果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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代表作「時かけ」から19年、「時かけ」を上回る尊い「時空を超えた愛...
代表作「時かけ」から19年、「時かけ」を上回る尊い「時空を超えた愛」が描かれ、細田守の愛の形がアップデートされていると感じました。
一方作品の世界を一歩出てみればそばかす姫のUの世界のように言葉を刃物が飛び交います。果てスカファンは弾圧され考察もままならない。
再生数稼ぎのためか脚本家やプロデューサーなど当人たちが何も言ってないのに被害者にしたてあげ正義を偽装しとことん叩きのめす。
敵なんていないのに。自分で判断出来ない状況
戦争が近いのだと思いました。
整合性が取れている作品なんてありません。受け取る人次第です。あなたの人生は整合性とれてますか?
千昭が見たがっていた絵はスカーレットの世界の絵のような気がしてきました
以下は過去作との強引な共通点、妄想メモです。
◆時をかける少女との共通点
渋谷
キャッチコピー
時:待ってられない 未来がある。
果:必ず、あなたにたどり着く
千昭のセリフ「川が地面を流れていること」
叔母のセリフ「何百年も前の大戦争と飢饉の時代」「世界が終わろうとしていたとき」
千昭のオレンジ色の髪
千昭→未来で会えるからキスを我慢
スカーレット→未来で会えないからキスを我慢しなかった?
エンディングと挿入歌が対比関係?
ガーネット(赤)
叔母:「魔女おばさん」と呼ばれる 実写版で弓道部、右手に傷
津田 功介 医者の息子.ボランティア部
◆そばかす姫の共通点
キャラデザ、花のモチーフ衣装デザインが同じスタッフ
異世界の描写が3D
親との死別
歌で人や異世界とコネクトする
傷ついた龍(竜)
水が記憶や感情のターニングポイント
嘔吐シーン
空を飛ぶ大きい存在(クジラ、竜)
◆未来のミライとの共通点
ミライちゃん.右手にアザ、スカーレット.右手にキズ
ミライちゃんが初めて家に入る時の父のセリフ「さあ着きましたよ、お姫様」
犬のユッコ、中世風の服に赤いスカーフ
ミライちゃんのセーラー服の赤いスカーフ
ミライの水には魚 スカーレットの水には魚なし(大地にサンゴ)
大きい存在:時のインデックスの木、駅、電車
番外:くんちゃんが鼻くそをほじってる
◆その他
渋谷の街「バケモノの子」
時空を超えた物語「時をかける少女」「未来のミライ」
異空間での異文化交流「バケモノの子」「デジモン」「ルイヴィトンPV」
私にとっては最高の映画でした!
※直接は言及しませんが少しネタバレを匂わせるような発言があるので一応ネタバレ有りにさせてもらいました!
巷でクソ映画だな駄作だの言われている果てしなきスカーレットですが、今回怖いもの見たさに日本橋の映画館に見に行きました!映画レビューをあまりしない某クソゲーYouTuberがレビュー動画を出すほどの作品だから本当に酷い映画なのだろうと思いあまり期待はせずに映画館に行きましたが、いざ始まるとすぐにスカーレットの世界に没入しました。ストーリーはあまり矛盾だったり崩壊したりせず、しっかりとした作りになっていました!演出もサマーウォーズやデジモンなど同様、独特の演出方法ですぐにその世界に引き摺り込まれました!
途中で少し「?」ってなることもありましたが、そこは終盤あたりで回収してくれたことがよかったです!あとは終わり方もすごくスッキリとした終わり方でよかったです!途中でダンスシーンを唐突に入れるシーンだけはちょっと評価できませんが、それ以外は本当にいい映画だったと思います!
世間体の評価に流されて酷い映画だったんだろうなって勝手に思ってしまっていた自分に一発喝入れてやりたいくらいにまでいい映画でした!
最後に余談ですが今回が初めての映画レビューなので文章がおかしかったりしたら教えてくれると嬉しいです!あとこの感想は個人の感想なので酷評だった人はなるべく酷評意見を押し付けないようにお願いします!
色々言われているほど酷くはありません
ちょっとレビューしたくなり新規でIDを作成しました。
さんざんネットで言われているので「それほどなら観てみようか」と思い観てみました。
確かに指摘されている部分はその通りで気にならないわけでもありませんが、「まぁそういうもの」と割り切れば、絵はきれいだし芦田愛菜さんをはじめ役者さんもよく合っていたし、悪評にとらわれず観てみて良かったと思いますし、観ようかどうかと迷っている人は映画館で観られるうちに行くことをお勧めします。
2点だけ軽いネタバレを・・・
左腕に怪我を負ったスカーレットの手当をしようと聖が服の袖を切ろうとすると「恥ずかしい」と拒むシーンがあり、その態度も酷評の対象になっていますが、猛々しく心を燃やしているスカーレットも根は年頃の女性なのであるという表現としてはいいな、かわいいな、と感じました。
ただ、あそこまでわざわざ「恥ずかしい」と言わせなくても、仕草や表情でもう少し上手い表現のしようもあったと思いますが、そのあたりが細田監督の見せ方に不満を感じてしまう部分もたくさんあり不満を感じてしまうのも事実だと思います。
渋谷で踊る別世界の自身を見て「あれはわたし?」「あれはもう一人のわたし?」としっかり2回も喋らせるのではなく、じっと見つめるだけにするとか、小さく「わたし?」と呟かせる方がいいな、と思ったりです。
せっかくたくさんの関係者がこれほどの作品を造り上げたのにこの酷評の嵐はちょっとかわいそうな気がします。
よってたかって叩かれまくっている現状を残念に思います。
多数の意見がご自身にとって適正であるとは限らないと思います。
ガッカリしました(笑)
絶対に映画館に行け。どうせ見ないお前らになぜ最高に面白いか大ネタバレ有りで説明する。
まぁ待て。
どうせこれを読んでるやつは映画館に行かないだろうからネタバレ全開でこの映画がどれだけ面白かったか、俺が教えたい。
大前提として、私は石川典行さんのレビュー動画を見て、どれだけこの映画が酷いのか気になり視聴した。
ちなみにほとんど内容は石川典行さんが言っていた通りで、多少の誇張はあれど、基本的に「マジ」だった。なのでこのレビューを読まなくてもそっちだけ見れば大丈夫だ。
映画館を出て言いたいことはすぐメモったが、話の内容として多少の順番の前後はあると思うが、どうせお前ら見ないし気にしないこととする。
まず最大の魅力を書き記す。(この映画で一番酷かったところは最後に話す)
まず本作主人公スカーレットの父、ハムレット王は弟の手によって処刑に追い込まれる。そしてその死に際に放った一言。たった一言「許せ。」であった。
一体その言葉の真意は何なのか?
幼いながらに娘を残して死ぬ父を許せという意味なのか?それとも父であるハムレットを処刑に追い込んだ叔父を許せという意味なのか?はたまた...というシーンが有る。
まぁよくあるやつだ。あの言葉の意味は何だったんだろう...主人公は少し俯いたまま深く考え込み、頭を振るって今、この現実に直面しなければいけない。
だいたいそんな感じを想像できると思う。私も最初回想が始まった瞬間、「ああ、あれね。いつものね。」と思っていた。
しかし、細田守は一味違う。
なんと、その言葉の真意は一体何だったんだろうか?と聖(ひじり)というパートナー的存在とさっきまで戦闘を繰り広げていた敵の前で話し合うのである。(その敵の親玉が処刑人の内の一人で、父の最後の言葉を教えてくれた)
スカーレット「あれはいったいどういう意味なんだろう...やはり〇〇という意味なのだろうか?」
聖「ふむ、俺は〇〇という意味にも考え取れるな。」
スカーレット「なるほど、ということは〇〇という意味なのか。」
聖「いや、背景を考えると〇〇という意味で言い放ったとも捉えられる。それに、〇〇という意味ともとれる。」
スカーレット「一体真意はなんなんだ...」
親玉「へへ、実は俺はあんたの叔父を許せという意味だと思うぜ...」
マジでこんな感じだったと思う。何故か劇場で見ているときにシュールすぎて笑ってしまった。今こう文字にして書き起こしてみると、なぜ既視感があって笑ったのかわかった。
これ、国語のリスニングテストに似てるんだ。
多分質問文は「聖さんはどうして◯◯という意味とも捉えられると言ったのですか?」とか聞かれるやつだと思う。
いや、ここまじで面白かった。そこを序盤で、倒した後とはいえ敵の前でめっちゃ真面目に話し合うんだ。
ええ。と。
奇抜すぎて本当に良かった。他の映画ではまずないと思う。
そして、他のレビューでも散々言われている渋谷ダンス。
いや、最高でした。僕は事前に典之さんのレビューを見ていたので、いつ来るかワクワクしながら映画を見ていました。途中、一瞬渋谷がチラ見えする瞬間があって、(く、くる....)とニヤニヤしていたらチラ見せだけで終わって(こ、こない....)と寸止めされた気分でした。
そしてその後ちゃんとダンスシーンがありました。
いや、本当唐突。
いや、流れ的なのはあったっちゃあったんですが、まぁ、山の映像が流れてるんだから突然山賊が出てきて渋谷にワープして踊りだしても唐突じゃないよねって言えるなら唐突じゃないんじゃない?って言えるぐらい唐突。
突然スターツアーズのワープみたいな映像と音声が始まったと思ったらなぜか手足が長くジョイマンみたいになった聖とめちゃくちゃ可愛い女優化したスカーレットが渋谷?(と言われてるがそんなに渋谷感を感じなかった)でめちゃくちゃダンスするという。
思わず(う、うおw)と笑いが込み上げてきました。本当に脈略がないし、聖が改造人間みたいになっていて、なんか素人が作ったMADとか、MMDみたいなクオリティだなと思ってしまい、本当に面白かった。(ちな聖ダンス死ぬほどうまい)
作中一番面白いシーンはここと言っても過言ではないです。後スカーレットがかわいい。
おそらくわかりやすくこのシーンに似ているものを例えるなら、今日ビジュいいじゃん。という曲を調べてみてください。まさにあれです。あれを映画でやられたら流石に面白いということです。
まぁ、細田さん的には全体的に暗い映画なので途中でダンスや明るい歌を入れたほうが良いと思ったそうなんですが、僕的には最高でした。ありがとう守。
さて、もう一つの爆笑ポイントは、最後のスカーレットロビン化です。
「生きたいと言え!!もっと大きな声で!!!ほら!!!!!!」
「い、いぎだいいいいいいいいいい」
いや、全評で聞いてたけどマジであるのかよ、笑。と。
いや、ホンマにたぶんロビンのまんまレベルでした。
さてさて、まだ面白い部分がたくさんありますが、ここからはツッコミどころがあるからこそ面白い部分を紹介したいと思います。(今までのはツッコミなし!?)
えー、聖。アーチャー化。
聖はひょんなことからスカーレットのパートナーとなった現代人の看護師で何故か、何故か一人だけ作中に出てくる現代日本人です。
彼マジで高スペック男性なんですよね。
まず弓が使えます。なぜ?しかもプロ級。
弓道部だったみたいなシーンを入れれば良いもののそんなものはない。
この映画は基本お前らが勝手に脳内で補正して楽しめよ。というスタンスだと思いますので、つっこみどころを突っ込むのは野暮、無粋かもしれませんが、それにしても多いよ、守。
うん、FATEの衛宮化してました。防具をウクレレと交換して片腕の色が変わる(防具で赤っぽく)のとか、もう衛宮やん。
まぁとにかくとんでもない弓スキルを持っているわけなんですよ。
しかもね、ウクレレは途中で助けてもらったキャラバンの人たちが仲良くなったお礼で渡してくれて、「大事にしてね」とか言われてたのに笑顔で鎧と交換で売っぱらってるんですよこいつ。
ガチサイコパスなんですよ。
えええええええええええって。
しかもこいつガチで乗馬がプロ級です。スカーレットが驚いてました。
(え?なんでこいつナチュラルに馬乗れるし走れるの??え、待って?)って顔してました。
普通に「はいや!」って感じで馬に乗って爆走。敵陣に特攻(和平)を仕掛けるという無茶っぷり。もちろんなぜ乗馬スキルがあるかは謎。(一切の描写なし)
さらに、スカーレットが銃弾で打たれるも「ちょっと痛いが我慢しろよ!」と言って治す事ができる。(ちな治すために袖切ったとき恥ずかしいとか言ったスカーレットはマジで謎。大事なときにそういう変なこと言うキャラじゃなかっただろ)
いや、医者名乗れるんじゃないか?
つうか実は医者だろ。そのほうが納得できるね。幼い頃から英才教育を受けてきたから乗馬も弓も使えるとか、そのほうが整合性取れるやん。
そして聖、「殺すのはだめだ!!人を殺してはいけない!!」と中盤以降までスカーレットに説教垂れ幕っていた。
いや、そこはわかる。まぁそういう人もいるだろう。
が、しかしスカーレットがピンチに陥ったとき。
まず弓をよっぴいでひょうど放って1KILL。止められないサイコパス聖は矢を片手に敵の脇腹に思いっきり突き刺し2KILL。
えええええええええええええええええええ
2killしてるやん!!!!嘘ぺこでしょ.....W
流石に面白すぎた。いや、斬新。
俺は守を褒めたい。
こんなの一貫性がない!キャラクターとして破綻している!と批判するやつがいる。
しかし人間、最も大切な人間が死にそうになったとき、取って貼り付けたというか、現代日本の教育で植え付けられた薄っぺらい清い信念を貫き通すことができるのだろうか?
きっと守はそれを視聴者に問いかけたかったに違いない。たぶん。おそらく。メイビー...。
そしてもう一つ、同じくツッコミどころと面白さを兼ね備えていたのが僕が勝手にご都合(主義)ドラゴンとよんでいる、謎の作者が知っているタイプのサンダードラゴン。
だいたいピンチになったらドラゴンが助けてくれます(ガチ)
なんならラスボス、叔父と戦うとなったシーン。未来の争いをなくすため、争いは誰かが終わらせなければいけないという信念からスカーレットは叔父を殺すのを辞める。
え、どうするの?このままじゃスカーレット殺されちゃうよ!!え、冗談抜きでこれどうするの?え??と困惑する僕。
叔父はここぞとばかりにスカーレットを殺そうとする。すると謎のドラゴンが天空からやって来て叔父を雷で焼き尽くし丸焦げにし倒すという。
ええええええええええええええええええ
まもたん!?それでいいの!??困ったらドラゴン出せばいいと思ってない!?
まぁ悪い人をドラゴンは殺すっていうような描写はたしかにあったけどさぁ、その、タイミング良すぎない?だったらもともと極悪人なんだからもっとはやく殺しといてもおかしくないと思うんですけど...。
さすがに最後のドラゴンキルは面白すぎた。
ウッソオオオオオオオオオオオオオオって感じ。
さて、残り文字数が少なくなってきたので残りは箇条書き形式でまとめる。基本的にはツッコミどころ。あと個人的に良かったところ。悪かったところ。
(また、石川さんが言っていた矛盾点は省いている可能性があるので石川さんのレビューも見てね。)
叔父の処刑なぜ王宮の前でやった??流石に王族が住まう王城の玄関の眼の前で処刑はありえなくない?普通民衆集めるなら街の中央広場とかでしょ。
王族が住まう場所ってそんな簡単に民衆通していいの????
自分がスカーレット暗殺用に用意した毒を誤飲して死ぬ叔父って何?アホなん????
謎の愉悦系老婆なんなん(龍の化身?)
墓掘ってたやつなんなん???
あとスカーレット父殺されてやることが戦闘訓練ってなんなん??証拠とか集めて叔父を糾弾しろよ。なんでナイフとか剣の稽古やって努力してますよ感出してんねん。
んで死ぬほど戦闘強くて草。めっちゃ良かった。ガチで強いやつには叶わずボッコボコにされてるのもリアリティあって良い。ふざけてた奴らを瞬殺するのも良かった。
洗顔(水浴び?)スカーレットえどすぎ。
スカーレット死んだ後なんで叔父も側近も全員死んどるねん。
過去と未来と現実が混ざった場所とか言ってるくせに現代の兵士一人もおらんやん。未来の兵士とか居てもええやろ。
謎に始まるダンス(キャラバンのおばさんのダンス。)
何故最果ての場所みたいなところを叔父は守ってるのか????守る理由why?独り占めしたい??何故民衆が賛同する???why??
芦田愛菜声優うますぎ。めっちゃ良かった。全然気にならん。スカーレットクソかわいいしマジでいい。俺は芦田愛菜なんかより一番ひどいと思ったのが最後山頂で出てきた側近二人組の金髪のヒョロイやつ。「ウラギリモノニハバツヲー」とかいう意味わからん棒読み。
スカーレットと比べるのもおこがましい。(プロの声優さんだったらごめんね)
あとやっぱスカーレットかわいい。ほんとに。
さて、最高に面白い映画だったが、一つだけマジで酷かったシーンが有る。
最後の最後。「私を王と認めてくださるなら、子供が死なない世の中に!争いのない世界を作ると約束します!」的なシーン。
→「だったら俺等も王女様を支持します!」「うおー!」「俺もだ!」「私も!」
う、うお...。
マジで見ててキツかった。いや、なんか。説明が難しいんだけど、無理やり作品を仕上げるために賛同する民衆を描いているというか、死ぬほどツッコミどころがある本作だけどここだけは「いや、そうはならんやろ....」とマジで萎えました。
お遊戯会レベル。
総評→最高に面白い映画でした。スカーレットがかわえどなんで見る価値あり。最後はマジで終わってる。以上。
絶対金ローじゃなくて映画館で観たほうがいい作品
『鬼滅の刃〜』と同じテーマなのに真逆な良作
さてさて本日2本目の映画は『果てしなきスカーレット』です✨
奇しくも同日に日本のアニメ映画を連続で鑑賞する流れになりましたが『ペリリュー〜』が肩透かしな内容だったのと本作の前評判は散々だったので、マ王はまぁまぁな期待感だけで挑んだワケよ😑
いやぁ~面白かったよ、マ王は😆
CG多用とは言え圧巻の映像美と人間の持つ復讐心との悲しい葛藤が見事に描かれてて、本年度5本の指に入る傑作だと認識しております🫡
細田守監督の代表作には充分なってると感じたんですが、他のレビューでは酷評が目立ってたので良い意味で騙されましたわ🤣
ていうか皆は細田守監督に何を何処まで期待してるのかマ王としては良く解らん🌀
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』という今夏の映画がある。
マ王が事ある毎に腐してきた映画だ。
誤解してもらっては困るが、マ王は映画としての評価をしているだけで『鬼滅の刃〜』が嫌いなワケではない。
前述した通り、本作は復讐がテーマだ。
親兄弟や子供、恋人など大切な人が酷い目に遭った時に加害者に対して「同じ思いをさせてやる!」と思うのが復讐心であり、ほぼ普通の人間なら誰しもが持っている感情だろう。
斯く言うマ王も母親からここでは書けないレベルの仕打ちをされており、一時期はガチで殺意満載の生活をしていました。
当然ですが今でも許せてません。
ただ、本件に関しては四半世紀前の事でもあり、時間がマ王の心を癒したのでしょうか、以前程のカロリーは存在してはいません。
復讐心には時間という犠牲が付いて回ります。
自分の時間を割いて加害者への気持ちを維持するのはストレスにもなります。
マ王は復讐を否定はしません。
しかし、本作にも示されてるように赦しは必要だと考えています。
更には「目には目を」的な復讐は達成感よりも虚無感の方が上回り人生の目的を失う恐れもあります。
復讐心に囚われて生き方を曲げられた方々には申し訳無いかもだが、全ての犠牲者が同じ思いなのかと考えるなら違うとマ王は思うのよ。
もしマ王が犠牲者の立場なら復讐心を抱えて生きている人に願うのは幸福以外はあり得ません。
無関心で生きよ、とは言ってませんよ。
でも、その一心に囚われて生きるのはどうかと言ってるだけです。
奇しくも『鬼滅の刃〜』も復讐がテーマである。
ただし『鬼滅の刃〜』は物理的な復讐を軸に描いていて、その過程にカタルシスを感じる作り方をしているのよ。
「それが悪い」とは言いません。
そもそも日本人は『赤穂浪士』のような仇討ち物に強烈なシンパシーを感じる人種なんよ。
だからこそ死刑というシステムが継続する国家でもあるんだが(マ王は死刑賛成派)それでも復讐を物理的に遂行するのはマ王としてはお薦め出来ません。
本作は最終的に怨敵を「赦す」事により断罪している→結果は観てのお楽しみ
赦すのは相手ではなく自分自身である重要性をファンタジーではあるが『果てしなきスカーレット』では見事に描写していた。
復讐心をモチベーションに変換して生きてる人もいますが、何方にせよ不純な動機では長続きしません事よ。
コレは「もしも」の話だが、もしも『果てしなきスカーレット』が『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』よりも先に公開されたら、もしかしたら今夏のバカ騒ぎは無かったかもしれない🤔
それくらい映像も素晴らしかったし内容も刺さった👍
誰かのレビューに映像が何処かで見たような在り来り、みたいなのがあったが『鬼滅の刃〜』の方が変わり映えしない在り来りな描写だとマ王は感じてるのだが😂
老若男女問わずに映画館直行の傑作ですが、頭が悪いとか理解力が乏しいと自覚してる方にはオススメ出来ません✋
意外と難解ですので😁
あと「復讐は物理一択」の方も内容に文句が出ると思います😆
もう一度言わせてもらうが、皆は細田守監督がどんな映画を作ったら満足なんだろうか?
自分で鑑賞ハードル上げといて後に文句を言うのは、マ王としてはどうかと思うぞ😑
それに映画はやはり「映画館で騙される」に尽きます✨
前評判を信じずに観て正解でしたね😋
ちなみにマ王はシェークスピアの『ハムレット』を名前以外は欠片も知りません🙇
映画館での鑑賞オススメ度★★★★★
やっぱり物理的復讐はアカン度★★★★☆
映画友達中盤以降号泣度★★★★★
復讐ではなく…
私はこの作品は好きです
進化を続ける細田ワールド
【ネタバレ有り】飽く迄も2次元に拘る「時をかける少女」時代の細田守の信奉者にとって「果てしなきスカーレット」は、その独特の世界観への冒涜と思われるかも知れない。しかし、進化し続ける映像の世界・・・、自身に枠を嵌め、その範囲から一歩も出ないで制作を続けるのは大変な事だ。その意味で「果てしなきスカーレット」における細田ワールドの変容は当然の帰結である。ただ、本作品の変化の度合いは些か大き過ぎて、昔ながらの信奉者を置いてきぼりにしてしまった感は拭えない。だが、ついてこられる者だけを相手にするのもクリエイターとしては致し方無い事だ。
それでは何が変わったのか?先ず言えるのは背景描写の圧倒的な立体感だ。砂漠・遺跡・海・空・・・2Dからの潔いまでの決別である。私にとってはどれもこれも当然の帰結と思われる。恐らく多くの場面で実在する風景をロケハンして行けばその世界を2Dの空間に閉じ込めるのは無理だと気付くのであろう。万物は流転する。その中で人もまた万物の一部だ。よって、背景だけ無く人物も立体的に動き出す。これは特にバトルシーンで顕著に見られる。確かに人物の造形では3Dは無いが、動きは頗る軽快で立体的であった。進化の一つだ。
更に、台詞回しまでも新境地が垣間見られる。これは、古典への回帰という意味での斬新さだ。主人公はスカーレットであるが、宿敵はクローディアス、更にガートルード・ローゼンクランツ・ギルデンスターンe.t.c.シェークスピア悲劇「ハムレット」の登場人物が目白押しである。更に、市村正親・吉田鋼太郎といった声優には、日本を代表するシェークスピア役者を充てる。私は、「ハムレット」をク・ナウカや蜷川版の舞台、そしてグレゴリー・ドラン監督の映画等で見ているが、何れも演出こそ違うが格調高い(別の表現をすれば「過度なまでに装飾された」)台詞回しのオンパレードで、シェークスピアの世界観から逸脱するものでは無かった。勿論、そこから逸脱しては意味が無いと云う事もあるが・・・。よって、この「果てしなきスカーレット」でもその些か装飾過多な台詞回しが時々出てくる。これもまた細田アニメの信奉者の癇に障る処となるのであろうが、シェークスピアが大好物の私にとってはこれは大歓迎であった。
とは言うものの、このアニメは「ハムレット」の焼直しではない。主人公スカーレットは、「果てしなき恨み」に支配された人物と言うことではハムレットと言えるが、其れが現代日本から来た看護師聖(ヒジリ)と出会う事によって「赦し」の概念を受け入れて行くことなる。この「赦し」によってシェークスピアの代表的悲劇はハッピーエンドに変わる。恐らくこの聖こそがオフィーリアなのであろう。ハムレットの遺恨とは対局にあるオフィーリアを受け入れる事が赦しに繋がって行くことが面白い。因みに、スカーレットが聖に「寺にゆけ」と云う場面があるが、これはハムレットがオフィーリアに言う「尼寺へ行け」のオマージュだろう。
そしてもう一つの大好物。渋谷でのダンスシーンだ。コレが素晴らしい。私はこれを「祝祭」のシーンと呼びたい。私の好きなアニメーターに今敏と云う人がいた(残念なことにもうこの世には居ない)。彼は人間の記憶や感情を具現化する事をライフワークにしていたが、その集大成とも言える「パプリカ」で、記憶の中にあるすべてのものを総動員させて街を練り歩かせる・・・ある種の「祝祭」のイメージを何度も出している。其れを彷彿とさせるのが渋谷でのダンスシーンだ。些か唐突ではあるが、元々「彼岸」と「此岸」の間にある曖昧な空間の出来事である。何が出てきても良いであろう。
さて、世間から認められない天才・・・そう、ゴッホの様な芸術家は・・・自分の作風を頑なに変えないが、早々に認められた天才・・・、ピカソの様な人は貪欲に新しい自分を作り出す。細田守と言う人はそう云うタイプなのかも知れない。ニュータイプを受け入れられない人は取り残されるだけである。
パンフレットも買っちゃいました
あまりに酷評されていたのもあり、IMAX上映されているうちにと思って観に行きました。
公式サイトのあらすじとか用語集を見た程度、ハムレットも大して知らないという状態で鑑賞。
時をかける少女やサマーウォーズのように深く考察しなくても楽しめる、気軽な映画ではなかったです。
一方で、我々人間は生と死、愛(性愛や博愛)とどう向き合うべきなのかを哲学する良いきっかけを貰ったと感じました。
話題のダンスシーンはツッコミやすいからネタにされてるだけで、このシーンへの入り方を含めれば別にこれはこれで良いんじゃない?と思いましたよ。
映像、音響も良いので、迷ってる人は映画館でやってるうちに観に行くのをおすすめします。(でも細田作品のイメージとはだいぶ違うので、全然別ブランドの作品を観るつもりで行ってくださいね。)
なんで酷評されてるのかな?
低評価のレビューが多いですが、私は素晴らしい映画だと感じました。
映像は綺麗だし、芦田愛菜さんの演技、歌も素晴らしかったメッセージ性が強すぎて嫌だとレビューで書いている人が多くいましたが、メッセージ性の無い映画に何の意味があるのか私にはわかりません。
どんな人でも理解できる映画ではかもしれませんが素晴らしかった。
私は良いと思いましたよ
風景などがとても綺麗でした。
私は他の方のように難しい評論はできませんが、主人公がとても魅力的で素敵でした。
声の出演も意外と違和感なかったです。ただ、芦田愛菜さんの声はやっぱり芦田さんでした。スカーレットはもう少し大人の女性っぽい声が良いのかなって思ったのですが、きっと復讐しか考えて来ず、恋すらしないで過ごしてきて精神的に幼いまま大人になってしまったのかなって思いました。そう考えると少し若いイメージの芦田さんの声でもピッタリなのかなって思います。
主人公二人が渋谷で踊る演出も、あれはあれで良いのかなって感じです。
メッセージ性が高い作品だと思いますが、普通の大人なら読み解ける内容だと思います。
冒頭から続く鬱展開も最後は爽やかに終って良かったです。
私は他の細田作品より好きでした。
美しい!映画館で観ないと勿体ないです!
私も余りにこの作品の酷評が多すぎるのでこちらのIDを作りました。
細田監督作品は「竜とそばかすの姫」を自宅で観て、その独創的な世界観と映像美に感銘を受けたので楽しみにしていました。
今回の「果てしなきスカーレット」は、映像が美しすぎます!アニメーションの映像作品を多く観ているわけでは無いですが、映像表現が「君たちはどう生きるか」や「シン・エヴァンゲリオン」より斬新に感じました。画面が大きければ大きいほど楽しめそうな作品です。このような精緻で迫力ある3D?CGの背景や人物の細やかな汚れ描写は初めて見るのですが、今後、新しい表現としてアニメ史に刻まれるのでは無いでしょうか?不穏な雲や水、龍や馬の動き、そして火山の噴火シーン、などなど素晴らしい映像美が随所に見られます。
美術史では新たな技法が誕生すると歴史に残ります。例えば、レオナルド、ダ、ヴィンチ生み出したのモナリザのスフマート技法のように。アニメ史の新たな表現法を駆使した作品として残るのではないでしょうか?
そして、ストーリーも比較的わかりやすいです。シェークスピアを読んでいなくても十分堪能できます。音楽も良いので私は3回鑑賞しました。1回目より2回目の方がダンスシーン等の意味がより理解でき感動できました。もしかしたら、舞台などをよく観に行かれる方の方が柔軟に楽しめるかもしれないですね。
予備知識ゼロで観ました
レビューがあまりに酷評で、ネットニュースでも興行収入がコケたと書かれていましたが、自身の目で確かめたかったので予備知識ゼロで観てみました。昨日が12/1で映画が安い日だった事も後押ししてくれました。
結果的に観て良かったです!特に映像美、音楽、効果音、芦田愛菜さんの歌唱が心に残りました。(スカーレットの声優が芦田さんと知ったのがエンドロールだったので、余計驚きでした。)
スカーレットのキャラデザも好きになりました。
最初の地獄の描写がリアルで、叫ぶスカーレットの迫力にすぐ引き込まれた感じです。
ストーリーは粗探しすればアレって感じはありますが、個人的には退屈しませんでした。鑑賞後に他の方のレビューを見てなるほどと思う事も多かったです。
ただ、人の命を救い、お年寄りを癒やし、スカーレットの心を動かした聖が虚無になってしまうのは悲しいと感じます。最初から天国に行って欲しいと思いました。ま、そうなってしまうとスカーレットと会えないんですが…(笑)その点が-0.5点です。
別の方も書いてましたが、大阪万博のように最初低調でも、多くの方が観て、ロングセラーで興収も伸びて欲しいと思います。外国ではヒットしそうです。
自分はもう一度IMAXで観ます。世界観に没入したいので。
まだの方は是非ご自身の目で観て、感じて欲しいと思います。
細田監督はじめスタッフの皆様、素晴らしい映画をありがとうございました。
追記…12/4でIMAXが終わってしまうので再鑑賞しましたが、407席に6人…。劇場に沢山人がいるのは嫌いだけど、ちょっと寂しいものですね。
(静かに世界観に入りたい人にもオススメ)
細田守版『君たちはどう生きるか』?(核心には触れないほんのりネタバレあり)
開始早々、後悔した。ケチらずに IMAX で観れば良かったと。
大スクリーン、高画質、大音響で観るべき圧倒的な映像美。
酷評の嵐の中にある作品であることを理由に IMAX で観ることを躊躇してしまった。
人によって好き嫌いが分かれる作品であることは頷ける内容であった。特に、理想論に対して、綺麗事や偽善と感じて嫌悪感を抱く方からは受け入れられない作品と感じた。
酷評をしようと思ったら、至る所にその材料が散りばめられているようにも思えた。
やりたいことを詰め込みすぎてとっ散らかってる感は否めないし、小説なら章単位で話が飛んでるように感じるほど展開が早い。都合良く現れ正体が明かされないままの龍(東洋人には理解しがたい存在...?)の存在。わかりやすく盛り上がる場面はないし、皆が目指す「見果てぬ場所」がどんな楽園かは結局わからない。登場人物の心情がわからず行動に???と思うことや設定が不明瞭な点も多々あった。
『サマーウォーズ』や『時をかける少女』と比べると、抽象度の高い内容でありテイストも全く異なる。あの頃の作品が好きだった、あの頃の監督はもういない、と言われるとおっしゃる通りです、と言う他ない。
鑑賞後に、よくわからないシーンがありモヤモヤが残る方にも受け入れられなさそうである。
それでも監督のメッセージは明白だったように思う。
「生きる」とはどういうことか。
復讐心に駆られて大切な心を放棄するのか。赦すことで別の道を切り拓くのか。
命を何よりも尊重するのか。そんな信念を捨てることも厭わないのか。
欲に溺れてあらゆるモノを裏切るのか。良心など持たず権力に従順でいるのか。
眼前で大切な人を失って哀しむ人になど目もくれず、実態のわからない天国と思われる場所を利己的に目指すのか。
絶望に満ちた世界でも人と手を取り合うことで小さな幸せを噛み締めて生きるのか。
などなど。
スカーレットや聖、クローディアスなど主要な人物だけでなく、混沌とした世界に出てくるあらゆる人々の行動から、生きることの意味を観客に問いかけているように感じる。
監督自らの答えも披露してくれているが、それが絶対的な正解でなく、一人一人が自分自身の答えを見つけられれば良いのだと思う。例えそれが、クローディアスのような生き方だったとしても。
行間どころか章間を読む必要があるほどの余白の多さは、もしかしたらこのためなのかもしれない。
映画全体を通して、スカーレットの心情はとても丁寧に描かれていたと感じる。
信頼と愛を信条とする父の教えを請けて優しく育った少女が、人を憎しみ、疑い、簡単に殺めるようになる。内面の変化は、美しい容姿から変わり果ててしまった姿にも表れる。聖との旅の中でそんな心も徐々に変わっていく。
スカーレットの細かな心理描写と、彼女を復讐に駆り立てた思いの正体。これらも作品の見どころの一つである。
酷評されている原因の1つとなっている唐突に始まるダンスシーンは、復讐に取り憑かれていたスカーレットの心の変化が現れ始める重要なポイントであると同時に、スカーレットが「果てしなき旅」を始めるモチベーションにもなる、物語の中でもすごく意味のあるシーンであったと思う。
スカーレットの復讐の旅の果てにある「果てしなき旅」の始まり。
過去と未来、生と死が入り混じる世界を旅したからこそ見つけたスカーレットの生きがい。
ただし、スカーレットだけでは到底成せない、本当に本当に果てしなき旅。ヒトが皆、同じ旅路を歩むことができたらどれほど素晴らしい世界が待っているだろうか。
キービジュアルが醸し出すドロドロとした世界観とは裏腹に、希望に満ち溢れた作品であったように感じる。
エンドロールで流れる主題歌を聞いた時は鳥肌が立った。
作品の中で印象に残ったシーンを最後に紹介して終わりにする。
ある敵と遭遇したとき、聖が、交戦を避けるために勇敢にも丸腰のまま話し合いを申し出る。しかし、受け入れられず戦闘が始まり、スカーレットが敵を倒していく。
ここで、敵は聖の行動を「油断をさせた上で奇襲をしかける狡猾な罠」と解釈した。
自分の命を顧みないほど勇敢な行動が、相手には180度変わって伝わる。
人がお互いを理解し合って、手を取り合うことがいかに難しいかを象徴するシーンに思えた。
人は自分が見たい世界で生きていて、ある人の真実が自分にとっての真実であるとは限らない。
時間とお金が許すなら、ネットの情報に踊らされず、『果てしなきスカーレット』を自分自身で観て何かを感じていただきたい。(その時にはシェイクスピアの「ハムレット」を予習して行くことを強くおすすめする。ダンテの「神曲」はどちらでも良いのでは・・と個人的には思う。)
私は、もう一度、今度は IMAX で観たいと思う。
(追伸)0.5 減点した理由。
・スポンサー様への配慮だったのか 2 時間枠におさめてしまわずに、3 時間映画として制作されていたら、もっとディテールにこだわった良作になったのでは、、、と感じた
・脳みそがとてつもなく疲れた。行間や心情を考えるのに頭を使うのと同時に、映像のクオリティが高すぎるがあまり情報量が多くて、脳の処理スペックを超えてオーバーヒートした感がある。個人的には、バケモノの子くらいのクオリティがちょうど良いです。(冒頭の話と矛盾するが...
・登場人物と背景のどちらもハイクオリティであったものの、両者が調和してる感じがせず、どことなく違和感を覚えたままの鑑賞だった。これも脳が疲れた要因かもしれない。
あの違和感はなんだったのだろうか...?
内界の深層で“別の自分”を見つける物語として読む
細田守の最新作『果てしなきスカーレット』は、公開当初から
「難解」「象徴が多すぎる」「平和メッセージが陳腐」
など、多数の批判に晒された作品である。
しかし、これらの評価の多くは “外側の筋”を物語の中心と誤読している” ことに起因する。
復讐、戦い、神話、平和といった表層的テーマは、
確かに作品のフレームを形作るが、作品の“核心”ではない。
本作を理解する鍵は、
「あの世界はすべてスカーレットの内界で起きている」
という視点である。
この読み方を採用すると、作品が抱える“矛盾”が消え、
断片的に見える映像が明確な意味を持ち始める。
そして何より、スカーレットという主人公の存在が
“ひとつの物語を生きる少女”ではなく、
“複数の価値観がひとりの中で折り重なった象徴的存在”として立ち上がる。
■1:スカーレットという“多面体の自分”
本作の主人公スカーレットは、
一般的な劇映画における「共感されるヒロイン」ではない。
むしろ、感情を読み取りづらく、
観客に対して“心を閉ざした存在”として描かれる。
しかしこれは欠点ではない。
スカーレットは ひとりの人間の姿を借りた“多層的な内面の集合体” である。
作品中で時代・文化・神話・現実が混じりあうのは、
世界が混乱しているからではなく、
彼女の内側が異なる価値観の層を持っているからだ。
彼女が見るもの、触れるものはすべて
“自分ではない自分”であり、
その価値観との衝突こそが物語の本質である。
■2:聖という存在――自分の外側にある自分
スカーレットに大きな影響を与える少女・聖。
表面上は「別世界の住人」であり、
物語の鍵を握るキャラクターとして登場するが、
その正体は極めて象徴的である。
聖は “スカーレットが理解できない価値観を体現した別の自分” である。
強さ、静けさ、覚悟、喪失への受容――
スカーレットが持ち得なかった側面を、
聖が代わりに背負って登場する。
敵もまた、怒りや憎悪などの“破壊衝動としての自分”が具現化した姿と読める。
つまり本作は、善悪が交錯する戦いの映画ではなく、
内面世界の中で複数の自分が衝突し続ける心理劇である。
■3:ダンスシーンの誤読と真価
公開時に最も批判されたのが、
スカーレットが“現代風のダンス”を目撃するシーンだ。
しかし、ここを「突然の現代化」と捉えるのは誤読である。
あのダンスは スカーレットの想像の中で見えた“別価値観の生の表現” であり、
時代移動でも現代批評でもない。
身体の動きが曖昧で、現実味がないのは、
モーションキャプチャーの精度ではなく
“内界のイメージは、現実の肉体ほど明確に描かれない”
という事実を映像表現にしたためである。
スカーレットは別の生き方、別の魂、別の世界のリズムに
“感覚的に触れただけ”であり、
その体験が彼女の価値観を揺さぶる。
■4:世界の構造は“現実”ではなく“心の地図”
この映画世界では、
過去
神話
現代
異界
戦い
語られていない記憶
他者の物語
自分の想像
これらが等価に画面に現れる。
一般の映画であれば破綻するが、
これは“外側の現実”ではなく
“内界の構造”を地図のように描いているから成立する”。
(この構造は『未来のミライ』の庭世界や、『竜そば』のUの内面反映と同系統)
スカーレットは世界を旅しているのではなく、
自分自身の内側の旅をしている。
■5:ラストの門が示す“認識の変容”
本作の象徴的クライマックスは
「門が開かないのに、水面に映った門は開いている」という矛盾したラストだ。
この矛盾こそが、本作の本質だ。
● 現実の門は開かない
世界は変わらない。
境界は境界として残る。
喪失は消えない。
過去は変わらない。
● 水面の門は開いている
しかし、自分の内側は変わった。
世界の“見え方”は変わった。
別の価値観を受け入れた。
新しい自分が生まれた。
つまり、
> 「現実は閉じたままだが、内側では扉が開いた」
という 成熟した世界観 を示す終わり方である。
外界が変わるのではなく、
自分が変わる――
これは細田守作品では珍しいほど陰影に満ちた“静かな救い”だ。
■6:なぜ誤読されるのか
スカーレットは説明しない。
聖も説明しない。
世界も説明しない。
そのため、
“説明されないと理解できない”観客には厳しい作品となる。
だが、説明が無いことが欠点ではない。
これは“説明より記憶・象徴・感覚が優先される世界”だからだ。
外側の物語で観ようとすれば破綻に見える。
だが、内界の寓話として読めば
どのシーンも緻密に繋がっていく。
■7:『果てしなきスカーレット』の本当の価値
本作は “自分ではない自分に出会い、価値観が変容する物語” である。
聖、敵、神話、戦い、ダンス、門。
これらはすべて
“スカーレットの内側にある別の価値観の断片”として登場し、
最後に水面で開いた門が
彼女の内的成長を象徴する。
これは平和の寓話でもなく、
復讐の映画でもなく、
神話の再話でもない。
**“内界の成熟の物語”**である。
このような読み方で鑑賞すると、
『果てしなきスカーレット』は
細田守作品の中でも最も深い精神性を持つ作品となり、
その価値は大きく変わる。
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