30年連れ添った事実婚夫婦 妻の死後に直面した「相続ゼロ」の現実
30年連れ添っても遺産相続できない――。互いの姓のままで夫婦となる事実婚を選んだ男性は、妻の死後、遺産問題に直面した。法律婚とは異なり、事実婚では遺産の相続権が認められないことに合理性はあるのか。男性が闘う訴訟は、1月16日に大阪高裁で判決が言い渡される。
「(遺産は)妹と夫で相談し、自由に使ってほしい」
岐阜県に住む高校教員の川根真也さん(63)の手元には、妻で大東文化大教授だった中野亜里さん(当時60)の遺言書がある。中野さんが2021年1月に膵臓(すいぞう)がんで亡くなる10日前、「私に万が一のことがあったら」と渡されたものだ。
「姓は変えたくない」事実婚を望んだ妻
2人の出会いは約35年前。堂々と議論するベトナム近現代史の研究者の中野さんに「芯が通った女性だな」とひかれた。すぐに意気投合した。
数カ月後、川根さんは「結婚しようか?」とプロポーズした。答えは「姓は変えたくない」。「中野亜里」として論文も発表しており、研究者として海外で活動する際、パスポートが「川根」姓になると支障もあった。川根さんも自分の姓で生きたかったため、2人で事実婚を選んだ。
仕事は忙しくても、連休に旅行して2人の時間を重ねてきた。
20年末、中野さんは膵臓がんとの診断を受けた。余命は1、2カ月。川根さんは、痛みで眠れない中野さんの体を毎日さすった。突然の別れに、放心状態になった。
しかし、葬儀のほか、中野さんの研究室の整理など、やることはたくさんあった。そうした費用などを考慮し、中野さん名義の口座残高から一部を引き出した。
「離婚」と「死別」で扱いに差
これに対し、中野さんの肉親が「事実婚の夫に財産の相続権はない」として、全額を戻すよう求める裁判を神戸地裁に起こした。
法律婚でも事実婚でも、離婚すると、共有財産は夫婦間で公平に分けられる。だが死別した際は、法律婚と異なり、事実婚だと遺産の相続権がない。
事実婚の夫婦が互いの遺産を相続するには、遺言書作成や生前贈与の方法がある。中野さんは遺言書を作ったが、有効化の要件である押印がなかった。
裁判で川根さんは、仮に遺言書が無効だとしても「事実婚の夫婦が離婚した時に認められる財産分与を、死別時も認めるべきだ」などと訴えた。
昨年2月の判決は、押印がない点などから「遺言は無効」と判断。「財産分与は死別時に適用されない」とし全額返還を命じた。
川根さんは大阪高裁に控訴した。事実婚の夫婦間で相続を認めないのは、法の下の平等を定めた憲法14条に違反するなどとも訴えている。
川根さんによると、高裁は「故人は話し合いでの解決を希望しているのでは」と和解を提案したが、不調に終わったという。
選択的夫婦別姓ができていれば
川根さんと中野さんが事実婚をした1991年、法務省の法制審議会(法相の諮問機関)は、選択的夫婦別姓制度をめぐる議論を始め、96年に制度の導入を提言した。川根さんは「私たちが夫婦だったこの30年以上、政治は進まなかった」と憤る。
法律婚で別姓を選べれば、相続トラブルも起きなかった。別姓が無理なら、事実婚による不利益を司法に救済してほしい。16日の高裁判決に、そう期待している。
原告側の代理人弁護士に取材を申し込んだが、「取材はお受けできない」との回答だった。
事実婚夫婦を悩ませる相続問題
事実婚の夫婦が直面する不利益の一つが相続問題だ。
遺言書や生前贈与などで遺産を相続したとしても、相続税の控除が受けられないなどといった制限が多い。
事実婚の約530人に対し、一般社団法人「あすには」が昨年3月に行った調査では、「選択的夫婦別姓が法制化されたら法律婚にする」とした人は49.1%にのぼった。
法律婚でないことで困る点は、「税の控除が受けられない」が最多の25.2%。「配偶者として医療行為への同意ができない可能性がある」が21.8%、「相続権がない・遺言書があっても相続税がかかる」が19.7%だった。
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- 【視点】
今回のような「婚姻」を含め、近年はさまざまな多様性が受け入れられるようになってきましたが、制度のほうがその多様性に追いついていないのだと、改めて感じました。長い歳月をかけて築かれた人の情や絆と、その重みを計ることのできない法が、どうすれば折り合いをつけられるのか……そんなことを考えさせられました。
…続きを読む - 【視点】
この記事を読み、「婚姻とは何か」「法が守っている家族とは誰なのか」を改めて考えさせられました。30年にわたり生活を共にし、相互に支え合ってきた関係が、「法律婚ではない」という理由だけで、死別の瞬間に法的保護を失ってしまう現実は、個人の自己責任で済ませられる問題ではありません。 事実婚では、相続や居住の継続に高度な法律知識と事前準備が求められますが、そうした不利益やリスクが十分に周知されているとは言えません。形式不備ひとつで故人の意思が無効化される現状は、制度の側に課題があることを示しています。 近年、20代を中心に改姓を望まず事実婚を選択する意向は高まっており、同性パートナー関係など、法律婚に収まらない家族の形も現実に広がっています。生き方や関係性の多様化に制度が対応できていない結果が、病や死別といった最も切実な局面で、生活や尊厳の喪失として当事者に跳ね返っていると感じます。
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