果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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過去と強欲と、憤怒と赦しと。
監督細田守。
シェイクスピアの『ハムレット』を下敷きにした、壮大な復讐と成長の物語。
【ストーリー】
中世末期のデンマーク。
主人公スカーレットはデンマーク国王アムレットの子として生まれ、愛されて育つ。
だが王は、外敵を呼びこんだ背信者と虚偽の罪名をかぶせられ、弟クローディアスによって刑にかけられる。
父の死を間近に見たスカーレットはクローディアスへの復讐を誓い、剣の腕を磨く。
だが実行の場ときめた舞踏会で、スカーレットは毒の盃を飲まされてしまった……。
目ざめた場所は、生者と死者が混在し、混沌うずまく、砂漠のごとき不毛の大地「死者の国」
デンマークとは似ても似つかぬ、そこはまごうことなき"地獄"であった。
そこで死ねば、死者はふたたび死に、混沌へと帰してしまう。
強き者が弱き者からすべてを奪い、さらに強き者がこのすべてを奪う世界。
復讐に目を爛々ギラつかせるスカーレットは、同じくこの世界に堕ちたクローディア王が恐怖と力で支配するそこで、未来の若者・聖と出逢う。
さて。地球上で最も著名な劇作家、ウィリアム・シェイクスピア。
自分が触れたのは、『ロミオとジューリエット』『リア王』の台本と、YouTubeの朗読劇で予習した『ハムレット』『ベニスの商人』。
むろん実際の舞台にふれた経験はゼロ。
いちおう藤原竜也主演の舞台動画なども見ましたが、ほぼほぼエアプ。
この、シェイクスピアエアプやろう。
そんなへちょい自分ですが、超初心者むけシェイクスピア作品解説ならできるかなあと。
その作家的特徴ですが、まず登場人物それぞれに、明確なる役割がふってある。
このお話ですと、主人公のスカーレットには憎悪や憤怒、父王は過去と優しさ、叔父王は強欲、女王は猜疑、そして聖は赦しと未来。
だいたいのフィクションにはその傾向があるのですが、シェイクスピアはそれがひときわ強い。
次に、セリフが印象的。
ハムレットの有名どころだと、
「生か死か。それが問題だ」
とかね。
このセリフ自体が、スカーレットの行動原理にも反映できるのはおもしろいです。
みずからの生か死か。
にっくき仇の生か死か。
悲劇的状況をつくりあげて、強い動機でしばって苦悩を掘りさげる作風です。
せっかくなので、スカーレットと比較すべく、原案のハムレットのあらすじもあげておきましょう。
注意!ここから『ハムレット』ネタバレします。
↓
『ハムレット』
原作シェイクスピア
【ストーリー】
デンマーク王が頓死する。
王の弟クローディアは王座にいすわり、女王ガートルードは彼と婚姻する。
王子ハムレットは、邪悪なクローディアの王座と、それに侍る母ガートルードがゆるせず、
「弱きもの、汝の名は女!」
と叫んですべてを遠ざける。
ある夜ハムレットの前に、父王の幽霊があらわれる。
「我はクローディアが耳に注いだ毒によって殺された。わが子ハムレットよ、クローディアを殺すのだ」
叔父王クローディアならやりかねぬと思いつつ、優しかった父がそんな非道を押しつけてくるとも信じられず、ハムレットは煩悶する。
「生か死か、それが問題だ!」
先王と同じ名前をもち、国民に人気のあるハムレット王子。
それをおもしろく思わず、国外へと追い出さんとするクローディア王。
その意をはねつけて逃げ、盟友ホレイショーをたより、デンマークにとどまるハムレット。
だが、心から愛した婚約者オフィーリアを、
「尼寺にゆけ!」
強くなじって遠ざけたにも関わらず、ハムレットを信じた優しき娘は、やがて頭がおかしくなり、川で溺れ死んでしまう。
オフィーリアの兄レアティーズは、葬儀で埋められる美しき妹の骸を目の当たりにして、ハムレットへの復讐を誓う。
クローディア王は王の間にハムレットをおびきだし、レアティーズと剣術の試合をさせる。
ハムレットにわたしたのは安全な模擬剣だが、レアティーズの剣は本物で、切っ先には毒が塗ってあった。
試合は白熱する。
ハムレットを心配する女王ガートルードが、渇きをおぼえ、ハムレットの盃を干す。
それは毒杯で、女王はクローディアを受け容れたまちがいを告悔しつつ死んでしまう。
クローディア王の陰謀がつまびらかになり、ハムレットとレアティーズの決闘がはじまる。
レアティーズは毒剣でハムレットを傷つけるが、レアティーズの剣を奪ったハムレットもまた、レアティーズを傷つける。
レアティーズはクローディア王の行った悪逆をあかし、息たえる。
ハムレットはクローディア王へ復讐を果たし、自らの後を追おうとするホレイショーを思いとどまらせ、デンマークの未来を彼にたくす。
↑以上です。
長。
ハムレットはスカーレットとして、人物配置はほぼそのままですが、ストーリーはまったくちがいますね。
舞台からちがうので、同じにはなりようがないっちゃないんですが。
スカーレットの舞台「死者の国」は、地獄というよりも煉獄が近い。
キリスト教における地獄は、死者が永劫の罰に苦しむ場、煉獄はその手前で、神への贖罪の場。
罪に穢れた身を清める場所とされています。
ハムレットは自らの罪と共に滅びますが、スカーレットは謎の老婆にみちびかれ、聖から復讐心をすて、赦しを与えよと求められます。
ずっと興行の不審が伝えられてきた今作。
自分なりに理由があげられなくもないです。
まずは『ダンテ神曲』の「地獄の門」など、キリスト教世界観の、日本人にはなじみのないストーリー上のシンボル。
もう一つ。
こちらが言いたいことのメインになるのですが、スカーレットというキャラクターの"重さ"じゃないかなと。
なんでか話題にならないのですが、実は大半の視聴者って、悩む主人公が好きではないんです。
主人公って感情移入の主たる存在なので、ストーリーにふり回されて一喜一憂させられるのは、たしかに疲れます。
『キルラキル』というテレビアニメがあったのですが、その主人公・纏流子(まとい・りゅうこ)は、反抗期まっただ中で、ストーリーが進むごとに設定を後出しされて、傷つき、翻弄され、まわりに強がりながらも成長するのですが、前半のライバル・鬼龍院皐月(きりゅういん・さつき)の方が、はるかに人気あったんですね。
深夜アニメで、視聴者の年齢層が高かったのも、若さゆえの煩悶が受け容れられなかった理由かもしれませんが。
人生しんどくなると、鬼龍院皐月に肩入れする理由、わかります。皐月は最初から裏設定知ってるキャラだから、悩まないし、ゆらがない。
大人はまいんち大変すぎるんだもん。この上フィクションのキャラの悩みにまで左右されたくない。あと、皐月ナイスバディ。超ナイスバディ美女。
まあ自分は満艦飾マコ派なので。
もどって当作。
111分のほとんどがスカーレットの苦悩と煩悶、そして懊悩。
つら。
シェイクスピアを予習してなかったら、自分もしんどかったろうなあ。
ここからは手前味噌な自論になります。
この『果てしなきスカーレット』
ハムレットよりも似ている物語あるんじゃない?
その名は『もののけ姫』
そう、あの宮崎駿全盛期の傑作です。
迷いなき益荒男・アシタカが、聖。
そして生まれの複雑さゆえに戦いを選んだ、オオカミ神モロの子であり人間の娘・サンこそ、このスカーレット。
敵を赦すことができず、それでもこの気持ちと共に歩まねばならない苦悩。
すべての責務を背負った最後のシーンは、もののけ姫の一歩先で決断した、姫ではなく、もののけたちの女王として立つサンの姿とも言えましょう。
強引な解釈であることは認めます。
でも、楽しい妄想でもあります。
日本では残念な結果に終わりそうな当作ですが、海外、なにより舞台となったヨーロッパでは、受け容れられてほしいなあ。
自分は、泥にまみれても前へすすむスカーレット、魅力的な細田ヒロインの中でも、最高にかっこいいと思っているので。
良かった!
引き金を引く勇気〜もう一つの物語
本作は復讐に囚われたスカーレットが父王が残した言葉である赦しの意味にとまどいながらも気付いていく物語であり、紅はるかちゃんは聖の弾き語りをきっかけにして父王が望んだ本当の自分に時を超えて巡り合う。
本当の自分とは何か、それは神様には人間の言葉は分からないから私たちは踊るのだというキャラバンの老人が言うようにロゴスの世界では語り尽くせない。
生きてりゃ踊るでしょの辻󠄀本知彦の振り付けによる渋谷駅前でのバーチャルなダンスシーンは緻密な作画によるスカーレットの表情も合わせてそれ自体が作品であり答えである。
あえて言うなら輝ける生命。
この作品には実はもう一つのストーリーがある。
映画の冒頭でスカーレットは見果てぬ地で聖の影と出会う。しかしそれは突然中断され気がつけば亡者の海に囚われた自分がそこにいる。
いろいろな意見があるがこれは現世での無念や未練を背負った者が落ちる場所で聖とスカーレットの魂は出会うやいなやそこに導かれたのだと思う。
それは何故か。何故唐突にも見えるこの二人の旅は始まったのだろうか。
聖には不戦の信念のようなものがあり、子供たちを救うために咄嗟に身を挺して暴漢の刃を受けて亡くなった。
同じようなシーンは本編中でも何度か繰り返され、さっきまでの敵に献身的な治療を施すシーンはキャラバンの老人たちを気さくに看護する姿とともに印象的だ。
そんな彼は何度も剣の達人であるスカーレットに助けられている。
彼がここへ来た理由、それにスカーレットと出会った理由はつまりここにある。二人の運命そして無念や未練、やり残した事ーそれは二つであって一つ。コインの表と裏なのだ。
彼に欠けていたもの、それは引き金を引く勇気であり、スカーレットを守るために矢を射ち、襲い来る二人目に対してあえて弓を捨てて立ち向かったのもここは現世ではなくやり残した事がある者たちの場所だから。
聖がボルティマンドに最初に握手を求めた時、何かを値踏みするように聖を見た彼はそれを捨て置いて去った。
見果てぬ地の入口のある山上で再び手を差し伸べられた時、聖を戦士として認めたしるしとしてその手を握り返した。
恐らく現世における聖は無駄死にであり、生命を捨ててすら守ろうとした子供たちを守れなかったのではないだろうか。
やり直そうにも彼はもう死んでしまっている。そして死者の国でスカーレットが絶対に守るべき相手になった時に彼は己の無念を晴らす機会を得たのだと思う。
世界には自分とNPCしかいない
あまりにも評判が悪いので、見にいってみた。
が、興味深い作品だった。
メタファーの表現はある人には、理解を得やすく
ある人には滑稽にみえるのだな。
私が監督の意図を受け取れたのかはわからない
ただ、幼いスカーレットには父親がいなくなったあと憎しみという生きる指標が必要だった。(と、おもう。)仮に病で亡くなっていたら、彼女を愛さない、よい王様に叔父がなっていたら?憎しみは彼女都合であったとおもう。
登場人物は総てスカーレットしかいなかったのではないかと(と、思う)。
そういう解釈をした私が考える
ラストは叔父は死んでなくてもよかったし、
目が醒めた時は髪は長くてもよかったかな。
後で切ればなおよし!
叔父を殺さなくても、彼女は彼女の思うままに生き、いずれ、老いる叔父をおしのけ
彼女の意図する世界で自分ができることを模索する
とか、どうだろうか
これだと、余計にわけわからんくなるか。
私は監督作品の中で一番よかったよ
映画館で見られてよかった
最高傑作
最高に素晴らしい作品です。何回見ても涙が止まらない。
今まで観てきた中で生涯、忘れられない素晴らしい作品です。
あまりに世間一般の評価が良く無くて、まだ観に行ってない方に知ってもらいたくて初めてこの映画.comに登録して書き込むことにしました。初レビューです。
気が付けば公開されてから毎週、通い、昨日で5回目を観に行きました。
最初はネットの酷評の嵐に観に行くのやめようかな?って思いましたが、本当に行って良かったです。
風景の映像が本当に細やかでまるで絵画の中を人物がかけめぐっている感じです。
効果音も、なんかリアルすぎて臨場感が伝わってきます。
父親への深い愛情と強い正義感で復讐を誓うスカーレットの生き様に心を打たれました。
死者の国に落ちて復讐の悪鬼と化したスカーレットが、やがて聖と出会い行動を共にして本来の優しくてかわいい自分を取り戻していくのですが、中盤以降は、もう感動しぱなっしで後半は、もう涙が本当に止まらない。
後半の亡き父のアムレット王の言葉に苦しみ悶絶する姿は、胸が熱くなり本当に泣けましたし私自身が、その言葉に救われ気持ちが、軽くなりました。
ラストシーンも見てられないくらい悲しいのですが、未来の約束の場所、そう、あの渋谷のダンスシーンを夢見ての別れだから悲しいけれど、笑顔になれた。
初めて観た時は、このダンスシーンは、何?って思いましたが、2回目以降は、もう泣けました。もう一人の自分、現実未来の自分、スカーレットと聖だ!って。
やはりこんなに涙があふれて止まらない理由は、なんといってもスカーレットを演じる芦田愛菜ちゃんの声と歌です。
セリフのひとつひとつ、息遣い歌声が最高にたまらない!
エンドロールで流れる歌と映像は、泣き疲れて虚無となった自身の心にいつまでも鳴り響いています。
劇場で公開され続けている限り、また観に行きたいと思います。
ブルーレイ絶対に出して欲しいです。買います絶対。お願いします。
最高な作品を作り上げて下さった監督さんと全てのスタッフさんに感謝です。
本当に夢中にさせてくださり、ありがとうございます。
果てしなき(・∀・)
細田守版『ハムレット』
本作は細田守版『ハムレット』です。
観る前にシェイクスピア『ハムレット』の内容を予習しておく事をおすすめします。
その上で、とても良い作品だと感じました。
テーマは「復讐」「生と死」「愛」。
ストーリーは概ね『ハムレット』です。
違いは「救いがある」こと。
主人公のスカーレットが生と死の狭間「地獄」のような世界で復讐を目指すも様々な出会いや対話を通して人間として成長し、未来に繋げていくという話。
主人公・スカーレットの不器用さと無念、叫び上げたくなる魂を芦田愛菜がどストレートに表現していて引き込まれました。
ディズニー映画のような後味と、映像としても臨場感に溢れていて見応えがありました。
「生きる」とはどういう事なのか、
「今を生きている自分」は何をどうやって「生きていくべき」なのか。
そもそも「生きる事」は「無念」の連続。
どんなに努力をしたとしても報われない事が多い。
タイパ・コスパの世の中では泥臭く生きる事を避け、手っ取り早く「正解」を手にしたくなる。
それは解る。
解るんだけど、味気なく感じてしまう日々に心が付いていかない。
この作品を観て、改めて立ち止まり、不恰好だけど泥に塗れてでも、我武者羅に魂の思うままに生きてみよう、愛を叫ぼう、そう思えました。
良い作品と出会わせてくれてありがとう。
試練と成長の物語・・時をかけ続ける少女
この作品はネタバレ事前情報が充実していて、結構、酷評にも頷けるところが多々あって、自分なりにチェックポイント(後述)を設けて観に行きましたが、全く予想外に、1)バランスが取れている、2) ディテールがしっかりしている、3) メッセージ性も分かりにくくはない、等、よかったので、マイ基準で⭐︎5に。時かけに⭐︎5をつけるとして、果てスカに⭐︎5はあり得ないと思っていましたが、喩えるとテイストの違うアバターもタイタニックも⭐︎5でいいだろうという感覚。
結論として、テーマについての鑑賞/視聴後の印象と解釈は、漫画/アニメの「進撃の巨人」に近いです。ざっくりと進撃が、ヒロインが愛し過ぎるという呪縛から大きな試練を通じて解放されていく物語だとすると、果てスカは、ヒロインが憎み過ぎるという呪縛から同じく大きな試練を通じて解放されていく物語なのだろう、と。「解呪」のキーワードが進撃だと「忘れろ」、果てスカだと「赦せ」かな。
・・・
視聴前に設けた自分のチェックポイントがまずは「時間配分」。上映時間110分強から逆算すると、4パート構成での起承転結、それと各パートでの起承転結。定石的な起承転結が崩れてしまうとそれだけでも分かりにくくなるので。結論としては時間配分のバランスが取れていて、例えばそろそろ転換部という時間帯でシーンや話がぶっ飛んでもさほど違和感はない、と。
同じく宮廷パートと神曲パートの時間配分は、それぞれ約20分、約90分なので、作品全体の解釈としては、神曲パートを意識すると分かりやすいだろうと思いました。
・・・
以上が総論で以下は賛否両論の各論。(相互理解のため論点については最大公約数的に、Ciatrのネタバレ・考察を参照しています)
1) 父王の「赦せ」意味は?
復讐に囚われて自分を見失うな、ということでいいと思います。(逆に、スカーレットの意識が高まれば世界に平和がもたらされる、憎しみの連鎖が断てるというイージーな解決ではない。)
2) 聖の違和感、行動に一貫性がない? 聖の存在理由は?
聖は登場後しばらくスカーレットにも周りにも変人扱いされているので、違和感が無かったです(笑
後半、殺さないから殺すへと聖が豹変する行動については、聖が敵を射殺す直前に数秒、ためらう描写があり、そこに被せるように謎の老婆(霊媒師?)が命令口調で「お前の使命を忘れるな」(訂正:お前の存在理由は何だ)と背中を押している。
神曲では主人公のダンテを天上に導く役回りの2人の人物が登場するけれど、果てスカでは老婆と聖がそれを担っていて、聖の最優先の「ミッション」がスカーレットを導き生かすということであれば、殺さないという聖自身の信条は大切であっても二の次・・行動は一貫しているという捉え方になってきます。
原作ハムレットの重要キャラであるはずのホレイショとオフィーリアを果てスカでは欠いていて、それで果たして劇作が成り立つのかという疑問を持っていましたが、神曲のキャラ2人で欠員2人を補完する構成なのだろうと。神曲の原題が「聖なる戯曲」なので、聖は神曲側のかなり理想化されているキャラということで間違いないと思います。
3) 問題の音楽シーンの意味は?
(解釈1)音楽/踊りを通じて、時代や場所が違っても、人々が心を通い合わせることができる。
(解釈2=マイ解釈)試練をクリアしていくと、天上の音楽として神の声が聴こえてくる。
解釈1だと、1960年代〜1970年代初頭の「ニューエイジ・ムーブメント」を想起させてしまう。チープあるいは、分からなくないけどバージョンアップなしに敢えてそれを繰り返す必然性を欠く・・視聴前の懸念点。
時間順序、因果関係として、内面の変化が先か? 音楽が先か? のチェック。
最初のキャラバンでの踊り/フラダンスのシーン。傷だらけのおじさん(訂正:キャラバンの長老)にスカーレットがコーヒーを薦められ、数秒ためらってから口にする。警戒心・猜疑心に凝り固まっていてしかも毒殺されているスカーレットだから避けるのが自然。ためらいながら口にするという些細なシーンはスカーレットの心境の大きな変化。漸進的な内面の変化(神曲では浄化のプロセス)が先行していれば、音楽シーンへの飛躍は唐突ではなく必然ということに。
理屈の上では、音楽=数=言葉=神の顕現というフォーミュラを念頭に置くと分かりやすく思えますが、そうしたことを抜きにして、神曲パートは暗く重いので、音楽パートがあると息抜きになるというか、喩えると映画「U ・ボート」で海中戦闘シーンの後、束の間の海面浮上でホッとするような感覚。
4) ドラゴンの正体は?
(解釈1)デウス・エクス・マキナ? 古代ギリシャの演劇だと好まれたパターン、時代が変わって今だと「ご都合主義」の代名詞。
(解釈2=マイ解釈)単純に天上への門の守り手。(神のようでもあるけれど、門を守るというミッションを与えられている荒ぶる守護天使。)同時にスカーレットの決断を見届ける試験官。
天上への門にたどり着くには大罪の浄化が要るから、スカーレットはともかくクローディアスがそこにたどり着けているのはなぜ? と思っていましたが、クローディアスとの対峙を試練と捉えると、クローディアスは試練として存在していることが許されていて、スカーレットが試練をクリアするとお役御免で自動消滅。
5) ラストの宮廷シーン、スカーレットのメッセージの意味は?
(解釈1)赦す/許すことで憎しみの連鎖を断ち切り平和な世界を共に築きましょう。(十分条件)
(解釈2=マイ解釈)それぞれが世の中をよくしていきたいと思えれば、すぐにはそうできなくともそうなっていくだろうと願いたい。(十分条件でなく必要条件)
個人の力だけではどうにもならなくても個人の力なしではどうにもならないだろうというマイ解釈。
時を跳んで修正してしまうセカイ系解決から、漸進的な努力/営為を繋いでいく必要があるということで「果てしなく」、レビュータイトルを「時をかけ続ける少女」に。
ps
1) 試練と成長の物語として捉える上で、設定として分かりにくさがあります。神曲は分かりにくいので、モーツァルトの「魔笛」のあらすじが参考になりそう。それでもとっつきにくい場合には、比較的馴染みのあるヘラクレスの英雄譚。
2) ヘラクレスは「愛」の力によって、「龍が守る黄金の実のなる木」すら昇りますが、最終的に愛が転じて「嫉妬」により、復讐と毒殺、狂気によって身を滅ぼします。←シェークスピア喜劇「恋の骨折り損」。必ずしも愛があれば全てよしということではないです。
3) 全くの蛇足ですが、ループ量子重力理論のカルロ・ロヴェッリが「ブラックホールは白くなる」@2025/02で、ダンテの神曲の世界構造を取り上げています。現代の宇宙論の有効なアナロジーとして。(あの世を含むこの世と神の世、それぞれの世界の「果てしなき境界」を貼り合わせると宇宙全体。)
集中治療室につながれた何者か
説明が少ない構成だと感じた。復讐者の視野狭窄に近い目線で描写されているからではないかと思う。語り手役の老婆を加えるなど、一見すると説明が増えているようにも見えるが、肝心なところはぼかしている。たとえば、国王が死ぬ間際に何を言ったのか。
「許せ」と言ったのだろうけど、印象に残るような形では描かれない。ありがちな描写としては、処刑直前に娘に向かって腹の底から叫ぶ場面が印象的インサートされ強調されるはずだ。この作品では、それをしていない。
聖が人助けに熱心な理由も、セリフでさらっと話す場面はあったけど、涙を誘うような回想シーンはない。子どもの頃に目の前で親友を事故で失ったとか、そういうありがちなエピソードはなかった。
感情や関係性は、台詞ではなく、沈黙や視線といった「間」によって伝えられているように感じた。セリフで説明されない時間、沈黙や視線の積み重ねが、この物語の重さを支えている。タイトルにある「果てしなき」については、正直まだよく理解できていない。ただ、この点は「死者の国」における時間の感覚と切り離せないように思う。それについては後で述べる。
未来の渋谷の街が出てくる場面が二度ある。どちらにも、一瞬だけ集中治療室のカットが挟まれる。最初は、その意味が分からなかった。明るく平和そうに見える未来と、生命が危うくつながれている場所が、なぜ同時に提示されるのか。
渋谷の街で踊る二人の姿を見たというスカーレット。「それは俺じゃないよ」と笑う聖。幸せそうに踊るスカーレットの髪は短い。スカーレットは、見たことのない自分を見たのだと思う。ただ、それが復讐をためらわせるような、分かりやすい転換点にはなっていない。
キャラバンを襲った盗賊を、さらに強い盗賊が襲い、そしてその盗賊をドラゴンが気まぐれに打ち砕く。情け容赦のない天変地異が人々を焼き滅ぼす。天国のような美しい高みへ登っていった先にも、復讐の対象がいる。どこまで行っても救いはない。
父は死ぬ間際、娘に何かを言った。それを、処刑人がたまたま聞いていた。はっきり聞こえたわけではない。それでも何かを感じ取り、自分たちは剣を振り下ろせなかったという。この曖昧さが、この映画の誠実さなのだと思う。「分かりやすくいえばこういうことだ」ということを避けている。
「赦しの物語」と評するレビューを見かけることがあるが(このサイトのことではなくネット記事などの)、そうではない。スカーレットは仇を許していない。ただ、復讐することをやめただけだ。納得はしていないし、悔しさは消えていない。
「生きたいと言ってくれ!」という叫びは、感動を誘うための言葉ではなく、追い詰められた当事者のなりふり構わない切実さとして響いた。聖は数秒ほどで消滅してしまう前に、必死にバトンを渡した。強引に受け取らせた。
平和で華やかに見える未来にも、復讐の連鎖があることを知る。だから、スカーレットはひとつだけ決意する。うまくいくかどうかは分からない。それでも、自分には責任があると考えて、できることをやるしかないのだと思う。何百年か先の未来につながると信じて。
タイトルに「果てしなき」とあるが、実際は数時間程度のできごとだ。にもかかわらず、何度も日が昇り、沈んでいる。それは現実の時間ではなく、「死者の国」における時間の流れとして描かれているからだ。その感覚を受け取れないと、この作品の面白さはかなり削がれてしまう気がする。
ところどころの美しい風景は、実写ではないかと感じる瞬間があった。映画館を出たあと、自分は夢でも見ていたのではないか、という感覚が残った。見たことがある風景のようにも感じたからだ。夢だったのかという感触はスカーレットも同じかもしれない。
音楽の使い方もとても良い。大事な場面で音楽が前に出てきて説明することがない。観る側が考え、感じる余白を奪わない、ちょうどいい距離感だった。
『竜とそばかすの姫』のときにも感じたことだが、兄弟を虐待していた父親は、はっきりと悪い存在として描かれていた。細田作品は、薄っぺらい勧善懲悪を描く人ではなかったはずだと思っていたが、今回の作品で少し腑に落ちた。追い詰められている当事者に寄り添うとき、きれいごとは言えない。何を言っても「上から目線」に聞こえてしまうからだ。
この作品には、「クローディアスも本当は後悔している」といった描写が一切ない。「悪役にも人生がある」という、日本映画ではよく見られる視点もない。それでも、クローディアスは「どうせ最後に殺されるだけの存在」にはなっていない。役所広司の存在感も大きい。
一方で、聖はきれいごとを言って何度も殺されそうになる。スカーレットから「バカかおまえは?」と怒鳴られる。その感覚はとても正直だ。復讐者の目から見れば、聖の言葉は能天気に映る。
聖の人生についても、映画は詳しく描かない。「聖の言うことも分かる」と観客に思わせるための説教的な描写はない。集中治療室につながれていたのは聖だった。未来ある若者が、理不尽な事件に巻き込まれたという事実だけが、控えめに示される。そこで感動させすぎると、作品の狙いがぶれてしまう。復讐者にとっては「バカじゃないのか」としか思えないのだから。
父や聖の優しさに心を動かされた面はある。ただし、その描写には微妙な距離が保たれている。世の中には、誰からも優しくされたことがない人もいる。それは復讐に向かう十分な理由になりうるし、この映画はその視点も切り捨てていない。
ちょうど元首相銃撃事件の判決があった日でもあり、池袋の暴走事故など、いくつかの現実の事件を思い出した。犯人がいかにも凶悪な人物であれば、第三者としては分かりやすい。しかし、当事者ではないからそう思えるだけだ。「許せない」という感情は、安直にエンタメ化してはいけない。許せないという強い感情を消す方法はない。
胸がすくようなエンターテインメントではない。でも、こんな映画があってもいい。見てよかったと思える作品だった。
超良かったんですが💢
💢💢💢まず問題のダンスシーン💢💢💢
話しているだけで、ああ、この人は両親に愛されて育ったんだな、とか、育ちがいいなとかって、いろいろわかることありますよね💢
聖さんはフラダンスも楽器もイマイチ。だって自分の世界のもんじゃないから💢
聖さんが自分の世界の歌を歌った瞬間、スカーレットはわかったわけですよ💢
自分のいる果てしない煉獄とは違う、楽園のような世界で聖は生きてきたんだ…
楽園のような平和な世界があって、復讐者の自分も受け入れてくれるんだ…
聖さんにリードされて知ったわけですよ💢
ついでに、幸せだった子供時代の太鼓BGMも鳴ってましたしね💢
スカーレットの思う文句なく幸せな世界は、マツケ……サンバなんでしょうね💢
果てしなく復讐しかなかったのに、楽園を確信したから、喜びと驚きで総毛立っちゃったんでしょうね💢
スカーレットの感動が衝撃すぎて、アテクシ息止めちゃってましたよ💢
💢💢💢次に、かなり特殊な世界観💢💢💢
現世ばりに広いけど、しっかり閉じてる円環の理、右端まで行ったら左から出てくるゲームみたいな感じですかね💢
星空の上に水底がくっついているから、波うってるのが透けてましたしね💢
縦も横も、ループして閉じてるんでしょうね💢
そこに色々な時代、色々な世界の死者が集まって文化的? というか生き方の数も果てしなく存在する世界なんですかね💢
許して、初めて復讐のループ煉獄世界が終わるんでしょうね💢
💢💢💢3つめに、時をかける少女スカーレットについて💢💢💢
金ローの細田守月間、ラストが最新作でなく、最古の時をかける少女なのなんで? って思っていたら…時かけのセルフオマージュ、というか続き? ぢゃないですか💢
時かけではキスしなかったけど、スカーレットは時かけの続きだからキスしますよね💢
時かけは、未来にきっと行くってことですよね💢
スカーレットは、聖が生きている楽園に「絶対」行くってことですよね💢
どれだけ果てしなくてもそこに行くから、キスの前借り…約束のキスですよね💢
ラストの演説の、過去に死んだ〜と、未来に〜、って部分、両方とも聖さんぢゃないですか💢
エンディング曲の内容も…
聖さんは虚無っちゃったけど、そうならない世界に、楽園にする、果てしなくてもってことですよね💢
💢💢💢言いたいこと多いけど、キリがないのでこれでシメ💢💢💢
聖さんは自分の世界の事実をスカーレットに主張していただけで、反戦〜みたいな説教と、アテクシには思えませんでした。生きるって言えといってたのも、聖さん個人の強烈な願いで、とてもエゴいもんだったんぢゃないかなーーーーー💢
知らんけど💢
めっちょ良かった☺️
アテクシ思い込み激しいんで、おかしなこと言ってても気にしないでねーーーーー💢
これこそ私達人間の永遠のテーマ
鑑賞して少し不要かなと思える場面はあったもののレビューでの酷評程でもなく、映像も音も音楽も凄く良くて、これまでの細田監督の作品とは違った深いテーマと映像に冒頭から圧倒され、これから始まるスカーレットの残酷な運命を恐れて早くも泣いてしまいました😭
細田監督のインタビューやメイキングも事前に観ていたので、何故聖が看護師でなければならなかったのか、何故歌を歌ったり踊ったりする場面を作ったのか等…場面1つ1つにも意味合いがあって、細田監督の意図とするその思想や熱量、祈りさえ感じられて、更に芦田愛菜ちゃんの様々な声の表現力も凄かったので後半にもまた泣いてしまって😢💖
劇中歌『祝祭のうた』は一度聴くと耳から離れなくなる程リズム感があって好きですが、芦田愛菜ちゃんが歌うエンディングテーマ『果てしなき』は、映画の最後に更なる感動を添えてくれる素晴らしい曲と歌声で、満足感で心が満たされました✨
私達は日々起こる出来事の中で、些細なことから大きな決断をしなければならない時でさえ、何かしらの自問自答を繰り返しながら生きています。映画のテーマとなる“復讐”に隠されたもの、これこそ私達人間の永遠のテーマだと思いました💞
この映画を鑑賞して本当に良かったです!✨
最後に、長い年月を経て様々な挑戦をして映画を作って下さった細田監督やこの映画に関わって下さった皆様に感謝の意を🙏💖
あんな残酷な運命を生きながらもスカーレットの穏やかな笑顔が見られたのが一番印象的で、私は心から嬉しかったです🍀
期待以上‼️
実は前作「龍とそばかすの姫」が殆ど印象に残ってなくて、加えてネットでの評判も芳しくなく。それでも気になって鑑賞。大満足でした。
物語のプロットは言わずと知れたハムレット。そこに神曲の地獄篇が重なり、シェイクスピアとダンテが若い頃から好きなワシにはたまらなかったです。聖はダンテの地獄での案内役、ヴェルギリウスが当てはまると思います。アラ還となり、最近つくづく思うのは怒り、恨みはダメ。何も生まない。人の事を悪く言わず常に、どんな些細なことでもいいから他人様の役に立ちたいと言うこと。復讐よりも赦すことの方が尊い。平凡が実は一番幸せで、常に感謝をと思うに至り、それがこの映画の主題と重なり、嗚呼、やっぱり観なきゃ分からんなと痛感した次第です。この映画強くお勧めします。
世界平和について考えさせられました。
死後の世界のおいても復讐心が消えない主人公スカーレットが、真の国王になるための学びを得る自分探しの旅物語と解釈しました。
聖の存在は、まさにイエス・キリスト的存在。傷も心も癒す救世主。未来からきた「仁-Jin- 」みたいな存在。この聖との出会いによって、スカーレットは本来あるべき自分の心に気付く。
愛は男女間だけではない。他者を思いやる気持ちもまた愛である。現代にスカーレットが生きていたら、間違いなくノーベル平和賞もの。いつになったら世界から戦争がなくなる日がくるのでしょうか?
実写映画のような映像とストーリー 最後まで面白い
いろんな悪いレビューを見て、怖いもの見たさで見に行った。長久手イオンシネマの小さい劇場で1日1回の上映になっていた。それでも20人程入っていたのでガラガラではない。
最初から惹き込まれる映像と最後まで飽きないストーリー。死者の国から目覚める所から始まり、なぜ死者の国に来たのか。死んでいるのを自覚しているのに現世の時の思いに縛られているスカーレット。そこに死んだ自覚のない現代日本人の聖と出会う。彼は救急隊員で慈愛の人。死者の国で彼と進みながら、自分の宿敵も死者の国に居ることを知る。ここから冒険となるが、レビューで言われた唐突な場面展開やご都合主義のストーリーも実際見てみると違和感はなく、破綻もない。聖が日本人ではない形で海外実写映画でリメイクされそう。
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