第269話 取り戻しつつある日常
―愛視点―
お父さんが家に帰ってきた。今までは少しだけ時間が取れなかった私とセンパイは一緒に帰る。最近は、一緒に帰っても先輩が駅まで送ってくれてそこで別れるような感じだったので、今日は寄り道できることが嬉しかった。お父さんの方もなにかあったら隣に住んでいる黒井のほうが対応してくれることになっているので安心だ。
朝の会話を思い出した。
「お嬢様、ご安心ください」
それでも少し不安そうな顔をしていた私に彼はそう言った。センパイと出会う前までは彼に送迎されていたけど、彼と出会ってからは私の通学も徒歩になっていたので、そちらには特に問題もない。お父さんはできる限りの仕事をしてから健康問題を公表して議員辞職するつもりらしい。
私はそうしてほしかったけど、本当にそれでいいのか聞いてしまった。もし望むなら総理の椅子に届く場所にいるということは分かっているから。
「かまわないさ。もともと政権のナンバー2というポジションも復讐のために手に入れたものだ。それにこんな体調で総理の椅子に座っても長くはもたない。突然倒れるようなことがあれば、それこそ大問題になるし国民に対しても不誠実な対応だろう」
「それはそうかもしれないけど」
「それに総理になるよりももっと幸せな今があるんだ。私はこの時間を大切にしたいんだ」
そう言われてしまうと、こちらは何も言えなくなってしまう。そして、お父さんからその言葉をかけてもらえることの嬉しさで震えていた。
「今日は少し英治センパイと寄り道してくるから」
「そうか。今しかできないことも多い。たくさん遊ぶといいさ。私のことは気にしなくてもいい。今日はここの書斎で書類仕事をするくらいで秘書ももうすぐ来てくれることになっているから。黒井もいるし」
お父さんは、東京の本宅に帰ってもいいはずなのに何も言わずに私のマンションにいてくれる。仕事なら東京のほうが便利だと思っているけど、「一番好きなこの場所にできる限りいたいんだよ。それにここなら愛とも離れずに住むことができるだろう。数年間離れていたから……今はその時間を埋めたい。それとも、英治君と会うためにもたまには空気を読んで外出しようか」と返された。
思わず恥ずかしくなって顔を赤くする。でも、今の生活は私にとってもずっと望んでいたものだから……
「もう、からかわないで。別に、センパイとは後ろめたいことはないからいつでも連れてきます。そうすると男同士で楽しそうにしているのはちょっと残念だけど」
少しだけ苦笑してそう返事すると、お父さんは少しだけはにかんでまるで子供が大きく成長したのを実感したかのように「そうか」と笑っていた。
「そうだ、愛。金曜日の夜にでも久しぶりに映画を見ないか、昔みたいに」
それは3人で暮らしていた時は当たり前だった週末の行事だ。あの頃に戻りつつあることを強く自覚させられる。
「うん。約束だよ」
私はそう言って玄関を出て、彼の家へと向かった。
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