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J/53  作者: 池金啓太
番外編「現に残る願いの欠片」

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行動とその結果

翌日、静希達は再び西へと移動を開始していた。


目的は勿論ユーリアの両親がいると思われる街への移動なのだが、少々厄介なことになりそうだった。


チェックポイントのすぐ近くの町に向かって情報を確認したのだが、明らかに異様な空気が町全体を包んでいたのがわかるのだ。


それこそ素人でありただの子供であるはずのユーリアでさえもその異様さを感じ取っていたほどである。


静希達はいち早くその気配に勘付き、街にはいる際は完全に姿を消した状態で入っていた。


ここまで来たら姿を消しでもしない限り見つからない方法はない。幸いにして姿を消すことに関してはアイナが尽力してくれた。情報を確認するわずかな間であれば十分に効果を発揮してくれる。


問題は、街に寄った際に確認できた情報にあった。


「ねぇシズキ・・・なんか警戒が強くなってる気がしたんだけど・・・その・・・気のせいじゃないよね?」


「あぁ、間違いなくこっちは警戒が強いな。たぶん俺らがこっちに向かってるってばれたんだろ。」


どうしてそんなことに


そんな質問を投げかけるよりも早くユーリアはその原因を理解していた。わざわざ静希達がチェックポイントを作って人気のない場所を転々としてきた中で唯一原因があるとすれば、あのホテルでの宿泊である。


というかそれ以外に考えられなかった。


自分達が乗っている車があのホテルに泊まった後に変わっていることも今朝ようやく気付いたのだ。


何かがあった、そして何かを警戒したからこそ静希達はそうした。それが何なのかはユーリアにもわからない。だが明らかにこの状況を作り出したのは自分のせいであると感じていた。


「シズキ、教えて。それがばれたのは何が原因?」


だからこそ、答え合わせをしたかった。自分の考えが正しいかどうか。静希は嘘をつかない。自分には誠実であろうとしている。だから確認したくなったのだ。


「あの日、シャワーを浴びにホテルに泊まったのが原因だろうな。あの時気づかれたと考えるのが自然だ。」


予想はしていた。むしろそれ以外の理由が見当たらなかった。だからこそ静希がこういってくれたことには、ある意味感謝していた。


アイナとレイシャは心配そうに自分の方を見ていたが、まだ確認したいことがある。聞かなくてはいけないことがある。


「・・・あの日ホテルに泊まったのは・・・間違いだった・・・のかな・・・?」


自分が直接望んだことではないとはいえ、アイナとレイシャが気を利かせてくれたのは事実だ。


自分はあの時あのホテルに泊まれてよかったと考えていた。だがそれはあくまで個人の感想だ。


この状況において、今回の事件の中にいる状態でそれが正しかったかどうか。


正直に言えばもう答えは出ている。だからこそ静希の口から直接その正否を確認しておきたかったのだ。


「間違いだったと言えば間違いだし、正しいと言えば正しい。見方によって変化するな。」


「・・・見方?」


てっきり完全に間違いだったと言われると思っていただけにその反応にユーリアは少しだけきょとんとしていた。


見方によっては正しい行動だった。その意味を理解しかねているからである。


「確かに俺らの姿が確認されて、俺らが行動しにくくなったのは確かだ。だけど今回の事件は俺たちだけが動いてるわけじゃない。」


「・・・他の人達にとってはあの行動は正解だってこと・・・?」


正解と言えるかどうかはまだわからないけどなと付け足しながら、静希は運転を続けている。その声音には一切の変化はない。平時と全く変わらないというかのような静希の反応にユーリアは少しだけ安心していた。


まだそこまで切羽詰まった状況ではないと、そう感じたからである。


「チェスで言えば、俺たちは・・・いやお前は『キング』の役割を担ってる。お前が取られればそこで終わり。だけど相手はキングをとることに固執し過ぎてる。盤上はキングだけじゃない他の駒もいる。追い詰めてるつもりがその逆の状況になることだってある。」


チェスというゲームにおいて、キングをとるという事はそのゲームの終了を意味する。


だがキングをとるためには周囲の駒を排除することも必要なのだ。


今の相手は目の前に唐突に現れたキングを追うことに集中しすぎて周りの駒が見えなくなっている状況なのである。


子供でもわかるほどの異様な警戒とその空気、それらは熟練の能力者や軍人ならば一目でわかるほどだ。


「つまり、まだ最悪の状況ではないってこと?」


「そうだ。正解かどうかは俺も判断できないが、少なくともあの選択は良くも悪くも状況を動かした。ここからが正念場ってところだな。」


良くも悪くも状況は動いた。相手も動くがこちらも動く。拮抗状態が崩れたとでもいえばいいだろうか。


それが良い結果を生むのか悪い結果を生むのか、恐らく静希にもまだ理解できていない。


だがもう後戻りはできないところまで来たのだなと、ユーリアは覚悟を決めはじめていた。


後はもう突き進むだけなのだと、そう決心しながら。


静希の言葉はおおよそ正しいものだった。良くも悪くも動き出した状況。それはユーリアたちの行動にも密接に関係していた。


通る道の中でも幾つか気になる存在を見かけることができるようになってきたのだ。


それは車に目を向け注視している男たち。何をどう見ているのかはわからないが、路肩に車を止めてわざわざ車の外に出て道行く車を観察しているのだ。


静希達もその存在を確認してからより一層警戒を強めていた。


「ミスター・・・これでは・・・」


「あぁ・・・チェックポイントに入るのは難しそうだな・・・どうしたもんか・・・」


徐々に日は傾きつつある。チェックポイントに入ってそろそろ休みたいところではあるが道のところどころに妙な姿の男性が見張りのように立っているのだ。


恐らくは通過する車を仲間に報告しているのだろう。厄介極まりない、明らかに面倒な空気になりつつあった。


「次の街でガソリンを補給するのを兼ねて宿泊するのはどうでしょう?この異常な状況、チェックポイントに入るのはかえって危険です。」


「それはわかるけど・・・まぁ確かにそろそろ補給しておいた方がいいのは確かだな・・・」


ところどころ立ち寄った街などで補給しているとはいえ、延々と走り続けていれば当然燃料は無くなっていく。


チェックポイントにはいる事が難しくなった今街のどこかに泊まらなければならないだろう。


「次の街に宿泊施設は?」


「目立つものはありません・・・小さな民宿であればあると思いますが・・・」


「期待はできない・・・か・・・」


静希は舌打ちしながら加速していく。こちらが面倒になればなるほど他のチームが動きやすくなるというのは静希も理解している。


だがこうまで面倒な状況を作り出すとは思っていなかった。


もしかしたら偶然ここまでやってきた旅行者が全員車が丁度良く別々の場所で動けなくなっただけという事もある。


だがその可能性はゼロに等しい。動けなくなった車から全員が全員でて、しかも明らかに警戒を強めたような表情をするとも思えないのだ。


「仕方がない、次の街で一泊する。街についたらアイナは連絡を取っておけ。尾行に注意しておけよ。」


「了解しました。ですが大丈夫でしょうか・・・?」


「十中八九大丈夫じゃないな。たぶん間違いなく襲撃される。レイシャは俺とユーリアにつけ、ユーリアから一瞬たりとも離れるな。」


「了解しました。仲良し姉妹を演じておきましょう。」


レイシャがユーリアに抱き着くのを見て静希は眉をひそめる。仲良し姉妹というのは恐らく雪奈と明利を見本にしたものなのだろう。むやみやたらと抱き着いたり頬ずりしたりと行動がやたらと特徴的だ。


自分の姉と妻の行動を再現されるというのは正直あまりいい気はしなかったが、それでも少しでも惑わすことができるのであれば儲けものである。


「シズキ・・・私は・・・」


「・・・お前は普段通りにしておけ。特に何か妙な動きをするとかえって目立つ。ただ覚悟しておけ。まず間違いなく襲われる。どのタイミングかはわからないけどな。」


襲われることがわかっていてなおその街に行くことに意味があるのだろうかとユーリアは眉をひそめていた。


燃料だけ補給して後は適当に携帯食料を買い込んだらそのまま街を出ればいいのではないかと思えてしまうのだ。


だがそうしないからには何か意味があるのだろう。


「あの・・・シズキ、どうして今日は街に泊まるの?そのまま移動してもいいと思うんだけど・・・」


「・・・情報を確認するっていうのが一つの理由。そんでもってもう一つの理由は相手の動きを誘導することだ。」


「誘導?」


相手の動きを誘導する。


昼間の会話で言うならキングそのものが動くことで相手の動きをある程度こちらに引き付けることができるという事でもある。


今回の場合はまさにそれなのだろう。ユーリアを囮にして相手の動きをある程度誘導して他のチームが動きやすくしようとしているのだ。


「それって・・・危ないよね?」


「あぁ危ない。そんでこれが終わったら次はお前の両親がいると思われる街に向かう。たぶん向こうもそろそろ気づいてるはずだ。お前がその街に向かってるってこと。」


ある程度発見情報を相手に知らせることで、相手にわざとそれを悟らせる。

なぜ静希がそうしようとしているのかはわからない。だがそれには理由がある。


「私が町に向かってるってことを気づけば、お母さんたちをその場から移動させる?」


「逆だな。むしろお前との交渉のためにその場から動かなくさせるはずだ。相手にとってはお前さえ手に入ればそれでいいんだ。なりふり構ってる状況じゃなくなるだろ。」


交渉するため。


それはつまり両親を人質にしてユーリアを自分たちの手に入れようとしているという事でもある。


その危険性をユーリアはすでに理解していた。その状況になったら自分はどうするだろうか。


自分にできることをする。簡単に聞こえるかもしれないがユーリアに求められているのは家族とそれ以外の人間を秤にかけるようなものだと今さらながら気づいてしまった。



街に入って少ししてから、ガソリンスタンドで給油を終えると同時にアイナは別行動をとっていた。


アイナは後方支援を行っているカレンたち、そしてその他の部隊との連絡を取るために移動、そして静希達は今日泊まる場所を確保するためにまずは車を近くの駐車場に止めていた。


もちろん全員が変装し、それぞれが互いのことを家族のように振る舞うことで自分たちの情報を周囲の人間に知られないようにしている。


だがやはりというかなんというか、周囲は妙な緊張感に満ちている。


視線がへばりつくというべきか、そこまで視線が集中していないことからそこまで注目はされていないようだがそれもいつまで持つかわかったものではない。


とりあえず静希達は今日泊まるホテルへと移動していた。


そこまで大きな街ではないために格安のものになるが、それでもないよりはましである。


「四人部屋を頼む。」


「三人部屋も空いてますが?」


「一人遅れてくるんだ、だから四人でいい。」


軽く話を終えてすぐにチェックインする。代金は前払いで払っておき静希達は早々に部屋に入ると周囲を確認する。


「シズキ・・・変装は・・・」


「解かない方がいいだろうな・・・安いだけあっていくらでも覗かれてそうだ。」


「警戒も解けそうにありませんね・・・」


普段静希はこういったセキュリティの低いホテルは利用しない。自分の立場上いろんな人間のコネを使ってしっかりとしたホテルを利用しているのだ。


だが生憎とこういう状況だ、場所を選んでいられるだけの余裕はない。


どこかに能力者がいるのであれば確実に夜に狙ってくるだろう。寝たふりをして活動するのが一番手っ取り早いが、それで眠れないのも癪だ。


どうにかしてさっさと事を済ませたいところではある。


「車はどうしますか?また別のものを手配したほうが・・・」


「いやあのまま行く。相手にこれから行くぞっていうのがわかりやすくていい。追ってきたら全部潰せばいいだけだ。」


全部潰す


その言葉の意味を理解しているだけにユーリアもレイシャも僅かに眉をひそめていた。


実際に静希はそれをできるだけの実力があるのだ。自分たちが通る道が事故やけが人だらけにならないことを望むばかりである。


相手がキングに夢中になっている間に自分たちはその分他の駒を削り取っていけばいいだけの話だ。


テロリストといえど行動できる人間には限りがある。それらが見えないところにいるというだけで必ず限界があるのだ。


「でもシズキ・・・今日これまでずっと道に変な人達いたじゃない?あの人たち全員敵なのよね?」


「百%とは言わないけどな。たぶんほぼ敵だ。」


今日道を進んできたときに道に止まっていた不審人物たち、あれらが敵であるのであればかなりの人数がテロリストの仲間になっていると思っていいだろう。


それこそ合計で一万人を超えるかもしれない数になっている可能性だってある。


そうなったらいくら静希でも倒しきれないのではないかとユーリアは不安だった。


「あんなにたくさんいたのに全員倒せるの?」


「倒せないことはないだろうな。素直に追ってきてくれるなら。もし倒せなくなったら逃げればいいだけだ。」


戦力差で言えば圧倒的に俺たちが不利だしなと付け足して静希はため息をつく。


そもそも静希達はユーリアを守るために行動しているのだ。倒しきれないのであれば専守防衛に切り替えればいいだけの話である。


テロリストの排除は静希達の仕事ではない、そう言うのは国の軍隊や警察が行えばいいだけの話である。


わざわざ自分達よりも数が多い相手に護衛対象を引き連れながら戦う必要はない。逃げながら危険な相手だけ倒していけばいいだけである。


「じゃあその・・・私たちの所に部隊を派遣してもらって安全を確保するっていうのはダメなの?」


「その分俺たちのいる場所がまるわかりになるけどな。いやむしろ俺たちを囮にして部隊の人間に動いてもらうってのもありだな・・・」


静希が言っているのは要するに優先順位や順序を逆にするという事だ。


相手が自分たちを狙ってきているのがわかっているからこそ、自分たちを守るために部隊を派遣するのではなくその逆、つまりは自分たちに襲い掛かる敵を倒すために部隊を派遣してもらうのだ。


守るために戦うのと倒すために戦うのとでは方法がまるきり異なる。基本は護衛対象の周囲を固めていなければ守ることはできないが、攻める場合に関していえば必ずしも護衛対象の近くにいる必要はない。


むしろ護衛対象を囮にして待ち伏せすることだってできるのだ。


ただしその場合、あまり大げさに部隊を動かすと相手側にも気づかれる可能性がある。その為に気付かれないように内密に、少しずつ事を進める必要がある。


それこそしっかりと事前の打ち合わせをしておかないと実行は難しいだろう。


だが成功すればそれだけ成果も望める。


これはしっかりと考えて行動するべきかもしれないなと静希は頭の中でいくつも案を練り始めた。


その姿を見てユーリアとレイシャがまた不安そうにしていたのは言うまでもない。


しばらくして静希達の泊まる部屋にアイナがやってきた。情報と最低限の買い物を済ませた彼女が部屋に戻ると静希はとりあえず状況を確認するために近くの地図を確認しながら話をすることにした。


「アイナ、状況はどうだった?」


「現状目標に動きはありません。相変わらず件の街から動く気配は無し。そしてミスターのお考え通り、他のチームの方々がテロリストのアジトのいくつかを襲撃、制圧しました。ですが今もなお最後の一発は発見されていません。」


最後の一発


それは今回の事件を起こしたテロリストたちが奪った兵器の中の一つ、小型の核兵器の事である。


相手にとっては最後の切り札と言ってもいい存在だ。恐らくは厳重に保管されているのだろう。


そしてその報告に対して静希はそこまで驚きも焦りもしていなかった。

むしろ予想通りという感じである。


「まぁそんなところか・・・これで核が見つかれば儲けものだったけど・・・まぁそう簡単にはいかないわな。」


「でもシズキ、どうするの?私を守ってたって核兵器を確保できないんじゃ・・・」


今回の事件を解決する方法は大まかに分けて三つある。


一つは相手が所有している核兵器を奪取すること。


一つは相手を一人残らず殲滅すること。


一つは相手の作戦の要であるユーリアを殺す、あるいは相手の手の届かないところに運ぶこと。


この三つのどれかを達成することができれば今回の事件はおおよそ解決できると言っていい。なにせ相手は活動するうえでの決定的な行動力を失うのだ。


「ミスコリントの言う通りです。ですが実際相手は最も厳重な場所に隠しているでしょう。」


「所謂本拠地という事ですね・・・それがどこなのかは未だ判明していませんが・・・」


静希達が取ることができる選択肢は一つだけだ。ユーリアを守り相手の手の届かないところに運ぶこと。


一つ目はすでに別のグループが動いている。二つ目ははっきり言って不可能なレベルだ。


害虫をすべて、完全に駆除することができないように必ずどこかしらに生き残りというものが存在してしまうのだ。


それでもテロリストグループのトップを含め八割、いや九割の損害を出せば恐らく彼らの持つテロリストとしての行動力は失われるだろう。


だが当然ながらそれをするにはかなりの時間がかかる。もしかしたら数年単位、いや今後十年二十年かかっても無理かもしれない。


テロリストを排除するというのはそれだけ難易度が高いのだ。


現状静希達は決定打に欠けると言えるだろう。こうしてユーリアを守っていてもいつまで経っても状況は変わらない。


ユーリアが見つかったことで他の部隊が動きやすくなり、徐々に相手の活動圏を奪いつつある中、未だ核が見つからないという事はそれだけ巧妙に隠しているという事だ。


さっさと状況を終わらせるにはもう一つ何か手が欲しいところである。


「リアがあいつらにとっての鍵で、その能力を利用して核兵器を乱射するようなことになる場合、必ずリアと核兵器はセットってことになるな。しかも可能ならすぐに使えるような状態にしておきたい。」


「それはそうですが・・・相手がどこでミスコリントへのアクションを起こすかなど・・・」


「・・・いえ・・・それならミスコリントが西側にやってきているという事は、核も必然的にこの付近に・・・」


そう言う事だと静希が告げる中、ユーリアは首をかしげていた。彼らが一体どういうことを言いたいのか理解できなかったのである。


それを見越してアイナは視線を落としながら解説してやることにした。


「よいですか?テロリストたちの目的はミスコリントの能力を使い核兵器を複製することです。ならばミスコリントは核兵器に最も近い位置へと移動しなければなりません。ですがその逆もまた然りなのです。」


「相手にとって核は切り札であり最強の手札だ。無限に切ることができるようになればさっさと使いたいはず。お前を手に入れる前にお前の近くに寄せておくのは自然な考えだ。」


「・・・あ、私がいるところにその核兵器もやってくるってそう言う事?」


そのとおりとその場にいた全員が頷く。


静希がわざとユーリアの姿を露見させたのは何も他のチームに楽をさせるためだけではない。


ユーリアがいる方向に核兵器をおびき寄せるためでもあるのだ。


もちろん相手だってバカではない、最低限ばれないような工夫をしてくるだろうが、良くも悪くもロシアの西側には人が集まりつつある。


テロリストたちもそして軍人たちも。


そんな中で核兵器を運び、なおかつユーリアを狙ってくるとなれば、奪うチャンスは双方に存在する。


テロリストにとってはユーリアを、軍人たちにとっては核兵器を。それぞれどちらが早く確保することができるかという勝負になりつつあるのだ。


「加えて言えば、こちらにはミスターイガラシがいます。護衛に関してはほぼ万全に近い体制を敷いています。軍の部隊も大勢配置されています。」


「ミスコリントが両親に会う時にはもう事が終わっている可能性も十分あります。」


アイナとレイシャの言葉にユーリアは希望が見えてきていたのだが、静希はあまりいい表情はしていなかった。


まるでこれからどういう事が起きるのか察しているかのようである。



「リア、今のうちにお前に確認しておきたい。」


「・・・何?」


確認、わざわざ静希が聞いてくるのだ、ただの世間話ではないことはユーリアも理解していた。


アイナもレイシャもその質問が重要になるという事を理解していた。そしてその答えによっては今後の行動が変わることも。


「お前は、両親にあったらどうするつもりだ?」


「え・・・?そりゃ・・・助けるつもりだけど・・・」


両親を助けたい。その気持ちに嘘はないし今も変わりはない。両親を助けてまた平穏な生活を送れるようにしたい。それがユーリアの願いだ。


だがその返答は静希の望むものではなかったのだろうか、ため息をつきながら頭を掻いている。


「・・・聞き方が悪かったな。お前の両親を助けるために、お前自身がテロリストの所に行かなきゃいけなくなった場合、お前はどうする?」


「・・・!・・・それ・・・は・・・」


それは前に静希が仮定したことだった。相手がユーリアの両親を人質に取った場合、どう動くべきか。


今まさにユーリアはその答えを求められているのである。


どうするべきか、どうすればいいのか、どうしたいのか。


それはユーリア以外には出せない答えだ。静希は今ここでユーリアにそれを答えさせるつもりだった。


「答えろ。もし両親を解放する代わりにお前の身柄を差し出せと言われた場合、お前はどうする?」


それは言ってみれば最悪の一歩手前の状況と言ってもいいだろう。両親を助ける代わりに自分が身代わりにならなければならない状況。


むしろ相手はまず間違いなくその方法をとってくる。だからこそ静希は今ここで自分にそれを確認しているのだという事がユーリアにも理解できた。


答えなければならない。両親を助けたいというのであれば、その状況になった時自分がどう行動するかを。


「・・・一度身柄を引き渡すふりをして、その後静希達に助けてもらう・・・っていうのは・・・ダメかな・・・?」


「・・・まぁ現実的だな・・・お前を渡すふりをして救出。お前も両親も手の内に入れることができるわけだ。」


ユーリアの子供のような作戦にも静希は案外好意的な反応を示していた。


できないと言わないあたり静希も自信があるのだろうか、それとも静希もそれを考えていたのだろうか。


静希の反応だけを見ていたユーリアはアイナとレイシャは目を静かにそむけているのに気付かなかった。


「じゃあお前は、両親もお前も助かる道を選びたいと、そう言う事か。」


「・・・うん・・・ダメ?」


「・・・ダメじゃない・・・じゃあもし両親がすでに死んでいた場合はどうする?」


静希の言葉にユーリアは目を見開いていた。


もし両親がすでに死んでいたら。想像しようとしたのだが、正直その状況を全くと言っていいほど頭の中に思い描くことができなかった。


なにせ人が死ぬような状況などに遭遇したことがないのだ。


今回の事件に巻き込まれてから数日経過したが、未だにユーリアは死体というものを見たことがない。


さらに言えば両親にだってもう何年もあっていないのだ。写真に写る両親の姿を思い浮かべても、二人が死んでいるところなど全く想像できない。


だが答えなければいけない。静希はそれを望んでいるのだ。


「・・・もし・・・お母さんたちが死んでたら・・・その時は・・・すぐに逃げる。その場から離れて安全なところに行く・・・」


本当なら、本当に両親がすでに死んでいたとしたら、両親の仇をとってほしいと思う。


その状況になったら今の答えとは違っているかもしれない。殺した犯人を同じ目に遭わせてほしいと思うかもしれない。


だが今は、冷静である今の答えは、とにかくその場から離れることだ。


静希がわざわざこんな危険な状況にしたのは、自分がそうするように頼んだからに他ならない。


もっと安全な行動だってとれたのにそうしなかったのは、ユーリアがそれを望んだからに他ならない。


だからこそこれ以上の迷惑はかけられない。自分の私情を優先するのはこれで最後だ。両親のことが終わったらとにかく安全な場所に避難することを最優先にした方がいい。


今でさえかなり面倒なことになっているのだ。これ以上迷惑を静希達にかけるわけにはいかなかった。


何より、もし両親がすでに死んでいたのなら、自分がこうして危険な場所に向かう必要もないのだから。


ユーリアの答えに静希は複雑そうな表情をしていた。


何かを言おうとして、そして小さく唇をかんでから小さくため息をつく。


静希としてこの答えは満足のいくものではなかったのだろうか。それともまだ自分に言うことがあったのだろうか。


静希のそんな反応を見てアイナとレイシャも複雑そうな表情をしている。


自分の答えは間違っていただろうか。そんな不安を抱えながらユーリアは静希達からの返答を待っていた。


「・・・そうか・・・お前がそれでいいなら、こっちとしてもありがたい。」


数十秒の沈黙を破る静希の声に、ユーリアは少しだけ安心していた。もしかして自分は何か大変なことを言ってしまったのではないかと思ってしまったのだ。


妙な沈黙の中でまるで針の筵に乗せられたような圧迫感があった。まるで自分が間違ってしまったのではないかと思えるほどに。


だがユーリアは静希のその表情の変化に気付くことができる。


何か迷っているような、どうしたらいいのかわからないという表情だった。静希のこんな表情を見たことがなかったユーリアは少し不安になってしまう。


もしかしたら、何かあるのだろうかと。


だが静希は小さく息をついた後、いつものような凛々しい表情に戻って見せた。ある種吹っ切れたような、そんな表情だ。


「リア、今のうちに言っておく。どんな状況になっても答えはお前が出せ。そしてそれに備えて、最悪の状況を今から想像しておけ。」


最悪の状況。それが一体どういう状況であるのか、ユーリアはイメージできなかった。


両親が死んでいた場合だろうか、それとも静希達が死んだ場合だろうか。どちらにしろあらかじめ状況を想定し、その時のために答えを用意しておいた方がいい、静希はそう感じたのだろう。


らしいと言えばらしい言葉だ。だが妙に言葉足らずな気もする。ほんのわずかに感じた違和感にユーリアはそれほど深い意味を感じなかった。


たまにはこういう事もあるかもしれないなと、そのまま流してしまったのだ。


近くにいたアイナとレイシャは悲痛そうな表情を浮かべていることに、彼女はまだ気づいていない。


「・・・わかった・・・ちゃんと想像しておく。」


「・・・それでいい。お前が出した答えなら、俺もそれ相応の行動で示してやる。」


それがどういう行動かは静希はあえて言わなかった。そしてその意味をアイナとレイシャは気づいていた。


静希が万が一の時どのような行動をとるか、なんとなくわかってしまったのである。


ユーリアは静希に言われた通り、最悪の想像というものをイメージし始めていた。


自分の中でいったい何が最悪であるか、それを考えた時一番に思いついたのは両親の死、そして自分を守ってくれている静希達の死だった。


もし全員が死んでしまった場合、ユーリアはほとんどただの少女になってしまう。能力に寄って最低限の応戦はできるかもしれないが、あくまで最低限でしかないのだ。


相手に数で押し切られてしまう事だってあり得るだろう。


だが幸か不幸か、テロリストたちはユーリアの能力が目的なのだ。つまり能力を有している以上ユーリアは殺される可能性は限りなくないに等しい。


そこを上手く突いて行動できるかもしれない。ユーリアは誰もいなくなった状況でどのように動くかを考え始めていた。


そしてその中でアイナの方に目を向ける。


一緒に行動してきてからアイナはよく単独行動を行っている。彼女の能力や性質などから単独行動に向いていることを感じ取ったユーリアは彼女からの助言を貰うことにした。


「あの・・・アイナ・・・ちょっといい・・・?」


「なんでしょう?どうかしましたか?」


「えっと・・・アイナが一人で行動するときに気をつけてることとか、心がけてることってある?」


唐突にそんなことを聞かれたアイナは首をかしげてしまっていたが、その質問の意味をなんとなく察したのだろう。微笑みながらゆっくりとユーリアの髪を撫でていた。


「なるほど、ミスターイガラシのいう最悪の想定に対する対策、というわけですね。」


「うん・・・アイナはよく一人で行動してるみたいだから・・・何かないかなって・・・」


ユーリアの言葉にアイナはそうですねと呟きながらゆっくりとその視線を静希に向ける。


それがどのような意味を持っているのかユーリアはわからなかったが、その意味を数秒後に理解することができた。


「私がかつてミスターから教わったことがあります。私は常にそれを心がけています。」


「シズキから教わったこと?」


「はい・・・かつてミスターは私に思考を止めるなとおっしゃいました。常に考え、思考し続ける事。常に考え続けることを私に求めたのです。」


常に考え続ける事。簡単に聞こえるがそれはなかなか容易ではないことはユーリアにも理解できた。


人間というのは思考に関していえばかなり大雑把な面が多い。気がついたら放心していたり、集中力を欠いたりと常に意識するということはできないに等しいのである。


だがそれを要求する。それがどれだけ無茶なことであるかユーリアも想像できた。


「ミスコリントがそのようなことを考えたという事は、恐らく一人になってしまったときのことを想定したのですね?」


「うん・・・最悪の想定だから・・・」


誰もいなくなって、自分一人でしか身を守れなかった場合の想定。ユーリアの中では最悪とは誰もいなくなることだった。


そしてそのことを理解したアイナは小さく息を着いた後、ユーリアの頬を撫でる。


「では私からのアドバイスは『常に考え続ける事』です。かつてミスターから授かった言葉をあなたにも授けます。思考を止めてはいけません。貴女の答えは貴女にしか出せないのですから。」


自分の答え。


それがどのような意味を持つのかユーリアはまだ理解できずにいた。


そしてこの言葉がどれだけ重要な意味を持つのかも、まだ十分には理解できていなかった。


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