娘「ピアノを習いたい」母「あとでね」断った代償は大きかった──。後悔から2年後、驚きの展開が!
ftn-fashion trend news-1/12(月)13:01
娘「ピアノを習いたい」母「あとでね」断った代償は大きかった──。後悔から2年後、驚きの展開が!
「あとでね」と先延ばしにした結果、子どもの興味の旬を逃してしまった筆者友人A子。後悔から2年、再び巡ってきたチャンスに、彼女がとった行動とは? 子どもの「やりたい」という瞬間の尊さに気づかされる、ある親子のエピソードです。
「あとでね」で蓋をした、娘の小さな本音
あれは今から2年前のこと。
当時、年中さんだった娘が、おもちゃのピアノを鳴らしながら、私を見上げてこう言いました。
「ねえママ、私ピアノ習ってみたい」
その時、私の心は確かに動きました。
「ああ、いいな。やらせてあげたいな」と。
けれど、現実は甘くありません。
下の子の育休から復帰をして間もないタイミングだったこともあり、
持ち帰った仕事、シンクに溜まった洗い物、明日の保育園の準備。
頭の中は常に「今のタスク」でパンク寸前でした。
(教室を調べる時間なんてないし、送迎だって誰がやるの?)
結局、私は自分の都合を守るために、一番簡単な言葉を選んでしまったのです。
「わかった。また今度考えようね」
それから約半年後。
ようやく生活のペースが整い、私は意気揚々と娘に尋ねました。
「ねえ、ピアノ教室行ってみる?」
しかし、返ってきたのは予想外の言葉。
「うーん、今はいいや」
あっさりと断られたその時、私の胸に残ったのは「あの時動いていれば」という、どうしようもない後悔だけでした。
もちろん、あの時の私には余裕がなかった。それは仕方のないことだったのかもしれません。それでも、娘のまっすぐな願いに蓋をしてしまった申し訳なさが消えませんでした。
再び巡ってきた、大切なチャンス
それから月日は流れ、2年が経ったある日。
小学生になった娘が、学校から帰るなり興奮気味にこう言ったのです。
「今日ね、お友達が学童でピアノ弾いてて、すっごくかっこよかったの。私、ピアノ習いたい!」
その言葉を聞いた瞬間、私の全身に電流が走りました。
「今度こそ、この願いを大切にしたい」と思いました。今だ。今を逃しちゃいけない!
私はその場でスマホを取り出し、近所のピアノ教室を検索。
その日のうちに娘と相談をして体験レッスンの予約を入れました。
もう、「あとで」とは言いませんでした。
「やりたかったの!」輝く瞳が教えてくれたこと
迎えた体験レッスンの日。
初めて本物のグランドピアノの前に座った娘の横顔を、私は忘れることができません。
恐る恐る鍵盤を叩き、音が響いた瞬間。
娘は目をキラキラと輝かせていました。
その輝きを見た瞬間、胸のつかえが取れると同時に、涙が出そうになりました。
「ああ、私は2年前、この顔を見るチャンスを逃してしまっていたんだ」と痛感したのです。
子どもの好奇心の旬を逃さずに
子どもの「やってみたい」という気持ちには、最も意欲が高まっているタイミングがあります。その時期に挑戦できることは、本人にとっても大きな意味を持ちます。
大人の事情で後回しにしていると、次第に子どもの関心は他へ移り、以前のような熱量で取り組む機会を失ってしまうことも少なくありません。
もちろん、全ての要望に応えることはできません。物理的に無理なこと、どうしても手が回らない日があるのも現実です。
でも、もし次に子どもが目を輝かせて何かを訴えてきたら、まずはその熱量と同じ温度で向き合ってみようと思います。
「調べてみるね」「面白そうだね」と、その瞬間のボールをしっかり受け止めること。
それが、親にできる一番小さくて、一番大切な応援なのだから。
娘は今、毎日楽しそうにピアノに向かっています。
その小さな背中を見るたび、私は心の中で呟くのです。
「今の煌めきを、もう二度と見逃さないよ」と。
【体験者:30代・女性・会社員、回答時期:2025年11月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。