果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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引き込まれるパラレルワールドの世界観
「復讐」「生と死」がテーマの中で、
ラストがどうメッセージを作画するのか。
想像を超えてくるところに
さすが、細田守だと感じさせられた。
芦田愛菜の『生きる事は愛する事ではないか。』を感じさせるラストだった。
細田守の作品は、作品の持つメッセージ性を
表現するための“パラレルワールド”の設定が
絶妙。私が細田守の作品に惹かれるのも、そこだと思う。
それは、おおかみこどもの雨と雪もそうだし
バケモノの子もそうである。
本作も“死者の国”は、果てしなきスカーレットが
持つメッセージを表現するのに最高のパラレルワールドだった。
ただ、いままでの細田守作品と違って
かなり純文学的要素が強くなり
青少年や幼少期の子が理解できるかは
難しいところがある。
宮崎駿が風立ちぬを作成したときに
「今、理解できなくても10年後に理解できる作品を」と言っていたけど
果てしなきスカーレットも、
子どもがいまわからなくても
大人になった時に理解してほしい
物語だった。
新境地の世界観
I MAXで観て、率直によかったと思いました。
内容も映像も音もすばらしく、厳しい批判や酷評の多さとのギャップに驚きました。
急に場面が切り替わったり、場違いに見える人たちが現れたりもしますが、そもそも過去や未来の時間・空間が混じり合い、死と生のはざまの世界での出来事です。展開における多少の飛躍は登場人物の心にリアリティーがあれば問題にはなりません。我が身に置き換えてみても、記憶や夢の中にはいつも飛躍が満載です。
酷評した人の中には、細田作品を愛するがゆえにという人もいると思います。おそらく万人に理解されることより、伝えたい主題をとことん大事にした作品だと思うので、批判が起こるのは覚悟のうえであったかと想像します。個人的には、真の評価が定着するまでには多少時間がかかるかもと思っています。
シナリオは酷いが
細田芸術の最高傑作(追記あり)
細田監督の最新作が苦戦しているという記事をあちこちで散見するようになって、気になっていた。参加している映画系OCでは尊敬する管理人さんが見事な分析を披露してくれた。それはシンプルなもので。細田作品の無条件なヒット作は下記の通り。
●大ヒット:
『時をかける少女』 脚本:奥寺佐渡子
『サマーウォーズ』 脚本:奥寺佐渡子
『おおかみこどもの雨と雪』 脚本:奥寺佐渡子
(ついでに言うと、「国宝」の脚本も奥寺佐渡子!すご!)
●ヒットせず(一部酷評):
バケモノの子 脚本:細田守
未来のミライ 脚本:細田守
竜とそばかすの姫 脚本:細田守
果てしなきスカーレット 脚本:細田守
この分析、と言うかこの着眼点は見事で、まさに細田作品がどう見られてきたかを如実に語っている。だがしかしこれが細田監督が自ら望んだ評価であろうか?今回の🎦果てしなきスカーレットは起死回生の一作であったはずである。従来のヒット作は原作付きのマンガで作画を担当してたに過ぎず、恐らく細田監督自身の本意ではなかったのではないか?勿論監督を張る以上脚本家選びは監督自身のクレジットの元に行われ、その責任とその評価も監督自身が一心に負うものである事は言うまでもない。🎦果てしなきスカーレットが興行的に苦戦した原因は、①観客にテーマや表現が伝わりにくかったこと、②脚本や演出の評価が分かれたこと、③宣伝規模に比べて期待値が高すぎたこと、④同時期の競合作品に埋もれたことが大きいと分析されている。初動の低調 に関しては公開初週の興収が約2億1,000万円で、前作『竜とそばかすの姫』の同期間の約23%にとどまった。2週目にはトップ10から脱落するなど、細田守作品としては異例の不振にあえいでいる。また今回は以前以上に脚本・演出への酷評が目立ち「物語が散漫」「ミュージカル調が唐突」「キャラクターの感情が伝わりにくい」といった批判が目立ったりもした。一方で映像表現や芦田愛菜の歌唱力は評価されており、賛否が極端に分かれたもののドラマ性の欠落はどうしても期待した作品のテイストに対して極めて地味に映ってしまったのはいがめない事実かもしれない。
だがしかし私はむしろ細田監督は今回脚本を捨て、テーマを圧倒的なビジュアルエフェクトで表現したと感じた。今回の作品の映像は多くのアニメのワンカットへのオマージュや世界中の様々な風景絵画(例えばワイエスやマックスフィールドパリッシュ、ドイツロマン派のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの絵画など)への強いオマージュが見て取れた。この没我感はかつてのアニメでは体感できないものだったと思うぐらいの感動があった。地味な「許し」のテーマを見事な映像の波で飲み込むかのような作品だと思うのだが、そう言った声が専門家からもあまり聞こえてこないのは何故なのだろうか?
上記のリストからも分かるように明らかに細田監督が作家性を以って表現してる作品は全て映像と音楽の壮大さで構成されている。これに鑑賞者たちは気付かないのだろうか?特に批評家たちは細田の何を見ているのかは誠に以て不思議としか言いようがない。🎦果てしなきスカーレットは、脚本の弱さを補うどころか、脚本を捨てて映像そのものを「許し」の表現にした作品でる。 しかし批評家や観客は依然として「物語の強度」で評価するため、映像美やオマージュの豊かさが十分に語られることなく今回の低評価につながったものと推察される。これはまさに「作家性の転換」を見逃している現象だと言えないだろうか?
また🎦竜とそばかすの姫における「竜」と、今回の🎦果てしなきスカーレットでの「龍」の進化についての言及もほとんど見受けられない。虐待を受け復讐の権化と化した少年の心の象徴である「竜」をベルカ受け入れ癒す事で「龍」として昇華し、赦しの象徴としてスカーレットの元に現れる。この循環を見逃してはこの物語の真の意味は語れない。
2025年12月7日:細田監督の作品に関しての興行収入別ランキングで見た場合、リストが不正確では?のご指摘を受けました。調べてみたところ現時点での興行収入別ランキングは下記のようになっています。
🎬 興行収入ランキング(国内)【出典】映画評価ピクシーン
順位 作品名 公開年 興行収入(億円)
1位 竜とそばかすの姫 2021 66.0
2位 バケモノの子 2015 58.5
3位 おおかみこどもの雨と雪 2012 42.2
4位 未来のミライ 2018 28.8
5位 サマーウォーズ 2009 16.5
6位 時をかける少女 2006 2.6
?位 果てしなきスカーレット 2025 4.1(現時点)
こうしてみるとご指摘のように必ずしも細田作品が興行的に失敗してるという分析は間違いである事が分かります。この点については深くお詫びいたします。また先に掲げたリストは興行収入別と言うより話題性、発展性、批評的成功性、興行的成功性が逆転しているのが分かります。顕著なのがデビュー作の🎦時をかける少女、更に出世作となった🎦サマーウォーズはこうしてみると興行的には小規模ながら高い人気を今でも保持しています。一方最近の作品は興行的には成功しているものの批評家からの評価は制作回が増すに従い厳しいものになっていきます。それは細田作品に高い期待感と、一方で初期作品に見られた物語性との離別がその原因となっているのが先のリストと併せてみて頂くと分かると思います。
今までは初期作品のような等身大の少年少女たちの冒険譚に自らを、もしくは自らの青春時代を重ね合わせ瑞々しい青春の代償作用を作品から獲得する事が出来ましたが、制作回が増すたびにそこが失われ、新たな地平に細田監督が向かいだした証でもあったのだと思います。鑑賞者たちは過去作のカタルシスを求めて今度の作品こそは、またそれこそ今度の作品こそはと集まっていき興行収入こそは累積効果でうなぎ上りに上昇したもののファンと批評家たちの間には徐々にその曖昧な細田監督の立ち位置に戸惑いながらも過去作の遺産で補填をしていたの云うのが実情ではないでしょうか?そして今作品においては、前作🎦竜とそばかすの姫をスッテプとし、完全なる物語性との決別を果たしまた一つ高い高みに上り詰めたとみるべきではないでしょうか?一方の鑑賞者サイドは観には行ったがイマイチシュールで分かりにくかった🎦竜とそばかすの姫からさらに先に突き抜けた今作品を、鑑賞者たちも批評家たちも見捨てたのが今作品の「興行的失敗」となったと言うのが実情ではないか?
しかしこの興行的失敗は何ら恥じる事のない世界でありこの完成度の高さにとって全くその至高性が揺るぐこともない。細田守監督に置かれては揺るぐことのないこの方向性を今後も固持しぶれることなく突き進んで欲しいと願うものであります。
とっても素敵な映画。見ないと損。
スカーレットが魅力的です。
何処にも無駄なシーンなんてなかった…最初から最後まで目が離せなかった。正直最初は聖がそれ程好きになれなかったのですが、話が進むにつれ聖も好きなキャラになりました。
渋谷のシーンはスカーレットのイメージではあるんですが、現実世界ではなく、死後の世界だからこそリアルなイメージとして見えたのでしょうか。
もしも今とは違う時代に生まれていたらと、もう1人の自分の姿が見えて涙するスカーレットに、決意と共に長い髪を自ら切る姿に涙が止まりませんでした。
大好きな父上の敵を取る事だけを目標に、普通の女の子で、可憐な王女様である彼女がただひたすら必死に自らを鍛え上げ、兵士のように訓練を受けた訳でもない女の子が、実戦で戦う姿にも目が潤みます。
ラスト間近の本来敵でもあった相手に助けられ、最後の戦いに向かうスカーレットの姿にも胸が締め付けられました。
それと同時に映像が本当に美しく、劇場で見た方が良いクオリティだと思いました。
聖との別れのシーンは本当に美しく、そしてスカーレットが愛を知った重要なシーンでもあり、とても感動的です。
愛菜ちゃんの演技も凄いと思いました。スカーレットのイメージから、声優さんを起用したとしてもきっと新人さんになっただろうな…と個人的に思います。愛菜ちゃんだったからこそ、よりスカーレットが魅力的な女の子になったのだと思っています。
ドラゴンが滅茶苦茶カッコいいのですが謎ですね😂ドラゴンが悪者を成敗してくれるのでしょうか。カッコいいです。迫力も満点。
スカーレットが可愛くて仕方なくて2回行きましたが、全然足りないです。
素晴らしい映画をありがとうございます。
細田守の新たな到達点:時空を超えたラブストーリーと死後世界の奔放な創造、そして新たな統治思想の融合
細田守原作・脚本・監督による2025年製作(111分/G)の日本映画。配給:東宝、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント。劇場公開日:2025年11月21日。
めちゃくちゃ面白かった。特に、主人公スカーレットがたどり着いた「死者の国」の斬新さと美しさに驚かされ、そして感動させられた。
死後の世界でありながら、独裁者や大衆、天国を求める人々、強盗を襲う強盗、雷を落とす巨大なドラゴンまで存在し、死んでいるのに、なおもう一段深い死があるという世界が描かれる。その虚無を恐ろしがる人間たちの姿も含め、とてもユニークで人間の業の深さを見せつけられるようで意味深だった。巨大なドラゴンは突然現れて悪を滅ぼす。一神教の恐ろしい神のイメージを体現した存在なのか。この世界で再度死ぬと、枯葉のように変化し、虚無となって消えてしまうという映像表現が実にあざやかで、本当に消失してしまう悲しみを見事に描いていた。
そして険しい山の頂上には、普通には見えない天国「見果てぬ場所」への階段がある。その透明で美しい階段を登るスカーレット。こんな素敵な映像は初めて見た気がした。そして、登りきったところは大海の底で、そこを潜り抜けると南海風の楽園が広がる。今までの細田守の殻を突き破ったような、とても豊かで奔放なイメージであった。
スカーレットの敵を倒すアクション・シーンも、看護師の聖との出会い時の複数の戦い、聖を救う騎馬戦シーン、群衆の中での闘いなど、いくつか周到に用意されていて、彼女の俊敏さと強さ、剣を使った闘いのスピード感と迫力に大感激であった。
ヒロインの愛する相手が看護師という設定もユニークで、とても良いアイデアに思えた。医師ではなく男性看護師がヒロインの恋する相手という映画は、初めて見た気がした。理想主義者で、スカーレットに「いいこちゃん」呼ばわりされるところも、観客の気持ちに寄り添っていて良かった。そんな彼が、薬やマッサージで痛みを和らげてあげるといった看護技能を用いて、警戒心の強い旅団の人たちの心をたちまちつかむ展開が楽しい。下手くそながら一緒に踊る姿が魅力的で、声優としての岡田将生の優秀さも感じられた。
そしてスカーレットが、かがり火の燃える夜、2034年の渋谷に行くシーン。タイムトラベル表現は月並みとは思ったが、歌と踊りの映像に十分なトリップ感があり、とても素晴らしかった。お見事とも感じた。ただ、宣伝に使わずに伏せておけば、より衝撃的で良かったのではとも思った。
「死者の国」での最後、虚無となってまさに消えゆこうとしている聖に口づけをするスカーレット。アニメとして究極のラブシーンに思えた。消えゆく一瞬の輝きという、なんとも日本的な儚く美しい映像美に唸らされた。
そして、復讐に突き動かされ続けたスカーレットが、その果てに辿り着いたのが「許せ」の両義性。確かに、自分も含め世界中の人々が、今こそ必要としている価値あるメッセージにも思えた。
最後、毒を飲んで死にかけていたスカーレットは目覚め、デンマークの新しい王となって民衆に平和主義的理想を語り、熱狂的な支持を受ける。さすがに、ここだけは綺麗事すぎて少し見ている時は白けた。
しかし、中世デンマークには、映画の提示年代とはずれるが、王女マルグレーテ1世(1353〜1412年)が実在したことを知る。
彼女は1375年に5歳の息子国王の摂政としてデンマークを事実上統治し、さらにノルウェー・スウェーデンと連合したカルマル同盟(1397〜1523年)を成立させ、複数国を一体化させることで北欧全域を安定化させた。同盟は武力によるものではなく、三国の貴族・王族・有力者間の利害調整と協約によるものだった。王権を暴力や恐怖ではなく、交渉・合意・妥協・制度構築によって維持した稀有な統治者だったらしい。結果的にデンマークは、1534年にドイツ・ハンザ同盟の軍事侵攻を受けるまで、他国の侵略を受けなかったという。
戦争だらけの中世欧州でこのような歴史的事実があったとすれば、スカーレットの方針も絵空事ではなく、とても有効な戦略ということかもしれない。細田守の頭の中には、彼女の成功がスカーレットの一つのモデルとして、多分あったのだろう。
監督細田守、原作細田守、脚本細田守、製作指揮、澤桂一、製作桑原勇蔵 門屋大輔 菊池剛 市川南 齋藤優一郎、製作統括江成真二 工藤大丈 上田太地 小池由紀子、製作総指揮飯沼伸之、プロデューサー齋藤優一郎 谷生俊美 高橋望Co-プロデューサー櫛山慶 佐原沙知 荻原知子、作画監督山下高明、キャラクターデザインジン・キム 上杉忠弘、CGディレクター堀部亮 下澤洋平 川村泰、美術監督池信孝 大久保錦一 瀧野薫色彩設計、三笠修、撮影監督斉藤亜規子、プロダクションデザイン上條安里、衣装伊賀大介、編集西山茂、音楽岩崎太整、エンディングテーマ芦田愛菜、リレコーディングミキサー佐藤宏明、音響効果小林孝輔、ミュージックスーパーバイザー千陽崇之、キャスティングディレクター増田悟司 今西栄介、CGプロデューサー豊嶋勇作、CG制作デジタル・フロンティア、スタントコーディネーター園村健介、スタントアクター伊澤彩織、企画スタジオ地図、制作スタジオ地図。
声
スカーレット芦田愛菜、聖岡田将生、ポローニアス山路和弘、レアティーズ柄本時生、ローゼンクランツ青木崇高、ギルデンスターン染谷将太、少女白山乃愛、老婆白石加代子、ヴォルティマンド吉田鋼太郎、ガートルード斉藤由貴、コーネリウス松重豊、アムレット市村正親、クローディアス役所広司、墓掘り人宮野真守、墓掘り人津田健次郎、年寄りの長羽佐間道夫、宿の主人古川登志夫、波岡一喜、内山昂輝、斎藤志郎、上田麗奈、種﨑敦美。
私にとって「ゆるせ」は「恕せ」。でも難しい。
考えさせられることの多い素晴らしい作品でした。私は細田監督作品は「サマーウォーズ」一作しか観ていません。監督に対する先入観や思い入れが無かった分、作品単体として楽しむことが出来たのだと思います。
この作品には、悪が改心したり、復讐が成就して留飲を下げる、といったカタルシスはありません。映画館を出た後も「あれはどういう意味だったのだろう?」と考え込んでしまうシーンが多々ありました。細田監督は、あえて回答を映画の中で示さず「皆さんがそれぞれ考えて下さい」と「問い」を置いて行ったように感じました。
一番印象に残ったのは、父が謀略で処刑される際に残した「ゆるせ」という言葉です。私がこの言葉を聞いてすぐに思い出したのは「恕せ」でした。日頃使わない言葉だと思います。「赦せ」や「許せ」ではなく「恕せ」。私のかつての知人が「恕平(じょへい)」というお名前でした。その意味は「どうしてもゆるせないことであっても、寛大な心でそれをゆるすこと」だそうです。
しかし、人間は本当の意味で復讐の相手を「恕す」ことなど出来るのでしょうか?江戸時代の「仇討ち」は「国家が処罰を行う」ことと引き換えに禁止されました。それは決して「恕した」からではありません。また日本人は原爆を二発も落としたアメリカを本当に「恕した」のでしょうか?ひょっとしたら「恕した」はずの感情は消えることなく、心の奥深くに沈殿しただけで、いつかどこかで爆発してしまう恐れはないのでしょうか?
「復讐と恕し」というテーマを扱った小説では、菊池寛の「恩讐の彼方に」が記憶に残っています。しかし「果てしなきスカーレット」の仇であるクロ―ディアスは、最後まで救いのない悪党のままです。スカーレットは「復讐に取りつかれた自分自身をゆるせ」と解釈しますが、その解釈も今一つ腑に落ちません。この「ゆるせ」の解釈にも本当の正解は示されていないように感じます。
そして議論の多い渋谷のダンスシーンと、それに至る長いワープ。私は戦いに明け暮れる中世から現在までの、人類の戦いを減らすための長い思索の歴史を思いました。スカーレットの時代から聖の住む現代日本までには400年以上の時間が経過しています。その間に誕生した数多の哲学者と人権思想。アメリカ独立。フランス革命。植民地主義。王制から共和制への転換。そして先の戦争を経てのグローバリズムと多様化・包摂の時代へ。その膨大な時間の流れが、あの評判の悪い「長すぎるワープ」に込められていたように私は感じました。
まあ、勝手なことをつらつら書き連ねましたが、あくまで私の一つの解釈に過ぎません。しばらくは「酷評の嵐」はやみそうにありませんが、数年後にこの作品が「細田守監督の隠れた名作」として再評価されることを願っています。
この作品を家のテレビで観るのはあまりにも勿体ないです!
映画が終わった瞬間、
『思わず拍手しようとする自分に気づく』
なんて初めての経験でした。
スタッフスクロールでさえも、心地よい歌声を背景に、作品のひと続きとして感涙し浸りましたね。
是非、観に行くべきです!!
アンチな意見を鵜呑みにして、映画館に行かないと、今後、家のテレビで観たときに絶対に後悔します。
わたしは、ヒロインの声優役が、芦田愛菜さんとは知らないぐらいの、まったく情報無しで行ったのですが、もしも、この素晴らしい作品の、否定的な意見を目にしていたら、映画館にわざわざ足を運んでいなかったかもしれません。
今です!
いまなら、否定的な意見のおかげで、最高の音響と大画面を独り占め?出来ます。
これが話題になってしまったら、こうはいきません。
バリボリバリボリ、くしゃみや貧乏揺すり等々の他の観客に邪魔される羽目になってしまいますから。
すぐに観に行きましょう!
人間本来の核心的な心理世界の深い描写が込められている
細田守監督の作品を子供の頃から見てきて、新作が世に出る度に国内で広く親しみのあるサマーウォーズや時をかける少女よりも、脚本を監督自身が手掛けるようになってからは非日常的描写やファンタジー要素が増していっているのは間違いありません。
そこに、違和感や躓きを覚えてしまう視聴者は多いのは仕方ないのかなと。
その為、ファンタジー要素や今作品の「果てしなきスカーレット」にはシェイクスピアの「ハムレット」や聖書の宗教描写が多く含まれている観点として国内で視聴する日本人には馴染みがないといった理由で、これらの知識や生死にまつわる普遍的な人間本来の苦しみや悩みに直面して向き合った経験に基づいて視聴者として感じる温度差はあると感じました。
しかし、自分は主人公の強く生きようと足掻きながらも真っ直ぐな姿に感動し涙しました。
それから現代よりも少し未来から来た、もう1人の登場人物に関しても同じく、欠かせない人物で無駄な描写は一切無かったと思ったのが主観になります。
むしろ、これこそ極論になりますが果てしなきスカーレットに理解を得れなかったことへの視聴者の価値観は別とし、批評をする方のレビューや呟きを見て、この反映こそが細田守監督が予測して作品に描写込められているものではないかとまで感じさせられました。
作品の中でも主人公のスカーレットが「分からない」と声にしたり悩んだり葛藤する描写があります。
それは、視聴者も本作品の核心を分からなかったのではないのでしょうか。
個人的に、答えは得るものではなくスカーレットのように自ら気付いてこそのものだと思うからこそ価値観は違くとも、酷評のレビューを見て残念に思いました。
前作品の「竜とそばかすの姫」でも現実世界とネットワークが同時に二つ存在していますが、ネットワークの描写では主にCGでの動きと率直で素直な心の声でのキャッチボールのような心の核をファンタジー要素で包み込ませ、現実とは程遠いような違和感を抱かせる作品として描かれてあります。
しかし、疑問で別の視点で捉えたらその違和感こそ違和感ではなくなっていったことが見る視点によって大きく変えてくれる今の現代社会で大事な「踏み留まる」という観点を伝えてくれています。
細田守監督の作品はどれも、理想の未来志向や立ち向かう精神など一貫して含まれており、本作品でも本来の監督の想いを貫きつつ+αで死後の世界では人間の核心に迫った生と死、内面の葛藤、生きていく上で何が大事なのか、をとても率直に描いています。
それから、芦田愛菜さんの歌が素晴らしかったです。
細田守監督は声優を選ぶ時にその人本来在るものを活かせる人を選んでいる気がします。
芦田愛菜さんは哲学的にとても深い観念があられる方だなと以前のメディアを通して知りましたが、だからこそ本作品に関しても難しいテーマの役を演じられたのだと思います。
そして、別作品にはなりますが岡田将生さんと芦田愛菜さんは終止符の難しいかなり好みが別れる「星の子」という映画でも共演されており、お務めされています。
自分はその映画のあやふやな描写に意味を見出すのが面白くて好きな作品でしたので、ある意味でそちらでも共演されて果てしなきスカーレットでも声優として共にされたのが刺激的でした。
本作品に関しては、どちらの台詞もそうですが芦田愛菜さん演じるスカーレットの台詞は本当に少ないんではないでしょうか。
むしろ、それだけ少ない台詞にこれだけ感情を声に込めて出せる声優さんもなかなかいないと思っただけに震える声に感動に感動して泣いてしまいました。
違和感はあってもそこに疑問を抱いてみるととても、面白いだけではなく現代社会でも生きる上ですごく大事なことを教えてくれるきっかけにさせてくれる作品に出会えて嬉しい限りです。
細田守監督には芯を持って世に本作品を出してくれて感謝しています。
赤いピアス
お姫様の耳に飾られた赤いピアスが印象的でした。ピアスと言えば、「ミツバチのささやき」という映画でも、主人公の耳にピアスが輝いていた。それが幼い彼女を少年に見せない、女性らしさを表した象徴でしょうか。
映画として、とても面白かったです。本当です。よくある復讐劇かと思いきや、いきなり主人公と一緒に(冒頭で前振りはあったけど)死後の世界に放り込まれる、その仕掛けはとても面白かった。あれれ? お姫様は死んじゃったのかな? なんで? と、それを知るまで目を離すわけにはいかなくなる。
矢継ぎ早に(字、あってるかな)現代看護師の聖くん登場。もうポカンとなりました。中世とかそういう時代の話だと思っていたのに、SFか、はたまた異世界もの的な演出なのか。矢継ぎ早といえば、聖くんは弓使いでしたね。きっと高校とかで弓道部で慣らしたんでしょう。素人には弓が引けないと聞きます。
それはひとえに、未来の都会で踊るお姫様のシーンを描きたかったからなのか。看護師として現代医学で活躍する面白さもあるんでしょうけど、それが、復讐に生きるお姫様に、「もっと色んな人生があるんだよ」という可能性を示唆するための使いなのでしょう。
使いといえば、あれはなんだったんだろう。天空から襲来する龍の雷。仙人めいた達人のおばあさん。(ここから大きなネタバレですが)そもそも、何故、お姫様は生きながら死後の世界に落ちたのだろう。「仮死状態だから」という理由付けも考えられるけど、「世継ぎの女王様に課せられた試練」みたいに考えれば、「本当だった初代女王の伝説」みたいで面白い。
そういえば、アレと似てますね。「西遊記」で三蔵法師様が天竺に旅立つきっかけは皇帝陛下の地獄巡り。目を覆うほどの世の乱れに悲嘆したお釈迦様は(孫悟空の天界荒らしが収まってから)皇帝陛下を召喚したエピソード。こうして地獄巡りを経たお姫様は、新たな女王としてスタートを切る結末だったのですが、この映画はそこで終わりだったので、行く末は祈るほかはないでしょう。
最後の民衆に向けた演説で、不信感で顔を歪めた民衆に女王は演説。それを聞いた民衆は笑って新女王を讃えるんですが、なんでしょう。「しょうがねぇなあ。そう云うなら、まあ良いか」という苦笑いにみえたんですよね。なんていうか、あっけらかんとした流れだったし。そりゃ信用できる訳はないけど、前の前の王様は良い人だったし、なんとかなるかな? というところでしょうか。
文頭でも書きましたが、やっぱり自分の一番の印象は、耳の赤いピアス。あれをしっかり見せたシーンは腕に銃弾を受けて聖くんの治療を受けるシーン。脱がされそうになって「恥ずかしい」と思わず云ってしまったところとか。
そこまで復讐の鬼、男勝りの戦士っぷりだったのが、ふと少女の頃に戻ったような振る舞い。昔、優しい父親と過ごした明るい少女の頃の象徴が、あの赤いピアスだったと思う。映画が進むにつれ、戦い続け、傷ついて、いろんなことが起きる中で、ふと、少女の頃の彼女が顔を現しはじめる。如何に復讐に魂を燃やそうと、その少女の頃の彼女の本性は変わらない。その本性に逆らっているからこそ、お姫様は辛く悲しく不幸な道に歩んでしまっているのではないかと。復讐しなければ前に進めないけど、もしそのことを「許す」ことが出来たなら、本来の幸せな自分を取り戻すことができる。「色んな人生の可能性」も「都会で踊るシーン」に示唆されているけど、「本来の自分に立ち返る」というのも自分がこの映画に感じた根幹であると思います。
後は「生きたいと云え」とお姫様に訴えた聖くんの言葉でしょうか。もしかしたら、看護師として患者を励ます手段だったのかも。だとしたら、災害の現場で奔走するような、筋金入りの看護師だったのかもしれません。
ちょっとこの映画の評価が低いのが気になりましたが、個人的には十分楽しめたつもりです。割高のドルビーだったせいか、数人しか観客がいないがら空き状態。流石ドルビー、エンディングの澄んだ歌声が実に素晴らしかった。
ネットあてにならんですね
ネットの評価が最悪だがとにかく観てみないと思い本日…
結果は表題のようにあてにならんですね。
そんなに悪くない
むしろイイ
脚本もそんなに
CGと手書きのハイブリッドもそんなに違和感ない
声も悪くない
渋谷も別に※なくてもいいけどなぁ?
最後の天界のシーンはむしろ感動的な気がする
主人公が弱いのもイイ
唐突に別キャラがでてくるのも許せる
宮崎駿をある面では超えたのではとまで思えるシーンもあると思う
キャラ設定が弱い→貞本さんならもっと
世界観がわかりづらい
あと、何か道案内的なカワイイキャラクターがいればもっと完璧👌
インドよりも和製ディズニーの方がピッタリと思う
いゃあ〜いいものみせてもらったわぁ
別の宮崎ぽいなんとかポニ◯クの100倍いわぁ❗️
ぜひぜひ見に行って🙏
物語の空白や矛盾を楽しむことの大切さを忘れたくない
どなたかもレビューされていましたが、私も同じようにどうしてもレビューしたくてID作りました。あまりにも酷すぎる評価だなと…。
Xやニュース記事の批判的なコメント多分作品観てないと思います。それを観て観るのをやめてしまう人が一人でも減って欲しい。そんな気持ちでレビューしています。
結論、めっちゃ面白かった。出ていく人たちの会話も肯定的なものが多かったです。
自分の観た回も(11月30日で翌日がファーストデイ)7割席が埋まってる感じでした。
小学生のお子様には怖い描写もあるかもしれません。
内容には触れませんが、非常に満足のいく作品でした。(ちょこっと違和感の感じる作画や背景などもありましたが、そこは死者の国だからの表現なのでは?と考えています)
個人的な表現をして良いならば、今回の作品の評価の根幹には「過度な考察文化のデメリット」で、クリエイターにとって生きにくい世の中であり、本当に死活問題だと思いました。
物語の空白部分にそれぞれの解釈があって、違う解釈を驚きつつ楽しむ…それが作品を見る面白さや楽しさ、醍醐味なのに…。
自分の予測した通りに進まない、描写がないことを批判してたら、いつかどんな作品にも心が動かされなくなっちゃう気がします。
フィクションなんだから、都合よく話が進んでもいいと思います。
感想は好きに持ったらいいと思いますし、そうするべきです。だから他の方の批評を批判はしません。
けれども、私は私の面白かった!おすすめしたい!って気持ちをぜひ伝えさせて欲しいと思いました。
思想強め。だけど感動。
赦しても改心しない奴はコロスしかない
「サシャは狩人やった、森で獣を撃って殺して食ってきた、同じ生き方が続けられん時代が来ることはわかっていた、だからサシャを森から外にだした、兵士になったサシャは、よその土地に攻め入り人を撃ち、人に撃たれた。森を出たつもりが世界は命の奪い合いを続ける巨大な森の中やったんや。サシャが殺されたんは森を彷徨ったからやと思っとる。」
「せめて子供達はこの森から出してやらんといかん。そうやないとまた同じところをぐるぐる回るだけやろう。だから過去の罪や憎しみを背負うのは我々大人の責任や。」
パッパ聖人過ぎんか?身内の仇よ、5〜6回ぶん殴っても赦されるだろ?
パッパが包丁持った時、ワイは「ヨシッ!!刺せ!コロしてええぞ!」ってリアルに声に出して言っていた、そこからこの台詞よ、数分前の自分を恥じたね。
このシーンの前後の流れホントに良きよ、特に後の「よくもお姉ちゃんを!人殺し!友達だと思っていたのに!」ってシーン。
いやぁ~、キツイて、感情の起伏が、ホント心臓に悪い。
「お姉ちゃんのように困っている人を助けられる人になりたい」って言って、実際に助けてやった相手が、姉の仇よ、信じれんわ、よくもこんな話作ったな、人間性を疑うわ、パッパの「大丈夫か?」からのコレよ。
ぶん殴られて鼻血だしてるクソガキが赦されてよぉ、これで考えを改めないなら黒い龍に焼きコロされてほしい。
僕個人的には好きな作品です。
全904件中、41~60件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。