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【ネタバレ】ななせ悠『続く道 花の跡』は「名も無き人々に紡がれた歴史」ではなく「歴史を紡ぎながら忘却された人々」を描いた作品である

既にITmedia NEWSなどでも解説されているように、これは日本初のコンピュータ「FUJIC」史実に基づいた作品である。
ラスト2ページはこのように締めくくられる。

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ラストページ直前

「新しい技術によって無くなった職業(計算手)はもう誰も知らない」と語られる。

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ラストページ

そして「そこにいた誰かのこと」も忘れられると語られるが、ここには論理的飛躍がある。何故なら新技術によって職業が無くなることそれに携わってた人が忘れられること別問題だからだ。
例えば技術の発達で日本刀より遥かに殺傷力の高いミサイルや戦車が登場したことで武士という職業は無くなった。しかし宮本武蔵などは誰もが知ってるだろう。逆に農民(農業従事者)は弥生時代から現代までずっと存在するが、農民は皆名前を知られているかと言えばもちろんそんなことはない。百姓一揆を起こした人とかなら歴史的資料に載ってるかもしれないが、歴史に詳しい人でもなければ知らないだろう。
そして、「FUJIC 開発者」で検索(BingでもGoogleでも)すると以下の様なページが出てくる

冒頭にも書いたようにこれは史実に基づいた作品であり、主人公は大河ドラマでよく批判されるオリキャラではなく実在の人物をモデルにしている。しかし「FUJICは岡崎氏と<主人公のモデルとなった人>により作られた」とは言われない。また、以下のページにはこうある。

完成のために心血を注いで計算に没頭して働いた一人の女性、 その女性の名前は、 もう伝わっていない

コンピューターと呼ばれた女性たち

作中でもこれは誰でもできるような仕事ではないことが語られている。

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P.22
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P.23


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P.9

表紙と最後のページの柱にある
- "歴史の1歩、1歩は 密かに確かに"
- "歴史は一つ一つの積み重ねで確かに"
からは、「一人ひとりの積み重ねで、少しずつではあるが確かに歴史が紡がれてきた」ことを描いた作品に見える。ITmediaでもコメント欄でも史実に基づいていることや「AIが出てきた今とリンクする」と評されていて、読者も現実の歴史と重ね合わせている。(同じく「コンピュータ」が関わってくる)エニグマ解読を題材として、社会運動にも大きな影響を与えた映画『イミテーション・ゲーム』と同様に。

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イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密

だがこの作品は『イミテーション・ゲーム』と史実の扱いがまったく異なる。『イミテーション・ゲーム』ではアラン・チューリングという一人の天才がエニグマ解読という難事業を成し遂げて第二次世界大戦を早期終結に導き一千万人以上の人間を救ったにも関わらず同性愛者ゆえ迫害され自殺に追い込まれた悲劇の英雄として描かれているが、現実にはエニグマ解読は多数の人々の努力によって成し遂げられただけでなく、最初に解読したのはポーランドの数学者イェジ・ルジツキ、マリアン・レイェフスキ、ヘンリク・ジガルスキ達で、チューリングらはそれを元にエニグマ解読に取り組んだ(ナチスはエニグマの改良を続けたのでそれに対応しなければならなかった)。しかし映画では大衆の一般的イメージに沿うようにポーランドの数学者達はその存在自体描かれていない(なお、映画ではないが藤井七冠に対しても偽史が史実のように流布され多くの人々が信じていることが指摘されている)。

一方この作品では、大衆の一般的イメージどころか情報処理学会のような公共性の高い組織からも言及されていない人物(作中では「中村美樹子」という名前を与えられているが、20世紀の日本であるにも関わらず紫式部のように本名の記録が残っていない)が重要な貢献を果たしていたことが描かれている。つまりフィクションでありながらその分野の人でも知らない史実が描かれている。
コンピュータ(人間・機械双方)が題材で「新技術に対する期待問題視する声」双方が作中でも描かれていること等から「AIが世に出た昨今とリンクする」「IT業界にいる人にぜひ読んでほしい」と評されているが、AI、更には従来の機械学習の時点から問題視されてるのは以下の記事にも書いた事柄である。

(深層学習含む)機械学習は人間により作成されたデータを元に学習を行うことが多い(特に言語・音声認識・採用など人間特有のものの場合)。そのためAI全般に共通する問題が存在する。それはこれまで人類が犯した過ちも学習してしまい、既存の差別・偏見を強化してしまうことである。

(ChatGPTを開発したOpenAIに出資している)Microsoftが作ったAIは「ユダヤ人を毒ガスで殺せ」「ハイル・ヒットラー!!!!」と発言して停止された。GoogleのAIも黒人に「ゴリラ」とラベル付けして問題になったことがありGoogleは謝罪した。現在この問題は「解決」しているが、その方法は「ゴリラのラベル自体を無くす」という対症療法的なもので、技術の発展によって解決された訳ではない(人間が作成したデータを元にパターン学習するというアルゴリズムを根本的に変えない限り同様の問題が発生する懸念は消えない。特に深層学習ブラックボックスなので開発者すら問題の原因を発見しにくい)。
ChatGPTがナチスを礼賛しないのも別に人類の知能を超えて倫理観を身に付けたからではなく、単に手動で(人類の中でも倫理観の高い人々から要請された)安全フィルターが入れられているからで、それが無いAIは現在でも同じ問題を起こしている

AIが過ちを犯すのは人間が過ちを犯すからで、過ちを犯す人間が過ちを犯すAIを使用するとフィードバックループが始まり差別・偏見がますます強化される。生成AIがAI生成コンテンツを学習すると「データの偏り」によりモデルが崩壊する問題が指摘されているが、これはAIと同じ形で学習を行なう人間でも起こりうる。
さて、長々とAI全般に共通する問題を書いたのは、もちろんこれが『続く道 花の跡』と関係する話だからである。上述したようにWeb上で主人公のモデルになった人物に言及しているのは極一部のページで、情報処理学会ですら岡崎氏にしか言及していない。「新技術により古い職業は忘れ去られる」が、岡崎氏のように「新技術を開発した人」は通常忘却されない。

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P.2

だから上記の様なセリフは本来出てこないし、主人公の本名がわからず「中村美樹子」という同姓同名がたくさん出てくる名前を仮に付ける必要もない。
なぜ主人公は忘却されたのか? 『イミテーション・ゲーム』でポーランドの数学者達が存在ごと抹消されたことからimitateすると、その原因は同じ差別・偏見と考えられる。
『イミテーション・ゲーム』の主人公はチューリングマシンというコンピュータの概念を生み出したが、映画公開時(2014年)はAIはもちろん機械学習の存在、ましてやその問題はほとんど知られて無かった。だがそれが一般に知れ渡り世論調査でも86%が規制必要と回答するようになった2023年公開された『続く道 花の跡』は、おそらくこれらの問題を踏まえた上で『イミテーション・ゲーム』をimitateせず「フィクションで実在した人間を忘却」するのではなく、「現実で忘却された人間をフィクションで周知」させた。
『イミテーション・ゲーム』の監督は次のように語っている。

「多くの歴史映画はウィキペディアの記事を読んでいるように感じられる。『彼はああして、こうして、そしてこうしました』と並べ立てるだけで、まるで昔のヒット曲のコンピレーションみたいだ。我々は映画を感情的、情熱的なものにしたかった。我々の目標は、アラン・チューリングはどんな人か、彼の人生はどんな感じか、アラン・チューリングであることはどんな感じか、ということを感じてもらうことだ。彼の人生を通じて、観客に『アラン・チューリングらしさ』を体験させることができるだろうか、と」[81]

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 - Wikipedia

だが、(ロシアが「非ナチ化」を掲げながらナチスのような民族浄化を行なっていて歴史的重要性も高まっている現在に)『イミテーション・ゲーム』を制作していたら、これらの問題を見すえた上でポーランドの数学者やその他大勢の人々を忘却することは無かっただろう。
「専門バカ」という言葉が使われるようになった昨今、情報工学という「理系」の分野と歴史・思想という「文系」の分野を横断して(「学習漫画」ではなく)「面白いストーリーの漫画」にした本作の意義は単なる芸術分野に留まらない。

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