果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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素晴らしきスカーレット!
脚本がとか、設定がとか、色々酷評されているのでどんなにつまらない作品かと興味本位で鑑賞しましたが…素晴らしい映画でした。死後の世界…多分完全な死後の世界ではなくこの世とあの世の中間地点、リンボー涅槃の世界だと思いますがその描写が素晴らしい。涅槃の世界で死を意識すると本当の死の世界へ行くという設定でしょう。涅槃の世界は実際には肉体や物体のない意識(イマジネーション)の世界なので、突然に人が現れたり、場面が変わったり、変な生き物がいたりなど問題なく観られました。涅槃のほとんどの登場人物がスカーレット世代の人々であることもこの世界がスカーレットの心象風景であることを示しています。唯一、聖だけが例外なのは「時をかける少女」と似ています。導き手である老婆は黒澤明監督「蜘蛛の巣城」のもののけを連想させます。細田作品の主題は自己実現であると思います。これまでの作品も「家族になる」、「母になる」、「父になる」、「兄になる」、「人になる」…などがテーマでした。人になるをやった以上、今度は何を見せてくれるのかと思っていましたが究極の自己実現でした。魂の救済ともいえる本作のテーマは単純なストーリーながら奥深いです。涅槃の世界における景色も人物も出来事も実は全てがスカーレット本人による心象風景であって現実ではないのではとも思います。同時に鑑賞者達も自分だったらどうするのか?殺戮に殺戮を繰り返し、最後に仇討ちをすることで本当に心の満足がえられるのか…それとも…を考えながら観るのも良いかと思います。映画監督の中には自分のトラウマを作品にして自己解消するタイプの方がいます。ティムバートン監督などがその典型であり、彼の初期作品は常に他人に理解されない孤独がテーマでした。それが「マーズアタック」で理解なんて不可能なんだで決着をつけます。細田監督も似たような作風です。本作まで行き着いた先には一体何を作るのか?果たして作れるのか?次回作を楽しみに待ちたいと思います。
追記…これは私の妄想ですが…本作は恐るべき傑作です。以下、もろネタバレです。
以下のことを念頭におけば本作の理解が深まると思います。気になったのはスカーレットが覚醒した後に演説する際の民の数の多さです。あり得ない数の国民がいます。まさに世界に問いかけているようです。あの群衆の数はスカーレットの見ている世界が現実ではないこと示しています。つまりあのシーンでさえ彼女の心象風景です。
1.スカーレットは最後まで昏睡状態で死んではいない。
2.スカーレットはラストで覚醒していないし、憎き叔父も毒杯で死んでいないし、彼女は女王にもなっていない。それは彼女にとっての都合のよい妄想である。
3.スカーレットが常世で見ている世界は彼女の精神世界の深淵であり心象風景である。
4.その風景を見せて導いているのは死んだ父親の魂とこの世の理。
5.聖や未来世界とのつながりは彼女の精神世界である。
6.この映画は復讐心で苛まれた哀れなスカーレットのスカーレットによるスカーレットための魂の救済物語。
7.「未来世紀ブラジル」の妄想シーンが本作の全編になっていると解釈すると分かりやすい。
ずっと泣いていた
純粋に面白かった。人間の業とは…。
実写と違って、アニメはある意味何でもありな世界。
展開の幅広くてとても面白かったです。
何も考えず、最後までほぼ没頭できて、この時の感情はどんなものなんだろうと想像しながら見ていくのは本当に楽しいものでした。
私にとっては、前作のラストの若干の違和感より、今回の清々しいまでの終わり方にはとても好感が持てます。
誰の作品かと言うよりも、1つの作品として見る限り、こんなに綺麗で美しい映像の中、素晴らしい声優たちに囲まれて、頭で、必死にいろいろ考えさせられたことが辛いよりもとてもとても楽しかったでした。
この物語が少女の主人公だったことで、とても入り込みやすかったでした。
ぜひ鑑賞する人が1人でも増えてくれたらいいなと思います。
人間の業とは…。
本当に美しい物語でした。
此岸と彼岸
歳をとって徐々に映画館に行くのが億劫になってきたのですが、あまりの酷評の嵐に返って興味をそそられ『果てしなきスカーレット』を見てきました。
ズバリ、お子様の見る映画ではないです。その点、宮崎駿の『風立ちぬ』『君たちはどう生きるべきか』と同じ。
私は一度だけ、最悪の金縛り体験をしたことがあります。その際、体がドブ沼の底へ沈むような「落ちる感覚」と共に、どこの誰かも分からぬ叫び声を「聴き・感じた」のですが、スカーレットが暗殺に失敗後に毒で死にゆく際に体験した「あの状況」はまさしく「それ」と同じ感覚でした。まさか40年前の感覚を呼び起こされるとは思いませんでした。
時代や時の交差する地で巻き起こる現象。脈絡なく現れる敵とか。場面の移り変わりなど。これなどはもはや哲学の話であり、「人とはなんだ?命とはなんだ?」と冒頭から問うてくる、あの老婆と共に見る人が考え、感じるほかないもの。
私は小学生時代に国語の時間で読まされ、気味が悪くて大嫌いだった宮澤賢治の『注文の多い料理店』のことを思い出しました。此岸と彼岸とは、隣り合わせで表裏一体。心象風景の、妄想にして現実の、過去と現在と未来の交差した「あの世」の顛末(ちなみに今は宮澤賢治さん、大好きです。とてつもないイマジネーションの嵐。読むといまだに頭がクラクラしてくる)。
物語の終盤に現れた「門」は、彷徨う「ヒト」にとって固く閉じられた門だが、反射して下方に映し出された門はすでに開かれていた。天国の「門」を閉ざすのは、今の段階の文化・宗教・教養・知性等に縛られた「ヒト」のマインドのせいであると暗示していたのだろうと。
どうやら酷評は主に監督の脚本についてが大多数のようです。私は前作の『竜とそばかすの姫』も大好きだけれども、ちょっとありえない脚本の粗が気になり、それでも何度もリピートしてしまったのでした(エガチャンネルでも江頭2:50さんが分かりやすく解説していてすごいな、と思ったり)。本作品は、前作よりずっと一本筋が通っていましたので「脚本」が悪いとは私は思いません。
「仇討ち」に失敗した者への鎮魂と「立山信仰」
制作段階の紹介文に「仇討ち」って書いてあるの見て、完全にグローバル狙いだなと予想してたけど、想像以上だった。日本では理解されないかも知れないけど、世界からは絶賛されるのがわかる。細田監督、やりましたね。おめでとうございます。
「仇討ち」って書いてあってピンときたのは、覚えてないけど歴史小説の後書きに、「仇討ち」は誰でも彼でもやっていいわけじゃなくて、きちんと奉行所に届けて許可を得ないといけなくて、さらに失敗したらお家お取り潰しなどペナルティがある、むやみやたらにやられないようなシステムだったことと、逃げてるカタキを見つけるのも大変で、見つからない場合、戻れば失敗とみなされるし、見つけても相手が強いと返り討ちにあったりと、成功率がものすごく低いということだった。
細田監督が「仇討ち」というからには、この日本古来のエッセンスを入れてくるに違いないと踏んでいたというわけ。今更、「巌窟王」の焼き直しは絶対やってこないだろうと思ってた。
なので、仇討ちに失敗した者たちに対する鎮魂を描いてることは理解できた。憎しみに囚われる主人公に対し、現代日本の平和をみせ、時代に翻弄される運命の残酷さも伝わってきた。
すごかったのはここから。
われ先にユートピアに行こうと殺し合う人々。イスラエル、パレスチナの間にそびえるヨルダン川西岸地区の分離壁だ。(ヒジャブ姿の女性もいた)
険しい山での決闘は、たぶん監督の郷里、富山の剱岳だ。天国と地獄が共存する立山信仰がベースにあると思った。オババは阿弥陀如来だ。雷を落とすドラゴンは立山の水源の守り神、龍神だ。振り返ると、死の国に入ってすぐ見えたのは、賽の河原の積み石だ。間違いないだろう。
👉 立山信仰とは、富山県にある立山を神聖な霊山として崇める、山岳信仰の一種です。古代の神道と仏教が融合した「神仏習合」の信仰で、山の景観を地獄や極楽浄土になぞらえ、登拝を通じて死後の世界を疑似体験する「地獄と極楽の巡拝」という特徴があります。
富山県民は立山に対する思い入れがある。小学6年生の野外学習は、3000m級の立山の山頂を目指す。一人前と認められるための通過儀礼だ。一般の登山客が、大集団の半ズボンの小学生とすれ違う時に驚いた顔をする。何年かに一度、児童が滑落死する。しばらく自粛するがすぐに復活する。親も経験してるから何も言わない。東京からみたら考えられないことだ。
だから細田監督が、神曲がモチーフといいながら、立山信仰をさらっと混ぜ込んだ気持ちがわかる。
利己主義に走ったネタニヤフが倒れ、国民のために自己犠牲を厭わないと説く、女性総理、高市早苗さんがうまれる。
かりそめの平和を楽しむ日本にも、予想だにしない悪が存在する。だけど、自分の魂は自分にしか救えない。
分断より共存、死よりも生、憎悪より愛情。
国際社会に向けた力強いメッセージが伝わった。
すごーーーくいい作品です、見たほうがいい
いい作品でした
なんか、一個人が世相をみて良かれと思って作った作品を、ヘボとか、許さんとか、笑うとか、特に笑うとか非常にさもしい評価があり、まさに、味気ない地獄みたいな世相の中で、それでも個人はその中にある生きる希望や博愛の心を人は持ってるだよ、と教えてくれた作品でした
死の世界なんか誰も見たことないのに、ルールがないとか方向性がわからないとか、 そこは想像でええやん だって、アニメなんだもん 神曲の煉獄篇みたいな感じで連想して、今の戦火にある人達のことも馳せながらその中で、もし自分がそうだったらどうなんだろうとかでいいんじゃないの、これを見て私はやはり日本は平和な国なんだ、とつくづく思いました、
私は、結構、歳いってますが、人生の中で自分なりに絶望を感じたことはありました、その中で少しでも前にいけるように、時に楽しいことを考えたり、それを真似てきたりしたこともあって、劇中のダンスのとこは思わず泣いてしまった 笑うとか、
まー、何を思うかは本人の自由ですが、彼らに今から起こる絶望の参考になってくれればいいなー、と思います
飛躍かもしれませんが、特に聖は、看護師、弓使い、博愛精神から仏様の化身で、スカーレットの心のどこかで生きていた方がでてきたものだと感じました、劇中でダンスの前に彼が歌いだしたことをキッカケに、彼女の内面の映像が流れます、それは彼女が復讐鬼になる前の優しい一面を思い出させてくるかのように
そこから、初心を思い出すことによって人を許すことや自分を許すことの大事を覚醒させたように思えます
苛立ちや怒りや憎しみが多い世間で、そこに立ち戻る 明るい未来は自分の心の持ちようなんだよ、そんなメッセージをダンスから感じました、 あえていいますけど、そこを笑うとか まー笑っても、侮辱、侮蔑しても全部自分に跳ね返ってきますからね
とにかく、久しぶりいいアニメを見せて頂けました
何十年ぶりに同じ映画を2回見てみようかなー
おすすめです
心に響く作品でした。
細田守監督の作品が大好きです。他人、家族、友達との関わり方や、生きる強さなどを教えてくれて、生き方、考え方が変わるくらい影響をもらっています。
そんな、細田守監督の作品は子供ができてからも一緒に楽しく観ていて、(息子は中でもサマーウォーズが好きすぎだそうです)今回は息子がある程度理解できる歳になったので、映画館へ最新作を一緒に観に行くことにしました。
ストーリーの初めの方はグロテスクなシーンや戦闘シーンがかなりあり、息子を連れて映画館で観るのは間違えたかなと思ったのですが、ストーリーが進むにつれて、なるほどと思いました。最後は上手くまとまっており、涙が出るシーンもありました。息子には難しい話だったけれど、息子なりに何か感じとったようでした。(ですが、子供にはおすすめしません。)
ストーリー自体の意図は分かりやすく、
マイナスな事を考えていても、自分を苦しめるだけ。お互いの事を考えて、愛情を持ち、人生悔い無く楽しみなさいと細田監督流にアレンジした物語りなのかなと私は解釈しました。
以前、天国と地獄は自分が死んだ後に、自分がどっちに行くか決めると聞いた事があります。自分が人の為に生き、良い行いが出来たと思えたら天国へ、逆に少しでも、後ろめたい事があれば地獄へ、天国と地獄は自分が作り出すかたちだそうです。
今回の作品は悪いレビューが沢山あるけれど、私はとても良い作品だと思いました。
音楽が素晴らしいし、壮大感は再現出来てます。強いていうなら、CGが少し残念でした。それでも、観て良かったなと思いました。これからも、細田守ワールド楽しみにしてます。
絶望と挫折と孤独の果て
映画を観る前に「角川つばさ文庫」を買って読んだ。全ての漢字にふりがなをふっていて挿絵も有って嬉しい。文庫版よりコンパクトではないが、持ち運ばないから大きいサイズのほうが何かと丁度良い。
内容については様々な解釈が可能である。
スカーレット(声:芦田愛菜)の継母ガートルード(声:斉藤由貴)の心境と陰謀について、本には書かれていたが映画では詳細は描かれていない。しかし、そこは大事な部分ではないと思うし、本の設定と映画の設定が異なる可能性もあり、自由に考察しても良さそうである。
亡き王の娘で叔父への復讐を企てるスカーレットの状況は特殊であるから、各々の想像力が感情移入度と比例する。
「死者の国」と呼ばれる世界を冒険するのだが、その名を付けたそこの住人が真実を知っているという保証もなく、あらゆる情報は何もかも鵜呑みにはできない現代社会と類似しているとも考えることができる。おそらくゲームで例えたら「虚無」がゲームオーバーというのは確かなのだろう。もとの世界に戻るだけが目的ではなく、「死者の国」の謎を解くことも目的ではない。
絶望と挫折と孤独の果ての成長物語なのだ。
私の妄想だが、人はどんな物質を使っても天蓋の向こう側には行くことができず、その代わりに地底には別の世界が存在している。
人類が上ではなく下を本氣で研究すれば、真実に辿り着いてしまうだろう。
全ての人類の共通語が日本語というアニメの世界が好き。
髪がピンク色の女性キャラクターも好き。
得たいの知れない巨大な生き物や古代遺跡も好き。
純粋無垢な主人公が憎しみに支配されて人生の目的を見失う出だしも好き。
弱い者が強い者になるきっかけを描く作品も好き。
固定概念が壊れて新しい自分になる作品も好き。
心の変化を描く作品も好き。
勘違いでも良い。
本作は私のために製作してくれたのではないだろうか、そう思わせてくれる。
スカーレットが「…恥ずかしい」と言ったのは、聖(声:岡田将生)に異性を感じたからかもしれない。亡き父親の博愛精神と聖の言動がやや被る。聖が信頼できる男であると確信したスカーレットは、まだ恋を知らないはずだから、初めての感情に戸惑う。
聖から聞いた未来の世界と未来の歌を想像するスカーレットは、夢か幻か、楽しげに踊るもう一人の自分を見る。別の世界線に存在する短い髪の自分に似た人物、一緒に踊る聖に似た人物、その状況に憧れを抱き始める。…男女が楽しそうに夢中でカラダを動かしている…♥️。
最愛の父親がいない世界でも聖のお陰で希望を見いだすことができた。人生、捨てたもんじゃないってことを知って覚醒するスカーレット。こんなこと、いいな。できたら、いいな。叶えるためには、どうしたらいいだろう…まず、髪くらいなら今すぐできる…って感じかな。
結局、スカーレットが体験したことの詳細は不明である。
いかなる時であっても人を傷つけることを避けていた聖が、正当防衛のためなら実力行使もやむを得ないことを悟る。
「生きたい」と心から言えたスカーレットは、平和を脅かす陰謀や争いに備えが必要であることは勿論、希望を持つことの大事さ、許すことを課題としながら、思い描く憧れの世界に向かって、自分がすべきことをするという覚悟もしたのだ。
映像がとても綺麗で、声に感動できたから満足した。
正直言って興業収入だの興業成績は、あっしには関わりのねえことでござんす。人氣がなければ、ディズニーの『白雪姫(実写版)』のように映画館で鑑賞できた人は、人が体験していない貴重な経験ができたと喜ぶことができるし、もし映画が打ち切りになって早速サブスク配信されても嬉しい。私は困らない。氣に入らないことを氣に入らないとハッキリ言える平和な世界で良かった。自由に書かせてくれて、消さないで残してくれるサイトの運営に感謝します。ありがとうございます。
鑑賞後に再び本を読んで反芻して楽しんでいます。サウンドトラックも欲しいってことで満点評価です。
~~ 2025.12.8 追記 ~~
ナムコの『源平討魔伝』(1986年アーケードゲーム)のストーリーが、主人公である平景清(敗死した平家の武将)が地獄から蘇り、異世界からの力を得て宿敵を討つというものでした。宿敵ことラスボス源頼朝を倒すと同時に主人公もバラバラに散りながらハッピーエンディングになります。
本作『果てしなきスカーレット』は、異世界からの力と謎のドラゴンによって、主人公は虚無にならないで済むというエンディングを迎えました。宿敵を倒した時、謎のドラゴンのほうがバラバラに散りました...。
おそらく謎のドラゴンは、『すみっコぐらし』に登場する“アーム”のようにメインキャラクターを見守る、謎のままで解明されることのない存在なのでしょう。
最後まで楽しんで鑑賞できた
妻と子供(小3)を連れて鑑賞してきました。
世間では酷評が多い今作品ですが、個人的には大好きな内容でした。
物語で起こる全ての事に理由や理屈が必要となると確かに少し疑問を感じる部分はあるし、合う合わないはもちろんあると思います。
舞台が死者の国という曖昧なルールな世界なので、目の前で流れるスカーレット達の冒険をあまり頭を堅くせずに見ていました。こんなことも起きるよね。くらいの感覚で。
評価の低さから観るのを躊躇っている人はぜひ自分の目で見て判断していただけたら嬉しいです。
スカーレットも強く美しく、聖も映画を観る前はなんで現代日本人?なんでこんなモブっぽい雰囲気なの?って思ってましたが、聖という存在が映画にスパイスを加え、全然ありでした。やはり見てみないとわからないなーと思いました。
ちなみに一緒に鑑賞した子供も凄く楽しかったと言っていました。妻はつまらなくなかった。思ってたより楽しめたと言っていました。
むずかしいけど細田守の最高傑作
不器用すぎです
まずわたくしの評価基準は作り手メッセージが濃いかどうかが大きいので、視点が合わない方が多い前提でコメントします。
作品そのものは温もりのあるメッセージを感じられる点、おまけ評価込み星5つけさせてもらいました。今どきらしくない映画の良さを楽しめます。
●気になる点
皆様ご指摘の通り細田作品あるある、脚本中の設定不自然箇所、現代人が聖しかいない気がする点(モブまで注意深く観察したらいるのだろうか…)。死後世界で食料は何処で誰が作っているのか?死人に必要なのか?などなど気になります。また、シーンが単調に長く進む箇所があり、ストーリーが中だるみし途中で飽きてしまい(後半は盛り返すが意識が途中離脱する人も多そう、)観る人を振るいにかけてくる点笑。突然のミュージカルシーンへの違和感は世界線それぞれのギャップ感で現代社会平和部分の尊さを強調する意図とわたくしは受け止めましたが、観る人の多くはそう受け取らなそうだし、観てる側が少々恥ずかしくなる点。このあたりからのスカーレット心境変化も唐突過ぎてやや強引、何かもう一工夫ほしい点。あと、頑張ってはいるけど技術の追いつかない芦田愛菜の声演技。シーンごとの演じ分けが物足りずストーリーに集中できない点。
●よき点
冒頭でお伝えしている通り、昨今の映画としては珍しく、古臭い作り手のメッセージが良い意味で濃く伝わってくる。我々の生きる現実世界で起きている命への尊厳軽視など不穏な情勢に対する力強い祈りがあり共感できる点。また、映像の迫力や美しさは映画館前方での鑑賞をお勧めしたい。芦田愛菜の歌はよい。脚本のディテールにはツッコミ入りがちですが、トータルでは最後までちゃんと見続けることはできるので、そこまで酷いストーリー展開ではない。
というわけで、明らかに気になる点の方が多く星の数と矛盾しており、細田が思いを届けたい国内の相手には多分届きにくいのだろうな、閑古鳥のまま悪評とともに短期間上映で終わりそうだな、とも思いますが…
心の中でツッコミを入れながら大きな龍の表すものについて留意しつつ寛大な心持ちで鑑賞してほしい不器用な人の作った映画です。
いつか名作と称される日がくる
細田守監督作品の最高傑作と思います。私が観たアニメ作品(多くはないが)の中でもNo.1と言えます。厳しいレビューを投稿した皆さんには信じられないかも知れませんが、私はスカーレットが夢の中で未来の渋谷で聖とダンスするシーンを見て涙が溢れ出てしまいました。ひたすら暗い「死者の国」で復讐の為に彷徨っていくなか、それとは真逆の煌めく程明るい世界でキラキラの笑顔で踊っているスカーレットの姿に感動したからです。そしてスカーレットはどんな形であれ、必ずこの暗闇の世界から抜け出し「生きていって欲しい」と、祈ったのでした、。
現代の社会は「復讐の連鎖」を象徴するような戦争が各地で勃発しそれは何処も終わりが見えない。トランプの介入によりたとえ停戦が実現したとしても「憎しみ」「恨み」は消えないのでおそらく同じことが繰り返される。そこには互いを「許す」という概念は微塵もない。中世の昔も現代も為政者は「他国に勝つ事」で尊ばれるとの考えが消えない。口では隣国と共生するなどとも言うが、口を滑らせた我が国の為政者は戦うことを厭わないと同義語の発言をしてしまう。
映画の中の聖の言葉や行動、それにより復讐をやめ「許す」という概念を持ったスカーレット。綺麗事とあざ笑うのか、素直に共感し平和を希求するのか、、。
細田守監督は「争いの絶えない今の世界だからこそ、復讐をテーマにした」と言っている。
どれほど観客に伝わったのかは分からないが、少なくとも私は深く理解した。
映画comで異常なほど評価が低い時でも観たい映画はちゃんと観る。良作か駄作かは自分の価値観で決めればよい。って事を学んだ。
聖は生きている
細田守監督の作品は金曜ロードショーで放送された『サマーウォーズ』しか触れたことがなかった。そんな細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』。
予告を見て「面白そう」という単純明快な理由で観たが、観賞前は全くの予備知識無しで臨んだ為「一体どのようなストーリー展開になるのか」と期待もしていた。
観終えた感想を一言で言えば、素晴らしい。
復讐とは?許すとは?生きるとは?愛するとは?
至ってシンプルなようで難しい哲学的な問いを考えさせられた。
また、16世紀から来た復讐に人生を捧げるスカーレットと現代の日本から来た困っている人を見ると放っておけない心優しい看護師の聖。
時代も住む国も生き方も対照的な2人が同じ世界で同時進行し、親密になっていく描写も良かった。
これほど心に残る作品は最近の中で一番であり、観賞から3日後の今も余韻に浸っている。
そしてこの作品を観た後、一つ思うことがあった。
聖は生きている。
ラストのほうで虚無になり、死んでしまったのでは?と思う方もいると思うが、聖は生きている。
なぜ生きているのか。
聖が生きている理由は4つある。
①虚無=死ではない
公式が使っている作品上での虚無の意味は「その存在が消えてしまう」。
スカーレットとの別れ際、聖の存在そのものは消えてしまったものの、死んでしまった訳ではないので未来で誕生する可能性も否めない。
②別れ際、聖への要求
別れ際、スカーレットは聖へ「未来が平和になれば聖は殺されたりしないよね?そのために私なんでもできることするから!そしたらもっと長生きして!家族を作って、子供を作って、いいおじいちゃんになって!」と願うように要求した。
もしも聖がこれから死んでいくのなら、スカーレットはこのような言葉を投げかけるだろうか?
どう考えても不自然である。
この時スカーレットは「元の時代に戻って平和な世界を築けば未来で聖は生きている」と思った上での発言だろう。
③16世紀末に戻ったスカーレットが平和な世界を築き上げた
映像にもあったように16世紀末に戻ったスカーレットは平和な世界を築き上げた。そして世界が平和になったことにより数百年後に誕生した聖は殺されずにすんだのである。
④ 2034年の渋谷
スカーレット・・・16世紀(1501年〜1600年)のデンマークから来た。
聖・・・現代(2025年)の日本から来た。
スカーレットが気を失った時に見た、聖と一緒に踊っている場所・時代は2034年の未来の渋谷という設定で公式は「聖の存在する未来の世界」としている。
聖は2025年に死んでいるのなら2034年の渋谷で軽快に踊っていないのだ。
スカーレットと思しき女性は現代風の髪型と服装なのでスカーレットの子孫なのだろう。
元の時代に戻ったスカーレットは自分の本当の生きる意味を見出し、復讐に囚われていた人生から「子どもを死なせない」、「争いが無い平和な世界」を作り、聖のような心優しい女性としての人生を歩み始めた。
それが2034年渋谷で聖と踊っているスカーレットの子孫の表情が物語っている。
したがって上記の理由をまとめると、16世紀末に戻ったスカーレットは王女として平和な世界を築き上げた→世界が平和になったことにより数百年後に誕生した聖は2025年に殺されず、2034年渋谷でスカーレットの子孫と軽快に踊っている。
聖は生きているのである。
ちなみに、スカーレットが目を覚ました時「(聖がダンスを)リードしてくれた」と呟いていたので、踊っていた2人は恋人なのだろう。
※12/5追記
12月5日に行われた舞台挨拶『果てしなき全国キャンペーンin静岡』の質疑応答コーナーにて細田守監督ご本人に、私の考察の元「聖は生きているのでしょうか?」と質問させていただいたところ「この物語にはタイムリープが生じていて、別の時間を生きる人がひょっとしたら未来を変えるかもしれない、変えないかもしれない、その後はどうなったのかと想像するのは楽しいので皆さんの胸の中で考えてもらいたいです」という回答をいただきました。
ダーク x 戦う女の子 x ファンタジー が性癖な人には良い作品だと保証します!
まず前提として、私は明るめの作品も好きですが、バイオレンスな韓国映画や、ダークファンタジーや女の子がハードに戦う作品も大好きです。シェイクスピアとかそっちも好きです。そんな後者側も好き!という人には自身をもってお勧めできる映画です。
超巨大なドラゴンや大砂漠や火山や氷の山や美しい空という一大ビジュアルの中を、実際に観てみるとよりかわいいピンク髪女の子が壮絶な戦いの旅をする。ありそうであんまりないので、こっち側が好きという人はぜひ行ってみるべきでしょう。そっち方面としてはクオリティはとても高い作品なのは保証します。聖もわりと好感が持てるやつだった。
ただ、否定的意見があることは納得です。ただ思うのは、「品質が低い」というよりも「こっちの路線を期待したら、全然真逆の想定外の(=全然興味ない)ものが出てきた」というミスマッチ層が結構多いんじゃないかと思います。こういうダークな作品が好き!という人にはストライクなんです。得点高いんです。しかし『サマーウォーズ』や『竜とそばかすの姫』のようなポップ系細田を期待した人にとっては、たしかに裏切られたと感じる人もいるだろうなぁ...とは思いました。
たぶん、10億ドル越えした『ジョーカー』の続編、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(ジョーカー2)が"失敗"となってしまったのと同じような現象が起きているんじゃと思います。前作路線を期待した人とのミスマッチが大きすぎたのでは。
個人的にはジョーカー2は良い作品だと思いました。俳優陣の演技も素晴らしく、ミュージカルも豪華で"単独の作品"としては素晴らしいと感じました。しかし"ジョーカー"というシリーズで見ると、たしかに「コレジャナイ」と感じる人が多いだろうとは強く感じました。
多くの"ジョーカー"に期待しているのは、嘘で周囲をだまし、ナイフで次々と人を襲う超絶デカ盛りジャンクフードなスプラッタ劇でしょう。しかしジョーカー2は正反対で、殺しぜんぜんなしでジョーカー君は刑務所の中で悩んでいる。例えるならほとんどの観客はジョーカー1というビッグマックをパワーアップさせた超ビッグマックを食べに来たのに、実際に出てきたのは美しいフレンチのコースだった、という期待とは全然違っちゃった感じ。幸い私はフレンチが出てきても何とか楽しめる口なので楽しめましたが、残念ながら多くの人はそうじゃないとは思います。フレンチとしてはレベルが高くても、今日はビッグマックしか食べたくない!と思って店に来た人は困惑してしまってもまあ仕方ない。
このスカーレットも同じように感じました。スカーレット単体としては、素晴らしい要素はいっぱいありました。完璧でないかもしれませんが、ダーク x ジュブナイル x 女性主人公 ファンタジーや歴史劇的なものが好きな層にとっては間違いなくお勧めできます。今年のベスト映画に挙げる人だっているでしょう。私も含むそっち系の人には絶対に損はしないでしょう。
ただ、とくに『竜とそばかすの姫』のポップな音楽やカラフルな絵柄のパワーアップを期待して来た人には、まあそっちじゃないよな...とは十分理解できます。
別に誰も悪くないのです。ダークなヘビメタが好きな人もいるし、ポップで明るい音楽が好きな人もいます。問題なのは竜とそばかすのポップ側の人たちが誤って(?)デスボイスのヘビメタ会場に来てしまったことです。しかも竜とそばかすから細田作品に入った人が過半数だと思うので、残念ながら観客のほとんどはそうしたミスマッチを引き起こしてしまっても仕方がない...ダーク側の人にとっては、出てきたものは悪くないんですけどね。
たぶん、もしかするとこういう評価になっちゃうことは『竜とそばかすの姫』が出ちゃった時点で不可避だったんだろうなと思います。良くも悪くもその時の己の道を突き進む細田監督がたまたま竜とそばかすでポップ層をひきつけまくってしまったせいで、いざ次作が180度逆のこれとなったら阿鼻叫喚が起こるのは仕方ないよなぁと思います。4年半前からすでに決まっていた混乱が起こってしまった、そう感じます。
うだうだと書いてしまいましたが、まとめるなら壮大な世界をカワイイ女の子がもがきながら旅をする作品が好きな方はぜひ!実際観てみるとスカーレットちゃんすごくかわいいです。あれ、なんか自分そっちじゃないな...という人は、周りにスカーレットを観てきたご友人がいれば、「これ私に合いそう?」って聞いて相性判断していただいて決めると良いと思います。作品が悪いわけではないんです。『竜とそばかすの姫』のキラキラミュージカル連発!とはジャンルが別なんです。そっちを期待しちゃうと、たぶん両者にとって不幸が起こりかねないです...
長文失礼しました。個人的にはこっち側の作品の方が好きなので、細田監督の次回作もこっち寄りなら観たいな...とは期待しちゃってます。異論は認めます。むしろ異論の方が多いだろうとも認めます。
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