第272話 一緒に見る映画
お父さんと一緒に久しぶりに映画を見た。センパイからおすすめされた映画でコメディ調で、そこまで重くなく誰もが楽しめる楽しい映画。たぶん、彼なりの気配り。それが嬉しい。
「こういう映画、母さんが好きだったな」
お父さんは途中でポツリと言った。いつも深刻そうな顔をしているのに、こういう時は優しい顔に戻っている。それは今日も同じだった。
テーブルにはキッチン青野からもらったピクルスとジャムを乗せた無塩のクラッカーを用意した。ピクルスも塩を使わずに酢で作ったものだからお父さんでも食べやすいし、味もしっかりしているから満足感もある。
センパイのご家族には本当に支えてもらっている。黒井たちにももちろんだけど、自分だけじゃここまですることはできない。
「用意してもらったおつまみも美味しいよ。お酒が飲めないのは残念だけど」
さすがに、身体の負担になるものは駄目だとお医者さんからも言われている。
お父さんはそう言いながら、ノンアルコール飲料に口をつける。
「お父さんがそうやって瓶から直接、飲んでいる姿、初めて見たかも」
私は大したことじゃないことに気づいてしまう。いちおう、コップも用意しておいたのに、珍しくそれを使っていない。
「ああ。そうか。たしかにコップを使って飲む方が行儀はいいのだろうが、愛と二人きりだし、気を使わなくてもいいかなって。もちろん、外で飲むときはこんなことしないさ」
そう言われて、自然と笑ってしまう自分がいた。
なんだか、昔よりもお父さんが近い存在になったように感じる。不思議だ。
少しだけ談笑して映画に集中した。
何度も同じ場面が続くはずなのに、それすら利用して作られている。すごいシナリオだ。たしかに、これは英治センパイが好きそうだなと思う。
「おもしろかったな」
映画が終わった後で、お父さんが優しくそう言ってくれた。
「うん。久しぶりだったけど、すごく楽しかったよ」
短い言葉なのになぜか万感の思いだった。私の大好きだった場所が戻ってきたことと、それでもお母さんがいないことへの寂しさ、そして、この状況を取り戻してくれたセンパイたちへの感謝。
「来週は何を見ようかな。今のうちに考えておくよ」
お父さんはそう言った。この家族のイベントがまた再開される。そして、それは今後も続いていく。そう思っただけで、やっぱり我慢できなくなってしまう。
お父さんはわかっている様子で、あえてそれを確認しようとはしていなかった。
「うん。楽しみにしている。じゃあ、私はお風呂に入ってくるから」
そう言ってちょっとだけごまかして私は脱衣所に向かった。そこでたくさん泣いた。でも、やっぱり、嬉しかった。
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