和泉屋旅館だより

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  • 2015.05.16 Saturday
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【雨情会】が開かれました

講演する野口不二子さん

<講演する野口不二子さん>

 <七つの子><青い眼の人形><赤い靴>など、数多くの童謡や詩を生んだ偉大な詩人野口雨情は明治15年5月29日に茨城県北茨城市磯原海岸に生まれました。昭和20年1月27日に栃木県宇都宮市で亡くなりましたが、雨情の人と芸術を愛する人たちが、雨情の人柄をしのび、その芸術を語り、後世に伝えたいと各地に「雨情会」が誕生しました。中でも童話作家の浜田廣介らが設立した東京雨情会は研究、出版、顕彰と幅広い活動で知られています。今年も去る25日にお茶の水山の上ホテルで総会が開催されました。新理事長に研究者の西條和子氏を選出した後、磯原で生家資料館館長を務め、雨情会名誉会長で雨情直孫の野口不二子さんが記念講演をされた。(写真)震災の被害の様子や体験を踏まえ、昨秋、講談社から上梓された「野口雨情伝」を書かれたご苦労を披露して感銘を与えました。和泉屋先代(泉漾太郎)が幼い頃から薫陶を受けた弟子だったので、相談役の田代が出席いたしました。


【新生歌舞伎座】勘三郎さんと柚木のおばちゃま

 柚木さんと和泉屋主人夫妻

柚木久枝さんと和泉屋主人夫妻(2003.4.3)

和泉屋主人と勘三郎さん

長谷川伸賞授賞式(2009.7.1四谷・弘済会館) 勘三郎丈と和泉屋主人

4月2日第五期歌舞伎座が新築オープンしました。あの世で柿落としを喜ぶ方二人。一人は故中村勘三郎さん。そしてもう一人が故柚木久枝さん。写真の勘三郎さんが長谷川伸賞を受章したパーティーで幼い頃世話になった柚木さんが高齢だが元気と、和泉屋主人に聞かされて、解体寸前の歌舞伎座に介護タクシーで招待、古巣で思い出語りをし、一ヶ月後に柚木さんが他界。人の温かみの積み重なりの上に歌舞伎座があると言っていた勘三郎さんの温情が当人ばかりか周辺を感激させたエピソードでしたが、勘三郎さん自身が春を待たず鬼籍に入られてしまいました。和泉屋にはこれまで同様、歌舞伎座のポスターが掲出されています。


五月生まれの童謡詩人【野口雨情】は温泉好き

和泉屋の雨情碑

 「七つの子」や「シャボン玉」など多くの童謡を作詞した野口雨情は、明治15年(1882)5月29日に、北茨城市磯原に生まれました。昭和20年(1945)1月27日に宇都宮で没しましたが、和泉屋の先代主人、田代太平(筆名泉漾太郎)とは旧制大田原中学校時代の詩のコンクールが縁で、終生師弟の交わりで結ばれました。温泉好きの雨情はよく塩原を訪れ、露天風呂を楽しんだと伝えられます。和泉屋には塩原で作られた「誰と別れか 福渡あたり 啼いて夜半ゆく 川千鳥」の俚謡詩碑が遺されています。

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