第264話 いたずら

 愛さんといつものように帰宅する。おじさんは、検査入院が終わり家に帰ってきているらしい。都内の病院に入院していたから、愛さんは毎回学校終わりにそちらに向かっていた。


「これで少しはゆっくりできます」

 愛さんは気丈に笑っていた。今日は俺と夕食を一緒にしてくるという話になっているらしい。気になっているおじさんの容態は……「今すぐどうにかなるとはないらしいですけど、良くはないですね。日常生活で気を付けないといけないことがたくさんあるんです」ということらしい。


 やはり、おじさんのことが心配なのだろう。どこか元気がない。

 おじさんは将来的には仕事も引退するらしいが、現状ではそれは難しいのでゆっくりとフェードアウトしていくことになるとも聞いた。仕事は今でも抑えているが、やはり疲労が蓄積するのが心配なんだろうな。


「今日はうちの方でおじさんの食事も用意しておいたから、持ち帰って食べてよ」

 さすがに宇垣のおじさんが重病ということで母さんも兄さんも心配していた。愛さんが病院からもらった食事の注意のプリントの紙をわけてもらって、おじさんでも食べられるような料理を研究してもらっていた。


「本当にありがとうございます。父も楽しみにしていますよ。久しぶりにキッチン青野の料理が食べられるって」

 母はお見舞いに行くと強く言っていたのだが、極秘入院ということもあり渋々断念したのだ。ただ、愛さんのために食事を作って部屋に送り届けたりするなどの支援は行っていた。


「それはよかったよ。病院食は味気ないというし、少し気分転換できるといいんだけどさ」

 もちろん塩分や脂質、糖質には注意しているけど。俺も試作品を味見させてもらって、普通に美味しかった。にんにくやしょうがなどの香味野菜を多く使うことで塩分をほとんど入れなくても美味しいものが作れるのは驚いた。


「入院中は私のごはんまで用意してもらえて本当に助かりましたよ。疲れて部屋に帰ったら美味しいご飯がおいてあったときは少し泣きそうになりました」

 愛さんから合い鍵を渡してもらっていた。母さんがそれを使って彼女の部屋に入って食事を届けていたんだ。どうしても店が忙しいときは俺が代わりに……


「よかった。でもよかったのか、合い鍵?」

「もちろんです、信用していますから」

 そう心から言ってもらえると照れてしまう。

 その様子を見て愛さんが「もしかして、いたずらしたりしていませんか?」とちょっとだけいたずらっ子のような目でこちらを見た。


「してないよ。誓っても」

「ほんとうですかぁ。少し怪しいな」

「絶対に大丈夫」

 そう俺が宣言すると……


 彼女は少しだけ残念そうに「あなたになら少しくらいいたずらされてもよかったのに」なんて悔しそうにポツリと言う。感情がぐちゃぐちゃになるのを感じる。


「冗談ですよ。紳士的なところも好きですから」

 こちらが困っているのも少しだけ嬉しそうに眺めている。なんとなく日常が戻りつつあるのを感じた。

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