竹島で江戸期に日本人が活動、詳細地図や漁の記録など71点…島根県が発表
島根県は13日、江戸時代に描かれたとみられる竹島(島根県)の絵図「松島之図」や、鳥取県米子市の商家が竹島で漁などをしていたことを記した「村川家文書」など資料71点を取得したと発表した。島根県は「竹島が古くから日本人の活動の場であったことを示す第一級の史料」としている。 【写真】史上初の韓国空軍機への給油支援、竹島周辺の飛行で白紙に
松島之図は17世紀末から18世紀初めのものとみられる。島の形状など地理的特徴が詳細に描かれ、現在の隠岐諸島までの距離なども記されている。島根県によると、1987年頃に米子市立山陰歴史館で展示された記録があるが、その後は所在不明だった。今回、個人から購入した。
村川家文書は、米子市の商家「大谷家(おおやけ)」との間で漁の収益について取り決めたものなど。両家は幕府の許可を得て、竹島や竹島に近い韓国東部・鬱陵島(ウルルンド)でアシカ猟やアワビ漁をしていた。島根県が個人から69点の寄贈を受けた。このうち「竹島松島の絵図」は、鬱陵島や隠岐諸島、竹島が描かれている。絵図は写しで、「享保9年」(1724年)の記載があるが、作成時期を示すものかは不明。
島根県の竹島問題研究特別顧問を務める下條正男・拓殖大名誉教授(日本史)は、「実際に日本が(竹島を)使用していたことを明らかにするもので、竹島問題を論じる時に日本領土であることを証明する資料になる」と話した。
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