俗情と結託した偽史 魚豊『チ。』 宗教的情熱で「真理」に至った科学者達

ホイッグ史観とは、歴史を「進歩を担った殊勲者」対「進歩に抵抗した頑迷な人びと」に分け、両陣営の戦いと前者の勝利として歴史を物語的に記述する歴史観である。

ホイッグ史観 - Wikipedia

アニメ化が決定し第26回手塚治虫文化賞大賞なども受賞している『チ。-地球の運動について』は既に超長文の批判記事がある。

参考文献に明示されてない本も交えて要約&補足すると、
・ プトレマイオスが大成した天動説は当時の最高の観測結果に基づいたものであり、地動説はそれに対して「惑星の逆行を自然に説明できる」ことしか勝っている点が無かったから否定されたに過ぎない

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サイモン・シン『宇宙創成(上)』P. 56-57

・コペルニクスが地動説を唱えた時点でも宗教的な理由で否定されたというより、ケプラーが惑星軌道が楕円軌道であること等(ケプラーの法則)を発見するまでは天動説より予測精度が悪かったから否定された
・ニュートンが重力が距離の逆二乗に比例するならケプラーの法則が成り立つことを数学的に証明し、物理理論上の問題も解決したことで受け入れられた。

上記記事にもあるように、特に大きいのは地動説を否定する側の方がむしろ科学的態度に基づいていて、地動説を推進した側の方が宗教的情熱に取りつかれていたということ。


フィクションで嘘が書かれていても直ちに問題とはならないが、「科学者たちは宗教に弾圧されながら真理を求めてきた」と現実に結び付けている読者は批判すべきだろう。テニス漫画を読んで「テニスでは相手の五感を封じたり恐竜が絶滅したりする」と信じるようなものだからだ。


※この段落が読み飛ばされてるようなのでよく読んでください。あと地動説と地球平面説を混同したり地球平面説神話を信じたり元記事をスルーしないでください。

地動説を完成させたニュートンですら、というかニュートンこそ「最初の合理主義者ではなく最後の錬金術師」と言われるように、物理学より聖書や錬金術の研究に多くの時間を割き、聖書に隠された「神の暗号」を発見しようとしたり、錬金術でも「暗号解読」を試みていている。
プリンキピア』には「世界がこのように数学的に秩序だっているのは神が創造したから」という旨を書いており、また、「自然は神の暗号」と考えていた。

また、「太陽系が安定するように常に神が調整を行っている」と考えてライプニッツと対立し、微積分についても何十年もの泥沼の先取権論争を行なった。

あなたの知らない世界史 2|番組紹介|ナショナル ジオグラフィック (TV)

※無断転載動画と思われますが現在合法的に視聴する方法が無いようです。

ニュートンは数学的証明の部分だけ見れば科学的であることは間違いないが、コペルニクスにせよケプラーにせよ「科学的」に考えて地動説が正しいと推測したのではなく、「宗教的」理由で正しいと考えた。
結果的に正しかったから「偉人」と言われているが、科学では普通過程も重視される。中学の数学の試験でさえ「○○を証明せよ」という問題に「私の宗教的信念に基づき正しいと考える」と回答したら0点だろう。コペルニクスに至っては『チ。』自体にすら指摘されているように「惑星は等速円運動している」という結論すら間違っているが「偉人」とされている。

「結果的に正しかっただけ」の科学者たち

地動説に限った話ではない。外気が入りにくいフラスコを使い生命の自然発生説を否定したとされるパスツールは、実験で微生物が発生する(自然発生説を支持する)結果が出ると「何らかの操作ミス」があったとして公表しなかった(電子の電荷の測定でノーベル賞を受賞したミリカンも実験データの恣意的な取捨選択を行なっていた)。

パスツールの考え方は確かに正しく、また自分の主張と相反する結果を目の前にしても、なお、それによって動揺しないだけの強い確信の念を持っていた。しかしそれは所詮、思い込みであったとも言えよう。けっして科学的方法に基づいた公正な態度とは言えなかった。
もしパスツールの信念が結果的に間違った仮説を信奉するものだったとしたら、私たちはその行為を容赦なく「科学的事実を前にしてなお頑迷に盲信する態度としたはずである。科学史を見るにあたって、あとからの成功譚として史実を語ることほど危険な作り話はない。

七つの科学事件ファイル―科学論争の顛末

そして自然発生説の否定もまた宗教的信念により「正しい」結果が得られたものだった。

パスツールを擁護した人々の真の思惑は実は別のところにあった。その思惑は今日では異端の考えなのだ。
(中略)
生命の自然発生説を葬り去ったパスッールの名は、今度は進化論に打撃を与えるために利用されることになったのである。最終的に正しいことが明らかになり、科学は常に正しい方向に進むと人びとは感じた。自然発生説が否定され、進化論もまた同じ道をたどると人びとは確信したのである。

P.169-170

最後はこう締められている。

ヘンリー・バスティアンは、1910年、異説だったはずの自然発生説を再び唱えだした。干し草を徹底的に加熱殺菌してもなおカビが発生することから自然発生説に固執したのである。彼は死ぬまで自説を信じ続けた。細菌の生育は、溶液の酸性、アルカリ性によっても左右される。ある種の胞子は酸性では生育せず、培養液がアルカリ性のときだけ成長をはじめる。だから、パスッールの実験では、煮沸で死ななかった胞子もたまたま溶液が酸性であったため生育しなかったのかも知れない。議論の根拠となった実験はちょっとした条件の差でいかようにも変化しえたのである。今日では、干し草の抽出液を完全に殺菌するためには圧力を加えた条件で160度に加熱し、さらに胞子を完全に殺すためには、加熱と冷却を数回繰り返す必要があることがわかっている。
(中略)
確かにパスツールは偉大な科学者であった。しかし、今日の科学的実験方法に照らしてみると、彼の実験内容はかなり強引なものであったといえる。もしパスツールが公正な科学的態度で実験に臨めば、殺菌の条件によって結果がまちまちになっていたはずだ。もし彼がこの結果にあれこれ悩んでいたなら、生物の発生に関する私たちの生命観にこれほどまで大きな変革をもたらすことはなかったかも知れないのである。

P.170-171

ついでに言うと、『チ。』では「キリスト教は口先では博愛を唱えながらこんな凄惨な拷問をしていた」と言わんばかりの描写が多いが、有名なアイアン・メイデンだけでなく他の拷問道具、例えば苦悩の梨についても架空のものではないかという疑義が持たれている。

鬼八頭かかし『たとえ灰になっても』では「ヨーロッパの歴史は拷問の歴史でもあった」というセリフと共に同じく存在を疑われているファラリスの雄牛が出てくるが、まるで実際に体験したことでもあるかのような「リアル」な描写が出てくるのである意味フィクションとして極めている。

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関係あるような無いような話だが、よく「中世の魔女狩り」と言われるが実際に魔女狩りが行なわれたのは近世(およそ15世紀~19世紀)であり、逆説的だがルネサンスデカルト登場以後の「理性の時代の幕開け」に行なわれている。また、キリスト教圏ではないインドやアフリカでは現在でも「魔女狩り」が行なわれている。

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