いま再び「いじめ」問題を考える―炎上動画が突き付けた社会全体の問題
相次ぐ「いじめ」動画の拡散
複数の学校で撮影された「いじめ」に見える行為の動画がSNS上で拡散し、大きな炎上を引き起こしている。映像に映るのは、執拗に殴る蹴るの暴力、集団によるからかいなど、誰が見ても強い苦痛を受ける行為だ。多くの人が「これはいじめなんて生ぬるいものではない」「犯罪だ」と憤りを示している。
確かに、こうした行為の中には刑法に触れる可能性があるものも含まれる。しかし、ここで注意すべきなのは、「犯罪か、いじめか」という二項対立に持ち込むことで、「いじめ」という言葉そのものが過小評価されてしまう危険である。
「いじめ」は決して軽い概念ではない。「いじめ」は、被害者の尊厳や安全を日常的・継続的に侵害し、心身や人生に深刻で長期的な影響を与えうる行為であると考えられており、その破壊力は単発の犯罪行為に匹敵、あるいはそれを上回ることすらある。
そもそも、いじめとは何か
いじめ防止対策推進法では、いじめを次のように定義している。
児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの。
この定義の核心は、加害者の意図や自覚ではなく、被害者が苦痛を感じているかどうかに基準が置かれている点にある。
つまり、「冗談のつもりだった」「悪気はなかった」という弁解は、いじめかどうかの判断において本質的ではない。
また、殴る・蹴るといった暴力だけでなく、無視、仲間外れ、陰口、SNS上での誹謗中傷など、目に見えにくい行為もいじめに含まれる。近年は、オンライン空間でのいじめが学校外にまで広がり、被害が長時間・逃げ場なく続くケースも増えている。
また、法はいじめの影響について、生命・人格・人権に関わる重大な侵害行為として捉えている。いじめは、「生命に関わる危険」「心身への重大な被害」「長期欠席・不登校」につながり得ることが明示されており、これを「いじめ重大事態」として特別に位置づけている。
これは、いじめが一過性のストレスではなく、回復困難な心理的ダメージを生じさせ得るという理解に基づいている。長期的ダメージとしては、「自尊感情の低下」「精神的健康への長期的影響」「学業・社会的発達への阻害」などが挙げられている。
このように、「いじめ」という言葉は、一般の人がイメージするようなけっして軽い言葉ではなく、法律でも学校現場でも、きわめて深刻な重大事態だととらえられていることを知っておくべきだ。
いじめは増えているのか
文部科学省の調査によれば、いじめの認知件数は長期的に増加傾向にある(文部科学省,2025)。2024年には、約77万件のいじめが報告されている。
この増加は、いじめが急激に悪化していることだけを意味するわけではない。背景には、「いじめは小さな芽の段階で把握するべきだ」という方針のもと、学校が積極的に認知するようになったこともある。
しかし一方で、件数が高止まりしている事実は、いじめが依然として身近で、誰の周囲でも起こり得る問題であることを示している。特に小中学生の時期は、人間関係の未熟さや集団への同調圧力が強く、排除や攻撃が生じやすいことが指摘されている。
なぜ、いじめはいけないのか
心理学研究は一貫して、いじめ被害が抑うつ、不安、自尊感情の低下、PTSD症状、自殺念慮などと強く関連することを示している(Hawker & Boulton, 2000)。その影響は学童期にとどまらず、成人後の対人関係や精神的健康にも長期的に残ることが知られている。
理不尽ないじめによって、人権が蹂躙され、その心身の傷が一生涯残るなどという事態は絶対に許されないことである。
さらに、いじめは被害者だけでなく、加害者や傍観者にも悪影響を及ぼす。攻撃や排除が「許される行動」として学習されれば、社会全体の人間関係の質が損なわれる。いじめを放置することは、弱者の尊厳が守られない社会を容認することに他ならない。
対策――教育現場での対策
いじめ防止対策推進法は、早期発見と早期対応を、いじめ対策における中核原則としている。しかし、実際の対応が十分な効果を上げるかどうかは、早期発見がどのような仕組みで行われているかに大きく左右される。
研究では、教師の観察や定期的なアンケートのみでは、被害の潜在化や過小申告を防ぐことが難しいことが示されている。Cornell & Huang(2016)は、教員の行動観察、スクールカウンセラーなど心理専門職による個別的面談、同級生からの匿名報告など、複数の情報源を統合したアプローチが、いじめの早期把握と重篤化の予防に有効であると指摘している。したがって、早期発見は個々の教員の力量だけに委ねるのではなく、制度として多元的に構造化される必要がある。
また、いじめを個人間の問題として捉えるのではなく、集団過程として理解することも重要である。多くの研究が示すように、いじめは加害者と被害者だけで成立するものではなく、周囲の傍観者の態度や集団規範によって維持・強化される現象である。
Polaninら(2012)のメタ分析は、傍観者が介入するスキルを身につけ、いじめを容認しない規範が学級内で共有されることで、いじめ行為の頻度が有意に低下することを示している。この知見は、いじめ対策を「問題のある子どもへの指導」に限定するのではなく、集団全体への働きかけとして再設計すべきであることを示唆している。
さらに、被害者への対応を充実化させる必要がある。被害者支援には、心理的治療や専門的支援を含むべきである。スクールカウンセラーなどの心理専門職を付加的な存在としてではなく、被害者支援の中核資源として位置づける体制整備が不可欠である。
一方で、加害者への対応を処罰や排除だけに頼ることは、再発防止の観点からは有効ではない。今回の一連の事件では、動画を観た人の「義憤」から、加害者を特定したり、その個人情報を拡散することが行われている。一部ではそれを面白がって「エンターテインメント化」しているかのようにもみえる。しかし、このような「私刑」行為は、魔女狩りと同じで低俗で野蛮な行為である。
近年の研究は、加害者に対しても専門的心理支援、具体的には共感性訓練や、責任や被害を自覚させる指導、被害の回復を促す修復的アプローチが、いじめの再発リスクを低減する可能性を示している(Gaffney et al., 2019)。
これは、加害者を甘やかすものではなく、行為の責任を明確にして直面化させ、行動変容を促す介入である。もちろん、法に触れる行為であれば、年齢に応じた司法的対応も必要である。したがって、懲罰と支援を対立的に捉えるのではなく、再発防止という共通目標のもとで統合的に設計する視点が求められる。
「学校の問題」だけで終わらせない
さらに重要なのは、いじめを学校内部の問題として限定的にとらえないということである。ネットいじめや炎上文化が示すように、ネット時代ではいじめ問題が社会に瞬く間に拡散する。そのなかで、ことさらに加害者を特定したり攻撃したりする行為は、それ自体が、また新たな「いじめ」である。動画などが拡散されることで、被害者もまた二次被害を受ける。
残念なことに、このような個人攻撃、私刑を容認する社会的風潮は、社会に広く存在している。
したがって、家庭やメディア、SNS環境を含む社会全体の規範に働きかけ、「いかなるいじめも絶対に許容しない」という規範を共有しなければ、学校内の対策だけでは持続的な効果は期待できない。
いじめ防止対策推進法の理念を実効化し、いじめから子どもたちを守り、いじめのない安心・安全な学校と社会をつくっていくためには、第一に相談・支援資源を充実させ、早期発見と対処に努めることが重要である。
そして第二には、国民全体が、いじめに対して見て見ぬふりや傍観をしないことはもちろん、加害者への私刑や過度なバッシングもまた決して許容できない社会の病理であるという認識を共有する必要がある。
参考文献
Cornell D & Huang F (2016). Educational Psychologist, 51, 1–15.
Gaffney H, Ttofi MM, & Farrington DP (2019). Aggression and Violent Behavior, 45, 134–145.
Hawker DSJ, & Boulton MJ (2000). Journal of Child Psychology and Psychiatry, 41, 441–455.
文部科学省(2025)令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要
Polanin JR, Espelage DL, & Pigott TD (2012). School Psychology Review, 41, 47–65.