問題ないです。
最後にスカーレットが歌い出したけど、劇中に何度も流れた歌ではないのは ????ってなりましたね。
芦田愛菜の演技と歌は凄い上手いと思ったけど、スカーレットのビジュアルから想像できる声ではなく、もう少し大人びた声が良かったなと思います。
良いじゃないか
前評判が良くなかったので、いろいろ情報が入る前に見に行ったが、良い映画だった。
いろいろ、批判する人も居ると思うけど、自分の感性を信じて楽しめば良いと思う。
多くの人が観客を置いてきぼりにしていると恐らく指摘しているミュージカルシーンだが、そんな展開の映画なんて別に初めてでも無いし、置いてかれはしなかった。
とは言え、歌と踊りに説得力が有れば違和感は無いわけだが、まだその領域にいけていなった。そして、ヒロインのダンスに比べて男のダンスは男は髪の毛の躍動感も描けないし、スカートも翻らない、しょうがないのだけれど、やはり残念な感じだった。
画が超絶良い、主人公も好き、テーマも尊いが・・・
IMAX でやってるうちに鑑賞。
映像と音が、とても良いので IMAX で観るのはアリだと思います。
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背景を含め、非常に画が作りこまれていて、アクションも良かった。
テーマも "現代" を模していて、非常に尊い、価値のあるシナリオ、
主人公「スカーレット」も、私はとても好きになったが、
"人によって評価が変わる" 作品だとも思う。
とにかく、演出とテンポが独特で、人を選ぶ。
感情移入、共感が強くないと、なかなか入り込めない世界観、
アニメというよりも、芝居に近い感じもするので、
そういう違和感も、マイナスになるかもしれない。
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賛否が分かれる作品ですが、演出やテンポは気にせず、
挑戦的な映像美、俳優さんの芝居、扱っているテーマを
広告、前作を気にせず、純粋に観て、感じてもらうのが良いと、私は思う。
※ 闇落ちした経験のある人ほど、この作品への共感度は高いかもしれない(笑)
磨きすぎてつるんつるん!
悩んでいるあなた。
劇場に行って観ましょう!!
この絵は、劇場で見なくてどうする?
そういうレベルの美しさ。
なんか、もはや時々アニメにすら見えないんだよ。
そんくらい凄い!
4点のほぼ全ては、この絵!
なぜかって、、、
脚本も磨きに磨いて、、、
つるんつるん、、、
これが全体的な評価低い原因かな?
わかりやすい
セリフも無駄がない
キャラもはっきりしている
意図していることがすっきり伝わる
(私はダンスのシーンとかも違和感なかったよ)
つまり、、、
すんごい磨いて磨いて、つるんつるん!!
恐ろしいくらい心の中にひっかからなくなってしまってる。
なんか、、、ミニマリストの部屋の中みたい。
生きてる人間の匂いがしない。
あんなに叫んでるのになあ、、、
この感覚はお金払って時間使って観ないと
わからないかもだよ、、、
だからお金払って自分の目で見てきて欲しい。
完成されすぎると、凡人には
自分事に見れなくなってしまう。
ふーん。になってしまう。
あと、全ての弓系スポーツ経験者が感じたであろうことをひと言言わして欲しい。
「そんな踏み込んで放った矢はぜってー当たらねー!!」
あー、すっきりしたー
父の言葉の意味
口コミを見てから鑑賞したが、とても素晴らしかった!なぜ酷評されているのか…
世界観、音楽、映像どれも素晴しく、特に芦田愛菜のスカーレットはピッタリだった。あのまっすぐで優しく、でも怒りを爆発させた時の迫力ある声は、スカーレットの魅力そのもの
そして、許せという父の言葉の意味をスカーレットが理解するシーンは、思わずうるっときた。
大人になる中で、誰しもが自分はこうでなければいけないと自分自身を奮い立たせて社会で生きている。そんな自分を時には許す=認めてあげる、もしくは違う生き方も選んで良いんだと自由にしてあげることの大事さに気づかされた。
日頃社会で疲弊している人ほど、この映画を見て感じることがあるのではないかと思う。
アニメ史上位の美キャラ
映像美ももちろんだけどスカーレットとヒジリが心も見た目も美しい…特にスカーレット。
聖が地味という声があるけど普通の好青年で盛ってなくてとても良い。好き。
そして歌を聴く為にもう一度見ても良いと思える。いや是非見たい。中村佳穂が歌ったら鳥肌だったかも。
ただダンスはな〜ここ数年流行り(?)の絶えず速く動き続ける間も溜めも情緒もないダンス。個人的には好きじゃない。
低評価多いのは内容のペラさだろうけど大事なことは伝わるのでお子さんに見せるには良いと思う。これからの時代に合った新しい切り口の演出をしようと頑張った感はあると思う。
海外のハズレ映画より全然良いよ!
破綻してるという声があるがストーリーは破綻してはない。ポスト宮崎駿・ディズニー系譜として器が破綻したのかも知れない。
芦田愛菜は頑張ったし上手いけど感動はしなかった…でもエンディングの声はびっくりするくらい美しかったな。
ただ途中の宮野真守と津田健二郎の巧さをみてしまうと、やはり声優の凄さを否応にも感じてしまう。
作画レベルがガクンと落ちる場面が2回あったのですがあれは何(汗)演出だとしたら意味不明だな…
生死世界の描き分け…だとしたら序盤が作画綺麗過ぎるし何なんだろう、予算か??
あと血管描写あるね。雷の形がぽいなーと思ってたらやっぱり最後血管同じ形で浮き出てた。わかる人にはわかる話。
シェークスピア
俺が単純なのでそう思う。
おそらく人の何たるかを描くのに適した世界観なのであろう。驚いたのが死後の世界に居るってところ。細田監督曰く、人は死んでも現世の業から解放されないらしい。
形のある無し関わらずに人の執着は魂にでも刻まれるのだろうか?
復讐という感情
衣服
食欲
地位などの優劣
独占欲もあったろうか。
愛もその一つ。
王が妃に向けるものが愛の側面でもある。
楽器は文化の象徴だろうか?
人が獣では無い事の象徴というか、娯楽というか。
踊りは神との対話として使われていたけれど、言語の壁を飛び越えて共感を得る為のツールというか、体で発する動作という言語って感じかな。
突然差し込まれる現代のイメージは選ばなかった未来だったり、不確定な人生そのものかもしれない。
そんな、正と負の両面をぶち込んだ物語だった。
で、まあ…清濁合わせ飲んで、全てを凌駕するのが「愛」なんだとか。
この場合は「LOVE」の方の愛。
様々なシーンや台詞に含まれるものが多くて、ちゃんと受け止めようとする人には味わい深い作品に思う。
俺は元来、この手の話しは嫌いではないので、随分とわかりやすいなぁと思いながら観てた。
感動するような話ではないし、感銘するような話でもない。ただただ、筆者が持つ死生観や思想との答え合わせをする物語でもある。
作画は美しかった。
そこそこ不条理な事も起こるのだけど、現実ではないので、そこはまぁ突っ込むだけ野暮というものであろう。
アニメというポピュラーな媒体を通して、普段は目を向けない方向に思考を巡らすのもいいとは思う。
考えたところで答えが分かるわけではないのだが、指針くらいは変えられるかもと思う。
私は貝になりたいのか、虚無になりたいのか
「風の谷のナウシカ」
ミラルパと云う人物がいます。超常の力を持つ一方、誰よりも死を恐れ、その臆病さが、多くのヒトを傷つけることになります。
彼は、誰に赦しを乞うべきだったの?
もうひとり。クシャナ。優れた統率力を持つ一方、血の繋がらない兄への復讐心から、多くのヒトを傷つけ、自らも、復讐される側に佇むことになります。
彼女は、恩讐の彼方に、何を見たの?。
さらに、ひとり。虚無。主人公のナウシカが、最も忌み嫌うものです。
何もない世界。当時の私は、虚無に溺れていました。何もなければ、誰も傷つけないし、私も傷つかないから。ところがここに、矛盾があります。何も存在しない世界とは、私の意志も願望もない世界。しかし、そんな世界を夢見る私の意識は、確実な存在。つまり、私は決して虚無ではない。そう思えるようになるまで、ずいぶん時間を費やしたものです。
今の私は、何を見ているの?。
「…人を殺してしまった。あの時、お前は撤退を決意した。オレは戦う決意をした。仕方なかった。仕方がなかったんだ。この村を守りたかったんだ。オレは正しかった。そうだろう?。」
「…お前は正しいと、言ったところで、お前の苦しみは無くならないんだ。俺も一緒に死者を背負うよ。俺にできることは、それだけだ…兄弟…。」
「…そうか…。やっと分かった。お前は今日まで『仕方ない』と、戦っていたんだな。『間違えているけど、仕方ない』、そういうものを、どこまで選ばすにいられるか…。すごいな。お前は、本当の戦士だ。」
幸村誠「ヴィンランド・サガ」
仕方ない…みんながそう思うと、ヒトは傷つけ合うそうです。仕方のない争いをする理由を探すヒトになるのか、争いをやめる方法を探すヒトになるのか?。皆様は、どちらを望みます?。
私、子供の頃、嫌なものには、敵意と憎悪の感情しか、持ってなかった。もし、それ以外の何かを見つけることができたら…
私達に、今よりマシな未来を描くことは、許されますか?。私達は傷つけ合わない世界を、用意できます?。それを誰かに、託すことはできますか?。
私達はどう生きるか、考えることは許されます?
皆様は、誰を赦しますか?。
私は私を…
追記)
推測ですが、若い方ほど、この映画に反発を覚えるようです。確かに、虚無にかぶれていた頃の私も、反抗したかも。等身大の自分を受け入れできないのは、若さの証明だよね。ま、私に刺さっちゃった時点で、一般受けしないのかも。その一方で、家族の仇を討つためなら、無限のお城で、モブキャラの首を斬りまくる映画に魅入っている私も、いますけどね。
スカちゃんに感情移入しづらいのは、見られたくない自分を、見させられるように感じるからかな。彼女、強いのか、弱いのか、正しいのか、間違っているのか、判然としないよね。迷わず一途に進む者に、ヒトは惹かれます。でもそれが出来ないからヒトであり、そこに、共感と反発が、派生するのかな。他者を批判することで、自我を保とうとする方の気持ちは、分かります。私自身、そうだったから。聖くんへの反感が強いのも、同じ理由だよね。テーマが薄いとか、説教が先行しているという意見もありますが、その薄いテーマすら伝わらず、若気の至りで、言葉の刃を振りかざす方々もいるようです。
誰も皆、満たされぬ時代のようです。それでも、生きていかざるを得ない。それこそが、この映画の存在理由ではないでしょうか。
良い意味での期待外れ(細田守という先入観捨てましょう)
細田守監督が独立して最初に手掛けた作品「時をかける少女」を映画館で観てインプレッションを受け、その後ウォッチをしてきました。
いろいろ賛否両論あるとは思いますが、これまでの細田作品というイメージを頭に思い描いてきた人が、期待外れに終りがっかりしてしまうことは想像できます。
しかし、他の優れた監督である新海誠や宮崎駿がアニメファンのみならず一般に大ヒットした作品を世に送り出して以降、自分自身の作風を(良くも悪くも)崩すことなく、ある種のマンネリズムに陥ってしまったことを思うと、この「果てしなきスカーレット」は今までのマンネリズムに縛られることなく新境地に達したなというのが素直な感想です。
(新海誠は「雲のむこう、約束の場所」を劇場で観てから、宮崎駿は「未来少年コナン」をテレビで観てからずっとウォッチしてきました)
この二人を比較として挙げるのは僭越かも知れませんが、ある種の商業主義に走ってしまった感があり、アニメ作品としてはそれなりに面白いかも知れませんが、ここ10年以上(それ以上かも)なんだかなーという感じがずっとありました。
細田守という記号、先入観を横に置いて作品そのものを考えた場合に満足できるかと言えば、いろいろ思うところも正直あります。ただ、一般の期待を裏切って新境地に踏み込んだという部分で、今後の細田守の作品もあっと驚くことやってくれそうだなという気がしてなりません。
個人的には面白かった
酷評されるほど悪い映画ではないかと
映像がきれい。
いきなり踊り出す、この場所が出てくるのはおかしい……云々、言いたい放題になっているけれど、けなしまくるほど酷い映画ではないと感じた。
スカーレットと王の関係、母親と叔父?の関係など、描写不足なところがある気はした。
2時間弱に収めるにしては、入れたい要素が多かったのかなぁ、と。
竜とそばかすの姫はベルすずの声優があまりに酷かったけれど、今回は芦田愛菜ちゃんが頑張ったな、と感じた。
細田作品はこうあるべき、細田作品はコレコレだからダメだなどと評論するより、「このシーンのコレがよかった、ここの画はさすがだ」と、素直に観れば良いのでは?
わざわざ新しいアカウントを作って、せっせと☆1、☆0.5で投稿している人、よほど実生活の現状に不満がある人なのかなぁ、と感じてしまう。
2025年。細田守監督。16世紀のデンマーク。王女は母と通じていた...
2025年。細田守監督。16世紀のデンマーク。王女は母と通じていた叔父に父王を殺され、復讐を誓って生きてきた。成長していざ復讐しようとすると逆に殺されて死者の国へ。そこは生も死も過去も未来も交じり合う土地だという。復讐の念を忘れられない王女はこの死者の国にいるという叔父を探して過酷な世界を旅することに。次々と叔父からの刺客が送り込まれるなか、未来の日本からきた看護師の青年と出会って、、、という話。
ハムレットを下敷きにしていれば当たり前だが、主人公は「いかに生きるか」の重苦しい問いに苦しんでいる。劇場公開のアニメ映画としては観客を呼ぶのが難しい設定。全体的にトーンが暗いので、隊商の人々との交流や主人公が幻視する未来の日本(渋谷らしい)でのダンスシーンなどほのぼのしたり、明るくなったりするシーンに救われる。エリートの矜持、恋愛未満の淡い思い、空を舞う偉大な何者かの存在、妙にスタイルのいい人物たちといった特徴は細田流。そして、「どこかで見た気がする構図」が表れるのも細田流。未来の幻視へとつづく道は「2001年宇宙の旅」のようだし、「果てしなき場所」へと続く山頂は「君の名は」のようだった。
死んでもなお「果てしなき」なにかを求めてしまう人間のかなしみを描いているのだが、がんばって達成しようとするあたりに昭和的な上昇志向を感じるのはこちらの年のせいか。
生きるべきか、死ぬべきか…それが問題か?🤔
先ず、、私は今作を嫌いじゃなかったようだ。
つか、何だったら…スピッツの«スカーレット»を想起した。
それと、芥川龍之介の[蜘蛛の糸]🕸️
肉体を喪い、魂だけの存在になって尚…【煉獄】でヒトの真似事をして、
弱いモノから略奪し、簒奪し、奪い合う。
げに恐ろしきは、ヒトの浅ましさ也…とは、先人たちもよく云ったもんで。
そんな修羅の世界で、復讐鬼となり修羅道を邁進せんと鼻息荒く立ち向かう嘗ての美姫に寄り添うは、現代ニッポンからやって来た甘ちゃんの看護士青年。
天高く聳えるバベルの塔を造った時に、その傲慢さで神の怒りを買い、コトバを頒かたれたと云う人類…
生きた時代も国も違うのに、言葉が通じるのは、その地が神すらも見捨てた場所だからか?
そんな煉獄でも、何だかんだヒトは必死に“生きたがり”…共に協力しようと藻掻く。
どんなに裏切られ、バカにされ、不様に平伏しようと、
なればこそ余計に人恋しくなる物哀しさ…ヒトの業にして、人間の性である。
王女スカーレット👸が、もし…王子🤴だったなら、それは勿論…先王に伴なって一緒に処されていただろう。王位継承権とかで。
でも、スカーレットは腐っても王女👸だ。ましてや、国民の信頼篤い先王の遺児…妄りに殺めれば、民衆の怒りが爆発して暴動が起きかねない。
それに、父にも似ず母にも似てない美姫・スカーレットの使い道なんて幾らでもある。
それこそ隣国や大国の王子と政略結婚って方法も…。
つか、当時のヨーロッパは正に貴族社会…それはつまり…家父長制ド真ん中、男尊女卑ド真ん中時代、、【女・子供は弱いから護る“物”】と、スカーレットを見下し、小娘一人とその弱小一派に何が出来る?と侮っていたかもしれない。
何にせよ、仇敵であるクローディアスがスカーレットを殺さなかったのも不思議に思わなかったし、
密かに特訓をしていたのを見咎められなかったのも、
王とて城の隅々を知り尽くしているとは限らないし、もしかしたら、スカーレットが年頃になり、謀反を起こすのを見計らって、彼女を処すのに大義名分を得る為に、わざと王女側を泳がせていた可能性もあるだろうし、、
不思議にもおかしいとも感じなかった。
それこそ…渋谷でもフラッシュモブっぽいラテンなダンシング🕺💃も、その前段に、アロハな踊りを魅せる婦人を前に、
「ヒトの言葉が通じぬ神に、歌と踊りで意志を伝える」みたいな事を云ってたんだから、
現代ニッポンの愛の歌を聴いて…スカーレットの内面…内心に眠る😪愛情に溢れる本性が感化され、
刹那的に神?と通じたとか、、あるいは…インド映画🇮🇳のソレみたいなモンか?と思ったから、
私には無問題だった。
現代ニッポン人の聖との関係性、対比も、
《正義無き力は只の暴力だが、力無き正義は只の無力だ》
…を字でいく流れで、
復讐に燃え、己の心を殺しながら痛々しく映るスカーレットに変化を与えるには充分な存在であり、
さりとて…聖にとっての«力»は、武力に在るのではなく、他者との対話や他者への理解と描く事で、
聖の強さをちゃんと示している。
然しながら、、
聖の様な日本人は、上澄みも上澄みで、、大概は、死して尚、私欲に溺れたが為に塵芥となった他の者達とそう違いは無いと思う。
何だかんだで、今作は…私にとっては、かぁなぁりぃ左巻きな反戦映画だったなぁってのが、率直な意見で、
そりゃぁ…自分と異なる価値観に対して、薬指を立てながら🖕いけしゃぁしゃぁと反差別を叫ぶ様なトンチキ共に比べれば、かなりマトモな部類だろうが、
現世を生きる我々に…憎しみよりも融和を!復讐よりも赦しを!と謂われても…
自分よりも、自分にとって大切なモノ達を護る為には、
殺られる前に…殺れ!が正しいと思うし、、
襲ってくる熊🐻を可哀想って言える程、、
私の脳味噌🧠は、お花畑じゃない。
まぁ…綺麗事や理想論無くして!現実は変わらない!ってのもアタマでは分かるけど、
ココロから賛同するには、歳を取りすぎた私であります。
全904件中、281~300件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。