久米宏さんと続いた交流 震災取材がきっかけ、神戸からも惜しむ声
1日に亡くなったフリーアナウンサーの久米宏さんは、1995年の阪神・淡路大震災の被災地にも取材で足を運んでいた。 【写真】2019年に再会した時、鈴木隆之さんが久米さんからもらった色紙=2026年1月13日、神戸市兵庫区上沢通8丁目、中塚久美子撮影 神戸市兵庫区上沢通8丁目の「クリーニングプライム」店主、鈴木隆之さん(60)は久米さんと毎年、年賀状をやりとりしていたという。「今年は来なかったので、体調が悪いのかなと思っていたんです」 31年前の震災。焼け落ちた店の前で鈴木さんの父、隆さん(当時60)が「ここに、8人が埋まっているんですよ。8人」と叫ぶのを、テレビカメラがとらえていた。「ニュースステーション」のキャスターだった久米さんは東京でその言葉を聞き、翌月、隆さんと家族を取材に訪れた。 店が2年後に再オープンするまで取材は続いた。以来、年賀状や贈り物で交流が続いていた。 6年前、震災25年の番組企画で、久米さんは神戸を再訪。鈴木さんのおいに「君のおじいちゃんとは友達なんだよ」と語りかけた。「優しさを感じた」という。 今年の年賀状に「ビデオを整理していたら、ニュースステーションの最終回が出てきました。DVDにしてみようと思っています」と書いた。久米さんの目に届いたかどうか分からない。「寂しさはじわじわとくると思います」と語った。 震災後に復興を目指す旧菅原市場(同市長田区)の組合長を務めた吉田安夫さん(76)は今も精肉店「マルヤス食品」で働く。6年前、久米さんのインタビューを受けた。久米さんは店特製の焼き豚を一口つまみ、「おいしい」と喜んだという。吉田さんは「私より年上なのに、若々しくてバイタリティーがあった。まだまだ働けた。10年早いよ」と惜しんだ。(中塚久美子)
朝日新聞社