久米宏さんが亡くなった。
あの最後の言葉が、今も引っかかる。
「民間放送は戦争を知らない。
国民をミスリードした過去はない。
今後もそうならないよう祈ってます」
皮肉? 言わされた?
あの久米宏が「祈る」?
違う。あれはもう言えない時代に
入ったという宣言だった。
イラク派遣、米国追随、小泉改革の虚構。
彼はスポンサーと官庁が嫌がるテーマを、
放送の限界ギリギリまで伝えた。
だからこそ、
ニュースステーション降板には、
常に圧力の噂がつきまとった。
表向きは本人の希望。
だが、反政府・反増税・官僚批判という
姿勢が、長く許されるはずはなかった。
言えば番組が飛ぶ。
スポンサーが消える。
下手をすれば人生ごと終わる。
その現実を知った人間だけが
選べる言葉が、「祈る」だった。
あの一言は肯定ではない。
言葉を奪われた社会そのものを、
視聴者に差し出した合図だ。
久米宏は祈ったのではない。
考えろ、と突きつけた。
それを読み取れるかどうかが、
最大の追悼だ。