第274話 村田律の抵抗

―愛視点―


 いつもの朝。いつものようにセンパイと登校するために、キッチン青野に向かう。


 少しずつ涼しくなってきた。もうすぐ冬だ。そろそろコートの準備をしないとな。去年はどんどん幸せそうに彩られていく街並みを見て、重い気持ちにさせられていたが、それももう終わりだ。


 今年のクリスマスは彼と一緒にご馳走を食べたいな。お父さんともお祝いしたいけど……きっとお父さんのことだから、23日に前祝をして、当日は仕事を入れてしまうような気がする。もう、親公認の仲なのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいし、そこまで気づかってもらうのも恥ずかしいな。


 そうだ、キッチン青野でもオードブルとかテイクアウトできるのかな。もしくは、クリスマスディナーを予約して、ケーキだけは別に用意して私の部屋で……


 それも楽しそう。センパイは今年の誕生日に大変な目にあったから、そんなことを忘れるくらい楽しませたいな。ご飯の後にクリスマス映画でも見たり……


 心の中ではしゃいでいる自分がまるで子供のように思えてしまって、やっぱり恥ずかしくなる。


 でも、仕方がない。これが初恋で、そして、初めての恋人と過ごすクリスマスなのだから。


 そして、もうすぐ彼の家だというところで「一条愛さんよね」と呼び止められた。

 同じ学校の制服を着た女子生徒だった。面識はないけれども、存在は知っている。今回のいじめ事件で実行犯として活動していたことで、学校から処分が下されるはずの女子生徒。興信所を使って調べた生徒のリストに名前が載っていた。


「村田律さんですか……」

 私が自分の名前を知っていたことに驚いて目を丸くしている。

 逆に、私は警戒心を強めた。もし何かあった場合は黒井が助けに来てくれるはずだ。カバンの中に入っているスマホを制服のポケットに移した。彼女は正気を失ったような顔をしている。明らかに様子がおかしい。


「私を知っているのね。なら、話が早いわ。あなた、青野英治の彼女なんでしょ。ねぇ、彼と会いたいの。会って謝りたいの。そうしないと私……学校を辞めなくちゃいけなくなるし、もしかしたら近藤君みたいに少年院とか送られちゃうかもしれない。だから、お願い」

 村田さんはすがるようにこちらに手を伸ばしてくる。

 あまりに必死な様子に恐怖心を覚えながらも……私の口はすぐに彼女の言葉に反応していた。


「嫌です」

 自分でも驚くほど冷たい言葉だった。彼女はそれを聞いて絶望した顔になる。

 襲われるかもしれないと一瞬恐怖が走ったが、彼女はそんな余力すら残っていなかったように崩れ落ちた。


「なんで……」


「その様子なら既にあなたはセンパイのご家族に会いに行っていますよ。でも、拒絶されている。そこに強い覚悟があるのだから、私はそれを尊重したいんです。それに大好きな彼を傷つけた人に便宜なんて図りたくありません」

 図星を突かれたように彼女の表情はこわばった。やはり、そうなんだ。


「でも、私は美雪たちに騙された被害者でもあるの」


「確かにそうかもしれませんね。でも、彼は純粋な被害者です」


「それは……」


「それにいくら騙されたからって、センパイに危害を加える必要性はなかったですよね。注意したり、必要であれば警察に相談するとか……いくらでもやれることはあったはずです。でも、そうはしなかった。あなたたちは正当な方法を取ろうとすらしなかった」

 私の言葉に、身体を痙攣させるように小刻みに動かした。


「違うの、それは……」

 何度も自己弁護の言葉を紡ごうとして、絶句してしまう彼女は完全に壊れているようにすら見えた。


「あなたは無抵抗な人を集団でリンチにしたんですよ。暴走した正義に酔いしれていなかったと本当に言えますか。あなたは本当に天田さんのためだけに、あんなに酷いことをしたんですか」


「あっ……」

 彼女は短くそうつぶやいて、顔が汚れるのすら気にせずに泣き崩れていた。

 私はゆっくりとその場を後にした。


――――

(作者)

書籍版3巻が12月27日に発売予定です!

こちらもよろしくお願いいたします。

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