第258話 英治と出会う前の一条愛

※英治と出会う前の愛のお話です。


―8月14日・一条愛視点―


 母のお墓参り。結局、今年も一人で来ることになった。

「お嬢様、おひとりでよろしいのですか」

 心配そうにそう聞いてくれる従者に、私は「大丈夫よ。ゆっくりお母さんと話したいから」と告げる。彼はとても寂しそうな顔をしている。心配をかけてしまっている。申し訳ないけど、でも、笑顔で向かうことなんてできない。


 結局、私はお母さんにもう笑顔を見せることはできないんじゃないかと思っている。だって、ここに来るときはいつも一人だ。お父さんを誘おうと思っても、毎回断られてしまう。


 あんなに仲が良かったと思っていた家族は、あの日の事故以来、壊れてしまった。お母さんが、私をかばってくれたから。もしかしたら、お母さんじゃなくて、私が死んでいたら、お父さんとお母さんは幸せな家族でいられたんじゃないかと何度も後悔した。


 私は悪くない。そう必死に思い込もうとしても、お母さんの最期の様子とそのあとの心無い嫌がらせや報道の数々を思い出してしまって、罪悪感が消えない。


 3月に高校入学も一人で報告した。おめでたい事だと思うけど、逃げるようにして私立の学校を離れた自分が情けなくて、やっぱり笑顔で報告はできなかった。今日も、「お父さんを連れて来れなくてごめんなさい」とお母さんに謝らなくちゃいけないはず。


 このお盆というイベントが私はどうしようもなく嫌いになった。祖先を敬い、今の自分があることに感謝する行事。だから、私たちはお墓参りに行く。でも、私にとっては、この広い世界でたったひとりであることを強制的に自覚させられてしまう。そして、私のせいでお母さんが死んでしまったという罪悪感を突きつけられる。


 これは罰なんだと思った。孤独で、この一生消えない罪悪感を抱えて生きていくことが、私の運命。


 母の墓前を、機械的に掃除して、近況を報告して、謝る。この数年間、ずっと続けてきた贖罪のための儀式みたいなもの。


 ※


「あなたは……幸せに……なってね」


 ※


 お母さんの最期の願いを叶えることができない。たぶん、私はずっとこのまま、時間が止まったままだ。勉強はできても、たくさんの男の人に言い寄られたとしても、もう生きながら死んでいる。こんな私のために、お母さんを殺してしまったことが悔しくてたまらない。


「もう疲れた」

 正直な感想が漏れてしまった。お母さんの前で、絶対に言ってはいけないことを言った。それがすぐにわかって、自己嫌悪に陥いる。


 私を助けてくれたお母さんの行為を否定する言葉。


「ごめんなさい」

 そう言って逃げるようにして、その場を離れる。にわか雨が私を裁くように降ってきた。

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