蘇枋くんと変わらない日常を過ごすお話
前回はだめやったけど、今度は蘇枋くんから離れられたお話書いてみました。めちゃくちゃ健全ハートフルストーリーです。(大嘘)
やっぱこの男でめっちゃ愛の重い激重話書くの超楽しい。今回も超楽しかった。私だけなのかな、蘇枋隼飛をこんな目で見てるのってくらいやばい話ばっか書いてる。許してください。
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見慣れないまちの風景。
それももう、今となっては見慣れた景色に変わっている。
もう地図アプリに頼らずともスーパーやカフェにだって行けるし、周辺の駅に何があるのかもそれなりに把握できてきた。
このまちに引っ越してきたのは1ヶ月前のこと。
引越しの理由は転勤でも、なんでもない。
前住んでたあの部屋はそれなりに長く住んでいたから愛着もあったし、交通の便はかなり良かったと思う。
けど、引っ越さなければならない理由があった。
私は1ヶ月前まで、蘇枋くんと付き合っていた。
なんの取り柄もない私に蘇枋くんから告白されて付き合ったそれは、ひどく幸せだったけども。
次第に束縛の重くなる蘇枋くんに、私が耐えられなくなった。
まるで全てを見透かされているかのような。あの感覚がとても苦手になった。
今までかっこいいと思っていた彼の喧嘩の強さや汗ひとつかくことのないあの余裕が、いつからか怖くて仕方なくなった。
ほんと、そんなことの積み重なり。
それらひとつひとつが積み重なって、私を押しつぶした。
蘇枋くんのことは本当に大好きだったけども。
時折押し寄せる不安と恐怖がどこまでも私の思い描く幸せから遠ざけるから。
一度、私は蘇枋くんに別れたいと言った時があった。
ずっとずっと考え続けて。やっとの思い出振り絞った答えだった。
けど蘇枋くんは許してくれなかった。
「…ごめんね、よく聞こえなかったな」
「…、え?」
「よく聞こえなくて。ごめんね、だから」
そうカップから口を離した蘇枋くんはじっとこちらを見つめて。
「もう一度、今度は俺に聞こえるようにはっきり言ってもらえるかな?」
なんて、『言えるものなら』の意味も含まれた、どこか据わった目を向けられてしまえばもう何もできない私は怯えることしかできなくって。
「…う、ううん…なん、でもない…」
「?そう?ならいいんだけど」
普通なら相手が『別れる』と言ったら関係にヒビが入るはずなのに。
そう思うと今の私たちの関係がとても歪なものに感じて。
「そんなことより。今日もだーい好きだよ。◯◯ちゃん」
なんてぎゅう、と私を大事なものをしまうように優しく抱きしめる蘇枋くんに腕を回すこともできなくて。
止まることを知らない冷や汗が背中に伝うのを感じながら、私は蘇枋くんから本格的に逃げることを決めた。
そこからは早かった。
元々少しずつ準備はしていたから、引っ越しに対して時間は掛からなかった。
下手な時間をかけて広まるのを避けるため引っ越し業者も驚くぐらいに荷物をまとめて。荷物を少なくするためにいろんなものを捨てた。蘇枋くんが贈ってくれたティーセットも、ネックレスも、お揃いで買ったキーホルダーも何もかも。そしてあっという間に今の部屋に引っ越した。
けど、相手はあの蘇枋隼飛だから。
もちろん携帯も変えた。
心苦しかったけど関係してた人全員の連絡を切って。
引っ越してから数日は緊張と焦りでよく眠れない日が続いたし、外に出る時は変に気を張って夜でも帽子をかぶっていた。
けど、冒頭の通りだ。
なにも、何も無かった。
自由になれた。逃げ切れた。あの蘇枋くんから。
そう実感すると心が本当に軽くて。残業で疲れた体でコンビニに向かうとせっかくだから、と少し高いアイスに手を伸ばす。明日は休みなのだからいきなり電話を変えた詫びも兼ねて久しぶりに友人に電話してみようかな、なんてつい浮かれてしまう。
と、途端にポケットの携帯が震える。
画面と見るとそこには同僚からのメッセージだった。
内容から言うと、今度2人で食事に行こう、だった。
流石にそこまで鈍感じゃないから。これがどう言う意味かなんてわかるけど。
それでもやっぱり思い出すのは蘇枋くんで。
自由になれたのは本当に幸せだけど。
けど、それは私にもう興味がないって言ってるもので。
そりゃ、あんなに強くてかっこよくて余裕がある人なら引くては数多だろうけど。
私なんて、一瞬で霞んでしまうのだろうけど。
…すこし、少しだけ心臓が傷んでしまうわけで。
今あのまちに戻ったら、蘇枋くんが他の女の人と歩いてる姿見ちゃうのかな、とか思ったりして。
結局少しも前向きになれないから。
ごめん、その日は用事あるからまた今度ね。と返信を打ち、部屋の戸を開けた。
玄関を開けると、短い廊下の先にあるワンルームが光っていて。あれ、朝電気消し忘れたのかなと更にドアを開けた時だった。
「おかえり。随分と遅かったね」
「は、…?」
…そこには、いないはずの、けど先ほどまでずっと脳内にいた人がいて。
「残業かな?遅くまでお疲れ様。ほら、料理温めておくから手洗っておいで」
いつまでも頭の処理が追いつかない私とは違って、さも当たり前の日常のように会話を続ける蘇枋くんは、紛れもなく本物で。
「ん?◯◯ちゃん、どうしたの「な、っなんで、…なんでここにいるの…?」……なんで、かぁ…」
いつまでも動かない私を不審に思った蘇枋くんに馬鹿正直に尋ねてしまう。早く逃げなきゃってわかってるのに。体がすくんで上手く足が動かない。
蘇枋くんは少し考えるそぶりをしてみせると、スマホの画面を私に向ける。
「俺たちは恋人同士なんだから。彼女の住んでるところぐらいわかるのは当たり前じゃないか」
なんて見せられたのは所謂GPSのアプリとやらで。
いつ、どこに、なんて馬鹿な私には何もわからないけれど。ただ、ただ私が必死にやってきたことは何一つとして意味をなしていなかったのは確かで。
ふと机に視線をよこすと目に入るのはあの日捨てたはずのティーセット。お揃いと一緒に買ったキーホルダーには今私しか持っていない筈のこの部屋の鍵と全く同じようなものがついてある。
…理解すればするほど、真っ白になる視界と、激しい眩暈が全身を襲って。
腰も抜けてズルズルと座り込んでしまう。
もうだめだ、と思ったがその時一緒にゴトン、と落ちた携帯が震える。
それは同僚の返信の通知で。
助けを呼ばなきゃ、と手を伸ばそうとした時だった。
「誰に、助けを求めようとしているのかな?」
ベキ、といった鈍い音とともに振り落とされたのは蘇枋くんの足で。
いつの間にか側まで来ていた蘇枋くんに踏み潰された携帯はひび割れ、画面もろくに見え無くなってしまう。
「ひっ、ちがっ、あの」
もう泣いて謝ることしかできない私に蘇枋くんはしゃがみ込み、あの日のように私を抱きしめる。
「あー…久しぶりの◯◯ちゃんだ…」
首に当たる冷たいものはきっとあのネックレスだろう。……何も変わらない、あの日囲まれていた物が揃う部屋で同じように抱きしめられて。
私がどうなることも許されなくて。
「愛してるよ。ずっと」
蘇枋くんと、またいつもの変わらない日々が続くのだ、とただただぼんやりと理解することしかできなかった。
いぇーい!!