第265話 幸せへとつながるレシピ
「ただいま」
「お邪魔します」
まだ店が忙しくなる前に帰ってくることができたな。愛さんがきちんとお礼を言いたいと言っていたので、今日は寄り道もせずに帰ってきた。
「あら、愛ちゃん。大変だったわね」
母さんがすぐにこちらに駆けだしてきた。
「いろいろと気遣っていただき本当にありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げる。
「そんな他人行儀なことを言わないで。愛ちゃんは私にとって娘みたいな子なんだから。母親代わりが娘にご飯を届けるのに理由なんていらないわ」
そう言われて少しだけ彼女は涙ぐんでいた。
素直に嬉しいんだろうな。
「帰ってきたときに美味しいご飯があるのって本当に嬉しくって。すごく救われました」
「そうよかった」
母さんは満面の笑みを浮かべた。こうやって、愛さんに頼ってもらえるのが嬉しいのだろう。母さん結構世話好きだし。
「それでこれよかったら飲んでください」
母さんが好きな紅茶屋のギフトだった。人気のある茶葉の盛り合わせらしい。
「そんな、いいのに……」
そう言いつつも自分用に選んでくれたと分かったのだろう。「ありがたくもらっておくわね。すぐに淹れてくるわ」と言ってキッチンに戻っていく。
俺たちは顔を見合わせてほほ笑んだ。
今日はお客さんも少ないからとテーブル席で母さんに淹れてもらった紅茶を飲む。
兄さんの作ったプリンも一緒だった。
「プレゼントをお母さんよりも早くいただいてしまって……」と恐縮していたけど、「いいよ、いいよ。母さんは愛さんの笑顔が見たいんだろうし」と笑って答えた。美味しいぶどう味の紅茶だ。秋だからミルクティー用のマロンティーとかもあるらしい。
紅茶が飲み終わるころに、宇垣のおじさん用に兄さんが考えてくれた料理が運ばれてきた。おじさんは、まだ体力が戻らないので愛さんのマンションで療養しているから、あとでテイクアウトすることになっていた。
別の料理にすればと彼女に勧めたけど、「父と同じものを食べたいんです」と笑った愛さんのことを見て俺も嬉しくなる。
「はい。ドライカレーとバルサミコ酢ドレッシングのサラダ」
カレーの美味しそうなにおいが皿からは立ち上がっていた。
ひき肉、玉ねぎ、にんじんを少量の無塩バターで炒めて、しょうがにニンニク、カレー粉で味付けしてある。どこかの病院食のレシピを参考にしながら味も追及したようだ。
ドレッシングもバルサミコ酢とレモン、刻み玉ねぎを基調にして塩があまり含まれないように調整している。さっぱり系のドレッシングなので飽きもこない。
「すごく美味しい……普通の食事ですよ、すごいです」
「どんな状況でもやっぱり美味しいものを食べないと寂しいもんなって言ってさ、俺たちで相当研究したんだよ」
兄さんが珍しくそう言って笑った。塩分をできる限り抑えて、味を追求する。
「本当にありがとうございます」
「いいよ、いいよ。俺だっておじさんにはたくさんお世話になってるし。これ美味しさを追求した健康食のレシピ。できる限り簡単に作れるものを多くしてみたから、よかったら使ってよ。門外不出だよ」
兄さんはメモ数枚を愛さんに渡す。
「えっ、でも……こんな大事なもの……ありがとうございます」
そう言ってもらえて安心したのか兄さんはキッチンに帰っていった。
俺たちは少しだけ言葉少なめに、それでも美味しいご飯を食べることができた。
愛さんが震えた声で小さく「本当に恵まれているなぁ」とつぶやくのを俺は聞き逃さなかった。
でも、俺は言う。
「まだだよ。まだ足りないよ。こんなんじゃ、今までの不幸の埋め合わせにもならない」
ふと、自分が幸せにすると宣言しているように思えて、あわてて言葉を飲み込もうとしてそれができなかった。
「うん」というかわいい声を聴いてしまったから。
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