第273話 美雪の現在地
―天田美雪視点―
近藤さんの裁判に出たときの夢を何度も見てしまう。
あの時の絶望に染まった近藤さんの表情は苦悩に満ちていて、何かにすがりつくようにこちらに手を伸ばして助けを乞うようにしていたように見えた。一瞬だけ、罪悪感を覚えるとともに、恐怖を感じた。
私の知っている人じゃなくなったみたいに、苦悶の色を浮かべた彼の様子が、たぶん自分も同じようになっている鏡のようなものだと思ってしまうから。
早くあの場所から逃げ出したい。でも、覚悟を固めてあそこに出たのだから、逃げるわけにもいかない。少なくとも進むためには、あの場では嘘なんて言ってはいけない。
それくらいは自分でもわかっているつもりだった。
でも、やっぱりあの場に出るのは一人の人生を左右させるものだと痛感させられる。そして、私はそれ以上の苦悩を英治に味あわせたのだと思うと吐きそうになるくらい気分が悪くなり、嫌悪感が強くなる。
「どうして、嘘を言うんだよ」
「お、おい。美雪。待て、待ってくれ」
「やめろ」
近藤さんの声と警護官の人の怒声が、耳の奥から離れない。
私はあの時、思わず「ごめんなさい」と謝ってしまった。
でも、あの時の自分の証言は嘘なんてついていない。それでも、私たちは間違えてしまったのだ。もし、あの時、英治が殴られた時にすぐに駆け寄っていれば……嘘の噂を流された時に、自分から否定しておけば……
少なくともこんなことにはならなかったはずだった。
だから、思わず謝ってしまった。すべての発端は私だから。
近藤先輩の呼び方を近藤さんに変えたのも、自分として一つの区切りをつけるためだ。
目が覚めた。浅い睡眠。学校も特になく、家にも誰もいない孤独。
こういう時間は英治やおばさんたちと一緒に過ごしていたはずなのに、その大事な思い出すら遠い昔の出来事のようにも思えてしまう。
トラウマになっている近藤さんの裁判を何度も夢に見ている。
それだけでも心はすり減っている。
それに加えて昨日のことを思いだしてしまった。久しぶりに外を出たら、近所の人たちの噂話が聞こえた。
『ねぇ、知ってる? あの天田さん家の美雪ちゃん』
『知っているわよ。こんな時間に歩いているからやっぱり噂は本当なのね』
『ひどいわよね。それもいじめの被害者は青野さんでしょ。英治君、あんなにお世話になっていたのに、恩を仇で返したというか』
『そうよね。それも自分の浮気がバレたからって理由で』
『親の育て方が悪かったんじゃないかしら』
私にもあえて聞こえる声で、そんな話をしている人たちから急いで逃げ出す。
そんな自分の姿があの日の苦しんでいた英治と重なった。英治はこれよりももっと深い地獄を味わっていたのに。
結局、裁判で証言することで自分は変われたと思っていた。でも、そうじゃない。まだ、自分は罪の重さをよく理解してなかったんだと痛感させられる。これは実際に体験しなければ、わからない鈍い心の痛み。
家の扉を閉めて、靴も脱がずにその場に崩れ落ちる。
自分はまだ、あの時の英治の苦しみすら理解できていなかった。
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