果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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原点回帰の最高傑作。文学とエンタメの奇跡の融合。
久々の王道かつハムレットとの融合最高でした〜。シェイクスピアのハムレットに新解釈を入れて、地獄を舞台に話を展開するあたり驚きました。「時かけ」も「ハムレット」も好きなので、原点回帰という感じでした。映像も音楽も良くて、あっという間の2時間でした。本当に見れて良かったです。結末は読めていましたが、それでもスカーレットのこれまでの思いを想像すると、涙が止まらなかったです。号泣の嵐でした。特に、生か死の選択は…。個人的には、これまでの作品で一番良かったです。良い作品作ってくださり、本当に感謝です。生きてて良かったです。ハムレットも再読して、もう一回見に行きます。最近は万人向けの作品多かったので、少しニッチな作品だと監督の熱量感じやすくて嬉しいです。全部説明せずに考える余白を残してくれる作品は素晴らしいと思います。監督とのシンクロが試される(観る人を選ぶ)映画です。
これまでの作品の女性の中で、スカーレットは一番魅力的な女性です。最後の最後まで不条理により大切なものを失い続けます。それでも、今あるもの、残されたものを尊いと思い、一歩前に進んで行きます。このような人物に私もなりたいです。
この作品は繰り返し観ることで、少しずつ味が出て来ます。この感想を書いている段階で、私は2回視聴を終えています。3回目も行きたいと思います。生きるために、人生を謳歌するために、必要なものは実は僅かであることに気づかされます。美味しい食べ物、歌、ダンス、人との触れ合い、原始時代の幸せが本当は一番大切なのかもしれません。
若干文学に寄っていますが、、それでもエンタメと見事に融合した良作です。近年では珍しい作品なので、「つまらなかった〜」と感じてもいいので、ぜひ映画館に足を運んでください。貴重な体験出来ると思います。
最後に、ストーリー、映像、音楽、すべて完璧ですが、「時かけ」と「ハムレット」の予習は必須かと思います(笑)。知らないと話置いていかれるかも⋯しかし、予習頑張った分、素晴らしい感動が待ってます!!
AIに同意 IMAXで見なきゃ伝わらない
※注)以下は有名なAIのネットからのまとめを元に作られた作文です。違法なら消しますね。
細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』は、海外メディアから「真の映画作家の仕事」と絶賛され、家族の絆や成長、親子関係といった普遍的なテーマが文化を超えて共感を呼んでいますが、一部では3DCGのキャラクターの動き(不気味の谷現象)に慣れが必要という声もあります。シェイクスピアの『ハムレット』やダンテの『神曲』を下敷きにした作品で、復讐と生きる意味を問う内容が高く評価されつつ、その描写や表現方法が観客によって分かれる部分もあるようです。
海外での評価のポイント
普遍的なテーマ: 家族、成長、親子関係といったテーマは、国境を越えて観客に響く。
「真の映画作家の仕事」: 監督の手腕や深遠なテーマ性が高く評価されている。
古典文学のモチーフ: 『ハムレット』や『神曲』をベースにした意欲的な物語構成。
日本国内での反応(参考)
映像表現への戸惑い: リアルな等身のキャラクターの動き(モーションキャプチャなど)が「気持ち悪い」「不気味の谷」と感じる声も一部存在する。
時代背景との関連: 為政者による民衆の洗脳描写などが、現代の国際情勢と重なり、時代が作品に味方した(あるいは悪く作用した)という意見もある。
総じて
『果てしなきスカーレット』は、細田守監督らしい壮大な世界観と深いテーマ性で海外の批評家からも注目を集めていますが、その映像表現やメッセージの受け取り方には、観客の期待値や感性によって多様な反応が見られる作品と言えます。
あとね、許せって言ってるし許してみてほしい
見終わってスッキリ
メッセージも素晴らしい作品でした。
主役のスカーレットの芦田愛菜さんはじめ、役柄にハマった声優さんだったので、最後まで没頭して観ることができました。
「もののけ姫4K」を観た次に、この作品を観ましたが
「共に生きる」
「自分を許し 相手のことも許す」
現代を生きる私たちへのメッセージだと思いました。
見終わって、パンパンだった頭がスッキリ柔らかくなりました。
83点/☆3.5
『時をかける少女』『サマーウォーズ』で国内外から高く評価されてきた細田守監督が手がける、完全オリジナルの長編アニメ。
王女スカーレットと、現代日本から死者の国へ迷い込んだ青年・聖──まったく異なる世界の二人が「生きる意味」を探す旅を描く。
父を殺して王位を奪った叔父クローディアスへの復讐に縛られ、死者の国を彷徨う王女スカーレットの声を演じるのは芦田愛菜。
戦いを望まず、敵にも味方にも分け隔てなく接する聖を演じるのは岡田将生。
私は3回ズッコケた。
急に歌い出す。急に踊る。突然ミュージカル。何度か「今の何!?」と置いていかれる。
とはいえ、壮大な世界観とファンタジーとしての大胆なスケールは、まさに細田監督の真骨頂。
ただ近年の細田作品は、新海誠的な音楽へ寄りかかる構成が増えつつあり、どうしても脚本に奥寺佐渡子が参加していた時代の完成度を思い出してしまう。
奥寺が離れたことで細田監督が脚本を自ら引き受けざるを得なくなり、その難しさが滲んでしまう場面があるのも確かだ。
物語の核となるのは、父が最期に残した一言──「許せ」。このひと言の狭さと広さが、全編のテーマになっている。
復讐に取り憑かれ、目的を果たせば消えると断言するスカーレット。対して聖は、現代の価値観から必死に語りかける。
生きたくても生きられない命がある。生きることが苦しい人もいる。違う時代、違う立場に生まれていればもっと自由だったかもしれない。それでも私たちは「ここに生まれ、今を生きている」。
君は王女として生まれた。それは避けられない宿命で、もっと自由に生きられればよかったのにと思わずにいられない。けれど、王女に生まれたからこそ果たせる役目もある。
「許せ」という言葉には
・憎しむ相手を許し、争いを終わらせる意思
・王女という境遇に生まれてしまった苦しみ
・こんな選択しかできなかった自分自身を赦す願い
・復讐の連鎖を断ち、未来へ進めというメッセージ
受け止め方は無数にあるが、結局「生きる」という行為はどこかで許すことと繋がっているのだと気づかされる。
ヌルヌルと滑らかに動く3Dモデルのアニメーションは、まるで本当に命を宿した人間のように多彩で繊細な動きを見せ、技術の進歩を実感させてくれる。
群衆シーンでも一人ひとりに細かな芝居がつけられており、そのこだわりは圧巻だ。
映像表現への執念と、アニメとしての進化を随所に感じられる。
ただその一方で、物語の途中に突然差し込まれるダンスや歌にはどうしても戸惑うし、何回ラリーすんの?と突っ込みたくなる会話の応酬には疲れる。
不意に挟まるシンジ君ばりの自問自答には目を丸くし、母親の言動には普通に腹が立つ。
竜が何者なのか、生死の境界がなぜ曖昧なのか、聖はどうして現代から飛ばされたのか、そんな理屈で説明しようとすること自体が、きっとこの作品にとっては野暮なのだろう。
リアリティの整合性よりも、寓話としての感性で語られる世界。
歌い、踊り、迷い、泣き、それでも立ち上がり、自分の人生を掴みに行く。物語が最終的に辿り着くのは、とてもシンプルなメッセージ。
強く、生きろ。
細田監督が、観客に向けてそう語っている作品。
素晴らしかった
私はとてもハマりました。
流石愛菜ちゃんです。セリフが上手すぎてスカーレットが涙する場面で一緒に涙が溢れました。
殺された王様の最後の言葉はとても奥が深く、胸に突き刺さりました。
考えさせられる内容です。
映像もとても綺麗で是非映画館で見ていただきたい作品です。
シェークスピアの「ハムレット」をオマージュした細田守監督のオリジナル作品。中世の文学をCGアニメで「魅せる」手腕は、もっと評価されても良いと思う。
現在の日本で、オリジナルの大作劇場版アニメ作品を制作する事の出来る監督は、庵野秀明、新海誠、細田守の三人だと思います。特に細田守監督の、前作「竜とそばかすの姫」で顕著だった、現実世界と電脳世界を融合させた表現が自分は好きで、その部分を難しく感じてしまう人がアンチコメントを付けていると思います。
前作では感動して3回も観に行ったのに、比較的著名な映画評論家までも低評価を付けていたのが残念でなりませんでした。細田監督は3年に一度のペースでコンスタントに作品を発表していたので昨年はワクワクして待っていましたが、前作で酷評されたことをバネに新作に取り組んでいる様子で、去年の公開は叶いませんでした。
私見ですが、細田監督の表現した「死者の国」は現在の世界感を現わしていると考えます。色々な人種が暮らしていますし、食事もしているし歌や踊りも楽しんでいます。一方盗賊の存在や命の取り合いもあって、ここで本当に死ぬと「虚無」になって形が保てなくなる。つまり死者の国(今の世界)の人々は「生死の境を彷徨っている」という比喩だと思うのです。
スカーレットを死者の国に追いやったクローディアスも死者の国にいるという事が判り、死者の国から脱出するための出口「見果てぬ場所」を独占するために城壁を作って立て籠っている状態。これに反旗を翻して死者の国の住民が城壁を打ち壊します。これは野蛮な大国や世界の富を独占している一部の財閥の比喩です。
亡き父アムレットの最期の叫びを聞いていた、ヴォルティマンドとコーネリウスから、アムレットは「赦せ」と言っていたことを知ったスカーレットは、見果てぬ場所で悔いているクローディアスを赦す事にしますが、クローディアスは手のひらを返してスカーレットを手にかけようとします。この部分は理由の如何に関わらず世界中で起きている紛争の比喩になると思います。
ここで天空に巨大な龍が現れて、落雷によりクローディアスは絶命しますが、これは天罰というか「人知の及ばない何かしらの抗えない力(天災など)」に遭遇したと推測しました。結果、大勢の人の中で唯一生きているのがスカーレットだと謎の老婆に指摘され、スカーレットは息を吹き返します。
女王となったスカーレットは民衆を前に、死んだ王と違い自分は隣国と諍いは起こさず、国民が豊かに暮らせる政を約束します。これは大衆が望んでいる政治を司る者こそ、本当に「生きている」存在になれるという比喩だと思いました。
追伸 「俺ではない炎上」で見事なキレ芸を演じた芦田愛菜は、この作品でも見事なキレ芸を披露しました。主題歌も彼女が歌っていて、学業をこなしながら多彩に演技の幅を拡げていく芦田愛菜から目が離せません。
こんなに美しいキスシーンをアニメでは見たことがなかった。
ラストシーンの消えていく聖と生者の国に帰っていくスカーレットのシーンだ。
この作品は、今までの細田守監督の作品を愛していた人には受け入れられないだろう。彼の今までの作品とはまったく違ったテイストだからだ。でも、変わらないところがある。それは、今の彼の中のトレンドをテーマにしているところだ。今回は、世界中で起こっている復讐から起こる争いをテーマにしている。細田さんは彼なりの解決方法を考え、映画にして世界に訴えたかったのではないか。「許すな」ではなく「許せ」と、彼は考えたかったので、そうしたらどうなるか展開していったのが、この物語だったのかもしれない。
斬新で大満足の細田作品!
実は鑑賞前「今回の新作は大丈夫だろうか?」と不安があり、正直あまり期待はしていなかった。
…というのも、細田監督が脚本を単独で手がけるようになってから、前作『竜とそばかすの姫』は自分にはあまり刺さらず『未来のミライ』に至っては面白さをほとんど感じられなかったためだ。
それでも本作を観ようと思ったのは、これまでの細田作品にはなかった"斬新な演出"と"ダークな世界観"に興味を惹かれたからだ。
細田作品といえば「影のない明るい人間描写や世界観」が特徴的だが、本作は《復讐》をテーマに"死者の国"を舞台とした、従来のトーンを反転させた《ダークな物語・人間・世界観》となっている。
その作風を細田監督がどう描くのか・・・
その一点への興味から、公開初日の初回上映で鑑賞。
そして結果は…驚くほど《大満足》だった。
おそらく『ハムレット』を題材にしていると思われるが、事前に聞いていた通り、ダークな世界観が、3DCGによる挑戦的で斬新な演出と非常に相性がよく、まるで観客自身も"死者の国”"に迷い込んだかのような没入感を与えてくれた。
内容も、一切の引っかかりがなく「生きるとは?」「愛とは?」といった誰しもが抱える想いを、主人公スカーレットの物語とともに、細田作品らしい"優しさと温かいメッセージ性"で昇華してくれた。
ネタバレを避けながら言うなら、テーマが《復讐》であっても、あのエンディングを見れば「復讐なんてもうどうでもいい」と思えるほど。
表面上はダークな作品に見えて、実はきわめて細田守らしい「優しくて温かい人間ドラマ」だったことが、鑑賞後に強く心に残った。
気になる点を挙げるとすれば、スカーレット役:芦田愛菜の“声”だろうか。
評論家や他レビューでも指摘を見かけたが、自分としては「それほど気にならない」という印象。
ただ、キャラクターとの相性については、複雑で判断が難しく「良いのか悪いのか分からない」というのが率直なところ (黒木華さんでも良かったかも)。
そしてもし、細田監督が次回作を制作されるなら、ぜひ脚本家:奥寺佐渡子さんと再タッグを組んだ作品を観てみたいと、やはり細田守作品には、奥寺佐渡子さんの存在が欠かせないと、強く思っている。
また次回作にも期待しています!
ビジネス右翼による低評価工作を受けた細田守監督の最高傑作
果てしなきスカーレットは、友人や近親者とのつながり、そしてその中で避けがたく生じる心の軋轢、社会からの疎外感を描き続けてきた細田守監督の到達点である。
映像も斬新で驚くべきものだ。実写とアニメの融合、馬の足捌きを見事に描き切った乗馬戦闘シーン、無数の群衆の動きを緻密に描く技術、水・空・溶岩の動き、どれもチャレンジングで美しく圧倒的である。
スカーレットは何度も騙され、信じた相手に裏切られるが、それでも相手を完全な敵として断罪しない。忘却でも自己犠牲でもなく、恨みと傷を抱えたまま関係を断たずに生きる姿勢が貫かれている。この視線は、理解できない隣人を排除し、恐怖や不信から隣国を単純な悪として語ろうとする私たちの現実と重なる。
ロシアのウクライナ侵攻やガザ紛争が示すように、恨みが正義へと変換された瞬間、暴力は容易に正当化される。右傾化が進む世界と国民感情に対し、本作は「敵を作る前に立ち止まれ」と静かな警鐘を鳴らす。
だからこそ、対立と分断を煽ることで利益を得るビジネス右翼にとって、この映画が広く支持されることは不都合だ。評判を落とすための低評価工作が行われたと考えるのは、作品の内容と反応のいびつさを見れば、むしろ合理的である。
ネットの薄っぺらい批判とデマに騙されないで。賞賛の声を信じて良かったと思える映画です!
細田守監督の芸術表現の進化や挑戦が感じられる、熱意のこもった映画です!
作品全体のテーマである「復讐」「生きること、死ぬこと」や主人公スカーレットの葛藤や成長を、圧倒的な映像美と色彩表現、音楽と演出の相乗効果といった芸術表現によって物語の熱量を保っているのが素晴らしいです。
テレビで後々観るよりも、今映画館の大画面で見て良かったと、心から思える作品です。
ストーリーでは登場人物の心情描写や派手な展開などをじっくり描きながら、すべてを説明しすぎずストーリーに「余白」をうまく作り、観終わった後も「自分ならどう受け取るか」を考え続けられることができます。
どんなテーマが隠されているのかと、誰かと感想を語り合いたくなる映画です。
多彩な人生経験を積み重ねた後などにどう感じるかなど、何度も見ても楽しめるとても素晴らしい作品です。
そして、芦田愛菜さん(スカーレット)や岡田将生さん(聖(読・ひじり))など、数々のキャストの方々の熱量がこもった演技が、登場人物の心情を分かりやすく表現しており、映画の描写を際立たせていて素晴らしいと感じました。
また、当たり前のことではありますが、この映画を見てネットの批判なんて役に立たないことが改めて分かりましたね。文句しか言えない人間なんて社会で必要とされてません。
中身のない批判しかできない人たちなんて放っておけばいい。たかが知れてます。
そのレベルの言動に振り回されるほど、人の人生は安くありません。
ここまで私のレビューを読んでいただきありがとうございました!
細田守監督の芸術表現の進化や挑戦が強く表現された映画です。まだこの映画を観たことがない人にも、既に観たことがある方も、ネットの薄っぺらい批判などに騙されずに、この作品を楽しんでいただきたいです!
追記 コメント欄にて私の「批判意見の捉え方」について誤解されている方がいくらか見られるため、記述しておきます。
まず、私はすべての批判的意見を「平常な意見」として一括りにするような考え方には賛同しておりません。
批判であること自体ではなく、その批判が何に基づいて語られているのかは、区別して考えるべきだと思っています。
私は「どのように批評するか」という姿勢について意見を述べたのであって、
否定的な感想や批評を書く行為自体全てを否定しているわけではありません。
私が問題にしたかったのは、内容に踏み込まないまま評判だけで価値を断じる態度についてです。
この作品の受け取り方が多様であること自体は当然ですし、
この文章もその中の一つの意見に過ぎません。
その点をご理解いただければと思います。
ネットにおいても現実と同じくマナーを守り、
意見を送る際には意見を受け取る側の気持ちを考え、建設的な意見によって議論がされることを願います。
教養のある観客には問いを残し、ない観客には不満だけを残す。
「分かりにくい」「ご都合主義すぎる」「感情移入できない」と言われるのは、この映画が失敗したからではない。
単に、説明されないと物語を追えない人を、最初から相手にしていないだけである。
物語がきれいに回収されないのは脚本の欠陥ではなく、バルト的に言えば「読む側の労働」が放棄されていないからだ。
それを「ご都合主義」と呼ぶのは、物語が自分の理解水準に迎合しなかったことへの八つ当たりに近い。
人物の行動が腑に落ちない?
それは描写が浅いのではなく、世界や歴史や倫理が一直線で説明されるものだと信じている側の想像力の貧困である。
ハムレットを見て「結局どうしたいの?」と言うのと、本質的に変わらない。
要するにこの映画は、教養のある観客には問いを残し、ない観客には不満だけを残す。
評価が割れるのは必然だ。
理解できない側が「ご都合主義」と叫ぶのも、文化史的にはおなじみの光景なのだから。
生きるとは、死ぬとは。自分を赦し限りある命を無駄にしない。苦しむなかれ、悲しむなかれ、只楽しく生きよ。
★果てしなきスカーレット考察
現在、過去、未来、異世界
見果てぬ場所=遥かな世界=理想世界=天国=極楽=菩提、人の状態は涅槃、生も死も混じりあった世界観。
菩提、人が争わず平和に生活し人としての可能性を究める。
聖、医療、癒し、自己犠牲、不惜身命の心。
見果てぬ場所=天国を独り占めしようとする為政者は、民に戦争をさせる。その傍らにいるのは欺く者。
仁王。命の世界の理に仕える者。
音楽、悠久と情熱。踊り、陶酔。 生死とレム状態、夢。 夢の状態であるが惰眠ではない。
沈むよぅなイメージ。
龍は守っている。
この世の果ては、山の頂の目には見えない階段を上がるようなイメージ。両手手放しで。何も持たずに。
全体像として、生も死も、善も悪も捉えることのない、現実。すべてが混在する。
現在、過去、未来、異世界が混在する。繋がっている。
未来のために今を良くすること。
争いがなく、貧しい者が馬鹿を見ない。だれも騙さない社会。
未来のために。
赦すこと。
スカーレットとは細田守その人。作品を通じ真理を究明している人。
愛と平和。
★感想です。
離婚した人、裏切られた人、大切な人を失った人、
自分を赦せずにいるすべての人へ。
生とは、死とは。そして、赦すこと。自分を赦すこと。復讐などに明け暮れて、人生を無駄にしてはならない。例えば離婚したなら、引きずらず自分を赦して命あることを謳歌したら良い。こだわらず。新しい出会いに心許していく。時間は待ってはくれない。人生を大切にどうぞ。
果てしなきスカーレット ── 私が三度泣いた理由
劇場の灯が落ちた瞬間、空気が凍るような静寂の中で、私は初めて彼女と出会った。
スカーレット。
瞳に燃える復讐の火を抱えた、たった一人の王女。
細田守監督が四年半をかけて紡いだこの物語は、私の心を抉り、焼き、溶かし、最後には優しく包み込んでくれた。
一度目は混乱し、二度目は怒り、三度目にしてようやく、私は彼女の涙の意味を理解した。
そして、嗚咽が止まらなくなった。物語は、中世のデンマーク王国で幕を開ける。
父王を叔父クローディアスに殺され、王位を簒奪されたスカーレットは、死んだ。
だが死は終わりではなかった。彼女は「死者の国」──灰色の空が果てしなく続く、魂だけの荒野──に落ちる。そこで出会ったのは、現代の日本から迷い込んだ看護師の青年・聖だった。
彼は言った。
「赦すとは」
その一言が、復讐に染まった少女の心を、ゆっくりと、でも確実に蝕んでいく。最初に胸を締めつけられたのは、死者の国を歩く二人の背中だった。
風が吹くたびに灰が舞い、亡霊たちが無言で道を塞ぐ。スカーレットは剣を握りしめ、聖はただ傍にいる。
言葉は少ない。けれど、沈黙の重さが、たまらなく痛い。
彼女は叫ぶ。
「赦すなんて、できるはずがない! 父を返せ! 私の全てを奪ったあいつを、殺さずにいられるはずがない!」
その声は、割れたガラスのように鋭く、私の鼓膜を貫いた。
わかる。あまりにもわかる。
誰かを失ったことのある者なら、誰もが一度は抱いたことのある憎悪だ。
私はスクリーンの前で、拳を握りしめていた。
この少女の痛みは、シェイクスピアの『ハムレット』を思わせる。父を叔父に殺され、王国を奪われたハムレットの苦悩を、細田監督は現代の私たちに投げかけてくる。だが、ここで違うのは、スカーレットが一人で抱え込まず、聖という光の存在に出会うこと。看護師の彼は、戦う剣ではなく、癒す手で彼女に寄り添う。穏やかな眼差しが、灰色の荒野に小さな灯りを灯すのだ。それから旅は続く。
死者の軍勢との戦い、闇に包まれた城。
剣戟の火花が夜を裂くたび、私は息を呑んだ。
作画とCGが溶け合う瞬間は、まさに奇跡だった。
スカーレットの髪が風に靡き、マントが血のように翻る。
彼女が剣を振り上げるたびに、スクリーンが脈打つ。
生きている。
この少女は、今ここで、確かに息をしている。
芦田愛菜の声が、少女の脆さと怒りと、それでもどこかに残る優しさを、すべてさらけ出していた。
役所広司のクローディアスは、底知れぬ闇をたたえながら、どこか哀れですらあった。
岡田将生の聖は、ただ静かに、ただまっすぐに、彼女を見つめ続ける。
その視線の温もりが、私の頬を濡らした。
細田監督のこれまでの作品――『時をかける少女』や『サマーウォーズ』――では、家族や友人の絆が奇跡を呼ぶが、本作ではその絆が「赦し」というテーマに昇華される。死者の国は、ただのファンタジー空間ではなく、私たちの心の闇を象徴する。亡霊たちは、過去のトラウマの化身。灰色の空は、憎しみに覆われた心。スカーレットが一歩進むごとに、風景が微かに色づいていく描写が、胸を打つ。岩崎太整のスコアが、低く響くチェロの調べで、絶望の深みを増幅させる。戦いのシーンでは、ドラムが心臓の鼓動のように鳴り響き、観客の息を奪う。道中、二人はさまざまな試練に遭う。
老婆の導き、墓掘り人の予言、ドラゴンの咆哮。
これらは、ダンテの『神曲』を思わせる。地獄の門をくぐり、煉獄を這いずり、天国への道を探す旅。スカーレットは、父の幻影に苛まれ、クローディアスの過去を垣間見る。叔父の業は、単なる悪ではなく、奪われた痛みの連鎖だった。父王の時代、王国は繁栄したが、クローディアスは、兄の影に潰され、愛を失い、狂気に陥った。スカーレットがその真実を知る瞬間、剣先がわずかに揺らぐ。復讐は正義か、それとも新たな闇を生むのか。聖の言葉が、静かに響く。「君の痛みは、僕の痛みでもあるよ」。看護師として、数え切れぬ死と向き合ってきた彼の共感が、スカーレットの壁を溶かす。
私はここで、二度目の涙を流した。なぜなら、それは私の物語でもあるから。日常で抱える小さな恨み――失った仕事、壊れた関係、癒えぬ傷。スカーレットのように、剣を振るわず、ただ受け止める勇気が、どれほど難しいか。そして、あの夢のシーン。
死者の国の果てで、スカーレットは聖の夢を見る。
そこは、未来の渋谷。
ネオンが煌めき、無数の人々が笑いながら行き交う。
突然、音楽が鳴り始める。
スカーレットは、キラキラしたドレスを着せがまれて、照れながらも踊り出す。
聖と手を取り、くるくる回る。
灰色の世界で凍えていた彼女の頬に、初めて笑顔が灯る。
その笑顔が、眩しすぎて、私は目を覆った。
涙が溢れて、指の間から零れた。
ああ、そうか。
彼女はこんなふうに笑いたかったんだ。
父が生きていた頃、きっとこんなふうに、誰かと笑い合いたかったんだ。
このミュージカルシーンは、賛否両論を呼んでいるだろう。唐突に感じるかもしれない。だが、それは意図的だ。死者の闇から一転、未来の光をぶつけることで、赦しの可能性を示す。渋谷の雑踏は、多様な魂の交差点。スカーレットが踊る姿は、復讐の鎖から解き放たれた自由の象徴。歌詞が、心に染みる。細田監督の前作『竜とそばかすの姫』で描かれた仮想世界の輝きを、現実の希望に変えた瞬間だ。クライマックスは、見果てぬ場所──クローディアスがいる最果ての地。
スカーレットは剣を突きつける。
だが、クローディアスは門の前で懺悔している。
「民を見果てぬ地へ連れていくために悪いことをした。赦してくれ。」
その告白に、スカーレットの剣が震える。
赦すことなど、できるはずがない。
でも、赦さなければ、この憎しみの輪は永遠に回り続ける。
彼女は剣を下ろした。
そして、泣きながら言った。
「……許します。殺された父の娘の私に謝って。 」
その瞬間、光に包まれたが、クローディアスは根っからの屑だった。
ドラゴンの雷撃にやられ虚無となった。
赦しを宣言した瞬間に、相手が救われるとは限らない。
赦したからといって、悪が消えるわけではない。
それでも、赦すという行為は、自分を鎖から解き放つための、たった一つの鍵なのだと。
赦したからこそ、次の朝を迎えられる。
赦せなかったら、永遠に死者の国を彷徨い続けていただろう。これこそが、今この時代に必要な赦しの形だと思った。
綺麗事ではない。
血と涙と、やりきれない思いを残したまま、それでも「赦す」と口にする勇気。
相手のためではなく、自分のために。
老婆の言葉が、蘇る。
私は泣いていた。
隣の席の知らない人も、肩を震わせていた。
誰も何も言わなかった。
このラストは、『ハムレット』のifストーリー。ハムレットが復讐を選ばず、赦しを選んだ世界。細田監督は、現代の戦争――ウクライナの惨劇、パレスチナの叫び――を念頭に、この祈りを描いた。完璧ではない。脚本の粗さ、説明の不足がわかる。だが、それが人間らしい。赦しは、完璧な論理から生まれるものじゃない。泥臭い、涙まみれの決断から生まれる。エンドロールが流れる頃、私は放心していた。
「生きるって、赦すことなんだね」
それは、説教でも教訓でもない。
たった一人の少女が、血と涙と絶望の果てに、ようやく辿り着いた、彼女自身の答えだった。
細田守は、完璧な物語を届けてくれなかった。
ご都合主義もあれば、説明不足もある。
ミュージカルの唐突さも、確かに気になる。
でも、それでいい。
人生だって、こんなふうに乱雑で、理不尽で、でもどこかに光を見出してしまうものだ。
完璧じゃないからこそ、スカーレットの涙は私の心に染みた。
赦せないと思っていた誰かを、ふと思い出して、胸が痛んだ。
もう会えない人を、許したいと思った。
許せたら、きっと楽になれる、と。
この映画は、細田監督の挑戦だ。従来の明るいファンタジーから一転、闇の深淵を覗き込む。死者の国は、コロナ禍の喪失、SNSの分断、社会の憎悪を映す鏡。聖の存在は、私たち観客の代弁者。看護師として、死生観を体現する彼を通じて、監督は問う。「君は、赦せるか?」。私は、三度目の鑑賞で、ようやく頷けた。赦すのは、簡単じゃない。だが、試みる価値がある。劇場を出たとき、空は茜色だった。
まるでスカーレットのマントのように、まるで彼女が燃やし尽くした復讐の炎が、最後に優しい夕焼けに変わったみたいに。
私は歩きながら、涙がまた溢れてくるのを止められなかった。
果てしなきスカーレットは、終わらない。
彼女の旅は、私の中に生き続ける。
赦せない思いを抱えたまま、それでも明日を生きようとする、すべての人の胸に。
この映画は、祈りだ。
戦争が続き、憎しみが連鎖するこの世界へ向けた、愚かで、痛々しくて、それでもまっすぐな祈りだ。
細田守のこれまでのフィルモグラフィーを振り返れば、『おおかみこどもの雨と雪』での母の孤独、『バケモノの子』での父子の葛藤、『未来のミライ』での時間の渦。すべてが、家族の絆と成長の物語だった。だが『果てしなきスカーレット』は、それらを内省的に昇華。スカーレットは、母でも姉でもなく、王女として王国を背負う。彼女の成長は、個人を超え、社会の癒しへつながる。死者たちの和解は、単なるハッピーエンドじゃない。赦しの連鎖の始まりだ。もしこの物語が、現実を変えられたら。ウクライナの冬、パレスチナの砂漠で、銃を下ろす人が一人でも増えたら。
私は、そんな夢を見る。スカーレットが、世界を優しく染める夢を。私はもう一度劇場に通うだろう。
四度目、五度目。
そのたびに新しい涙を流し、新しい赦しを見つけるために。
スカーレット、ありがとう。
あなたは、私の心を永遠に染めてくれた。
そして、聖のように、傍にいる誰かに、感謝を。
生きるって、赦すこと。赦すって、愛すること。
この果てしない旅を、共に歩もう。
酷評されてる意味が解らない
本当は星4ですが、あまり正当に評価されていない気がするので、あえて5にしときます。
あまり適切な感想が得意ではないので、読みにくかったらすみませんm(_ _)m。きちんとした考察は他者にお任せします。
みなさん、今どきの・・・魔法や術を使って殺し合いまくるアニメの観過ぎなのではなかろうか?。確かにこの作品も殺し合うのですが、ここには魔法も術もありません。ド派手なシーンも無ければ、仲間が殺されるシーンも無い(父の処刑シーンの直接描写は無い)し、なんなら敵や味方の格好いい台詞もありません。どちらかと言えば、他者も言っているとおり・・・細田監督の脚本のセリフはクサいです。他から脚本家迎えた方がいい・・・の、そこだけは同意します。
これは、父を無実の罪で処刑した相手に復讐する話ではありますが、そこには・・・。
話はたんたんと進み 盛り上がりに欠けるし、聖の行動はウザいし、セリフも(細田監督らしく)クサすぎるくらい、踊りもいらないし、なにより芦田愛菜の演技は良かったものの・・・声質が幼すぎてスカーレットに合っていない気もしました。
でもね、これはファンタジーであり テーマも結末も良いお話なんですよ。なにより映像も素晴らしい。確かに・・・現代が未来とするならば、良い未来になっていませんが・・・それでも酷評されるようなことはありません。きちんと観れば解ります。最初からうがった気持ちで観るからつまらないのです。なんなら、酷評されてる内容・・・他の大ヒットアニメにも当てはまってませんか?。自分が好きな作品はどんな矛盾でも許すけど、嫌いな作品は同じ事をやってても許さねえって・・・のは無しでお願いします。
私には酷評されてる意味が解りません。
言ってしまえば、これは大人向けのアニメかも。若い人には『鬼滅の刃』とか『呪術廻戦』とか『チェーンソーマン』をお薦めします。
これは 細田監督が作りたくて作った作品であり、雇われ監督のオリジナル作品で大ヒットしてるなんて限られています。今大ヒットしてるアニメって、全部原作ありき(ストーリーは映画オリジナルも含む)でしょ?。ここ何年かで大ヒットしたオリジナル劇場アニメって・・・なんだろう?。新海誠、宮崎駿、細田守・・・この3人がそれぞれが作りたくて作った作品以外で大ヒットしたオリジナル劇場アニメが思いつかない。なんかありましたっけ?
愛の奇跡を胸に虚無になりたい
ハムレットのシーンにもあったかも
ちゃんと細田作品してて良かったです。ただし監督の情炎100%の脚本は人を選ぶところはあると思います。たびたび転調する絵作りですがその点は舞台劇として見るとちゃんと成立していて面白かったです。ショックを受けたのは空中階段を登り切って水面から顔を出すシーンでせっかく美しい顔になったのに直後クローディアスにえげつなく汚されてしまい(顔の汚れは気持ちの暗喩でしょ?ここで汚すの?)キスするところで「え〜」となりました。聖くん、、、男まえやぞ
大変良かった
今までの細田監督の作品とは、設定が違うので評価が低いのだろう。
見た感想を書きます。
先国王の最後の言葉をめぐり、それを求めて旅するようだ。その言葉を聞いた事により、あるものは、何が正しいかを理解する。王女は囚われていた「使命」から解放され、自分自身の立ち位置を理解する。
20年以上前に読んだ小説「涅槃の王」を思い出した。
先国王の言葉「許せ」は、全てを許せ、肯定しろと。
これにより王女は「復讐の呪縛」から解き放たれ、自分の足で立てるようになった。
シッタールダの「肯」という言葉を思い出した。
「涅槃の王」を読んだ人に観てほしい。
逃れられない宿命に取り憑かれた、スカーレット=陳夢龍
それを導き解放する、聖(転生した先国王か?)=シッタールダ
生に執着する、クローディアス=ザラ王
この映画のテーマは、復讐や憎しみの連鎖を止める事ではなく、使命に囚われてて自己を犠牲にするのではなく、全ては肯定され、本来の自分を取り戻す物語ではないだろうか。
世の中の評価がオカシイ!
先日見てきた。
もともと気になっていた作品だ。
しかし前評判からよろしくない。
ん?どういうことだ?と思っていた。
しかもここのレビューで、プロが満足度や
完成度が高くないと平気で言ってしまっている。
何が起きているのだ?
監督に対してアンチの誰かが
ネガキャンでも張ってるのか?
そんな感覚の中、見に行った。
結果、面白かった!
いや、なかなか上等な作品だと思う。
なんでこんな評価になってるか分からん!
ちゃんと最後は泣ける展開だしね!
人それぞれだが、世界観を飲み込むのに
少し時間がいる。
この世とあの世の間にもう1つ世界があって、
死んだ人はまずそこに行き着く。
登場人物も戸惑うが、見ている観客も戸惑う。
単にそれだけなのにね〜
スカーレットがどうなるのか、
ご自身の目で確かめてみては?
素直に見れば、少なくとも映画料金分の
感動があると思う。
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