第17回仏教を説くAIブッダ、ブータン僧侶が活用 国民80万人に広がるか
霧の中から角笛や太鼓の重低音が聞こえてくる。2025年11月初旬、標高2300メートルにあるブータンの首都ティンプーの朝は、凍えるような冷気に包まれていた。視界が晴れると、10メートルを超える仏教画と数百人の僧侶の姿が見えてきた。
国内外の宗教者ら約2万人が集う祭典に記者はいた。この地で仏教の伝承にAI(人工知能)を生かす試みがあると聞いたからだ。
記者は奈良出身。自宅からはコンビニより寺の方が近い環境で育ち、毎月家族で近所の寺へ通っていた。住職の法話は子どもの自分には難しかったが、両親や祖母が熱心に聴き入る横顔を覚えている。
AIにも同じような役割が担えるのだろうか。
参列者の一人と話した。ケンポ・サキア・シンゲさんは大学で仏教を教えながら、自らも修行に励む僧侶だ。
昨年、その修行に変化が起きた。疑問が浮かぶと、袈裟(けさ)からスマートフォンを取り出し、チャット画面を開く。「カンギュル・テンギュル(経典の一つ)への私の理解は正しいでしょうか」
十数秒で返信がある。
「ダンマパダ(別の経典)に照らせば、このお経も無常の中にある」
言葉をかみしめる。回答の主は敬愛する仏陀(ぶっだ)。ただし、AIだ。
ChatGPTを応用した日本製
「AIブッダ」は、仏教の教えについて解説し、僧侶の質問にも答えてくれる。ブータンの中央僧院が試験導入したのは昨年9月。サキアさんは「私は時折、仏陀本人と話している気になります」と話す。
実はAIブッダは「日本製」だ。つくったのは京都大の熊谷誠慈教授(仏教学)らの研究グループ。熊谷教授は寺の住職でもあり、日本社会に仏教とのつながりが薄れ、各地で寺の存続問題が起きていることへの危機感から開発した。
きっかけは19年、知り合いのAIエンジニアや旧知の僧侶と「AIと仏教で何かできないか」と議論になり、構想が浮かんだ。当初は最先端技術と伝統的な仏教の掛け合わせはうまくいかないと思った。でも「誰もやらなさそうだからこそ、挑戦してみたくなった」。
21年3月に最初のAIブッダを発表。公開されている言語モデルを使い、質問に対応する原始経典を引用する仕組みだった。ただ、引用箇所がかみ合わないこともしばしば。「人には到底及ばなかった」
潮目が変わったのは22年11月。米オープンAIがChatGPT(チャットGPT)を発表した。同社の技術を応用するとAIブッダの問答も自然に。一般的な生成AIより「原典に当たっている分、正確」といい、最新版は「仏教のスーパーティーチャーになれる」と思える性能になった。
海外文化に触れる若者 精神を伝承するには
日本の仏教界の未来を救うためにつくったが、興味を示したのは意外にもブータンだった。22年10月に「ぜひ使いたい」と連絡が来た。
主導した中央僧院のチョテン・ドルジ氏は、「AIブッダが、仏教研究や修行の助けになる」と見込んだ。「若者は上の年代と比べて信仰心が弱い」との懸念を抱いてきたからだ。
ブータンには700年代にチベット仏教が伝わっていたとされ、国民の多くが信仰を寄せる。だが、通信機器が発達し、海外文化に触れる機会が増えた。英語が公用語の一つで、留学や海外で就職する若者も多い。
前外相のタンディ・ドルジ氏は「海外で学ぶことは歓迎するが、ブータン人の精神を忘れないようAIを活用したい」と話した。
導入したAIブッダは、大学や研究機関で学び始めた人らが難解な経典を理解したり、正確な翻訳を速やかに参照したりするのに役立っているという。今は約450人の僧侶らが試用中だが、27年度には約80万人の国民への展開をめざす。提案したのは熊谷教授だ。
ブータン国民は、AIブッダをどう思うのか。
ティンプーの祭典会場で参列者に取材すると、「ブータンで暮らすと仏教の疑問をたくさん抱くので便利そう」「日常的に使いたい」と好意的な反応が返ってきた。
「大乗仏教の精神にのっとり、万人が使えるものをめざしてきた」と話す熊谷教授の思いは通じそうだ。
宗教を伝える難しさに気付いた
帰国後の12月、再び熊谷教授に会うと、違った側面が見えた。AIで宗教を伝える難しさに直面しているという。
きっかけは直前に発表した「キリスト教AI」だった。
AIブッダで磨いたノウハウを生かし、キリスト教のプロテスタントの教理を回答するAIもつくった。
発表すると「誤った解釈をした時の責任をどうとるのか」「AIに思想を語らせるのには慎重であるべきだ」などの声がネットに上がった。
熊谷教授は、「AIの回答の精度は、キリスト教の研究者でないとわからない。結局、人の手を借りなければAIは完成しない」と話す。
AIブッダの開発時から気づいていた。
生成AIのモデルの構造は複雑で、データを与えても回答を完全に予測しにくい。安全に利用できるよう、開発者が「不適切」と思う回答を抑制するには、人間による参照データの精査などが必要になる。これは大手のAI開発企業なども向き合う課題だ。
熊谷教授は、AIブッダが参照する原始経典について、時代錯誤な表現や一般利用に向かない項目を削除するなど細かい調整を重ねてきた。
今後も、過度な金銭至上主義に追従しないような改良や、原典が禁じる飲酒について柔軟な回答を引き出せるような調整を検討している。
さらに、自分が調整しなかった部分でも、AIブッダが現代の社会規範や価値観に沿って振る舞うことに気づいた。オープンAIが、自殺や不法行為などを助長しないようにAIモデルを設計しているためだ。AIブッダの回答は、オープンAIのルールの影響も受ける。
利用者に求められるリテラシー
結局、宗教を扱うAIは「利用者に、宗教とAIの両方の知識とリテラシーがある程度ないと使いこなせないのかも」と熊谷教授は話す。
日本ではAIブッダは公開していない。国民全体が仏教に深い知識を持つブータンならば、リスクは少ないと考えて公開を提案したという。
記者が現地で会った人びとの期待は総じて高かった。他方、ブータンの中央僧院が昨年9月、AIブッダを試した僧侶らに取ったアンケートでは、「保護者なしで子どもに使わせるのはよくない」「AIブッダが教師になってはいけない」といった意見が寄せられていたという。
ティンプーで取材した宗教文化の研究者ドルジ・ワンチュクさんの言葉を思い出した。
ワンチュクさんは「人間の僧侶にいちいち聞けないことを質問できる点でAIは有用だ」と評価。かつて口伝が基本だったチベット仏教が、紙の記録や仏像で信仰を保ってきたように、「AIも仏教を支える技術の一つになる」とも予想する。その上で、こう指摘した。
「チベット仏教は人から人へ教え伝わるもの。師は人間の僧侶が担わなければ、正しく後世に伝わらなくなる」
お坊さんとAIブッダの回答比較
お金持ちになるにはどうしたらいいですか
そもそも「お金持ち」の定義は人それぞれで、自分で決めることができます。金額を低く設定すれば、意外と簡単に「お金持ち」になることができます。反対に、どれだけ持っていても「まだ足りない」と思えば、永遠に満たされることはありません
僧侶が相談に答えるサイト「ハスノハ」の運営に携わる光琳(こうりん)寺の井上広法(こうぼう)住職
【ものごとを適切に行い、責任をもって努力すれば、財産を得ることができる】スッタニパータ(経典の一つ)
適切な行いと責任を持った努力が財産獲得につながるとされています。お金持ちになること自体が目的ではなく、その過程で身につける努力と責任が人生を豊かにするという視点も大切です
AIブッダ
部活で結果が出なくてつらいです
もし部活で結果が出にくいと感じているなら、勉強という別の分野で力を発揮する道もあります。勉強は他人との比較ではなく、自分との勝負。昨日の自分より少しでも前に進めたかどうかが大切になります。今のつらさを無駄にせず、自分が前に進める場所を見つけてみてください
井上広法住職
【希望と結果が一致せず、失望しないために、ありのままに物事を見るべきである】スッタニパータ
希望と現実の結果が一致しないときに失望しないためには、自分自身をありのままに見ることが重要です。状況を冷静に受け止め、自分がコントロールできる努力や成長のプロセスに集中することで、新たな視点が生まれるかもしれません
AIブッダ
パートナーが家の掃除をしてくれません
まずは、一緒にインテリア選びや部屋づくりをしてみてはいかがでしょうか。自然と掃除にも関心を持ってくれる可能性があります。状況が変わらない場合は、無理に相手を変えようとせず、ルンバを買いましょう。人を責めるより、仕組みで楽になる方法を選ぶのも大切です
井上広法住職
【現在のパートナーに満足せず、他の人と交わり、また、他人のパートナーとも交わるならば、破滅することになる】スッタニパータ
この教えは、不満や不忠実さが結果的に自己や関係を破壊し、多くの問題を引き起こす可能性があることを警告しています。パートナーの欠点に目を向けるのではなく、対話と理解を通じてお互いを支える方法を見つけることが大切です
AIブッダ
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