第254話 不幸と幸せ
―立花部長視点―
「うそでしょ」
弁護士から差し入れられた情報で、青野英治の文学賞の候補入りを知った。
私がずっと憧れていた作家も取った新人作家の登竜門のような文学賞を……
史上最年少受賞に王手⁉ ありえない、ありえない、ありえない。
面会に来た弁護士も驚くほど、私は狼狽していた。
「立花さん、落ち着いて!」
私は大きく机をたたく。悔しさで、面会のための透明な仕切りに頭をぶつけようとしたこところで看守に押さえつけられた。
「やめなさい」
それでも暴れないわけにはいかない。
こんな屈辱……逮捕された後でも受けるなんて……
ずっと憧れていた。あの賞を受賞して、将来の大作家としてメディアから注目される未来を……何度も何度も……
でも、その地位に上り詰めようとしている。おそらく、社会に与えた影響も考慮すれば、受賞の最有力候補は青野英治だろう。私よりもはるか遠くに彼は進もうとしている。私たちが彼を拒絶したはずなのに、今となっては、むしろ……
青野英治が、私たちを斬り捨てたようにすら感じられる。
圧倒的な才能を示すことで……私たちは置いて行かれたのだ。
人間としても、作家としても負けた。
涙が止まらなくなる。自分の自尊心はもうこれ以上傷つかないと思っていた。今が一番下だと思っていた。
でも違う。逮捕されてすべてを失う寸前だけど……それ以上に私には地獄が待っていることを教えられる。だって、そうじゃない。
私はこれから彼が生きているうちはずっと劣等感にさいなまれることになる。彼が新刊を発売した時、彼の本がベストセラーになった時、文学賞を受賞した時……それだけじゃない。電車で名前も知らない人間が、彼の本を楽しく読んでいるだけでも、私は死にたくなるくらいの絶望に襲われる。
その未来を想像しただけで、私はどうにかなってしまう。
そして、彼はいつの間にか私のことなんて歯牙にもかけないくらいの名声を手に入れる。私の人生は読書とともにある。それを捨てることなんて自分の今までの人生を捨てることになる。そんなことはできない。
だから、私は生きている間、一番好きなことをしているときに、常に苦しみを味合わなくてはいけなくなる。どうすればいいの。
そして、さらに自分の立場を理解させられる。自分は青野英治という天才を排除しようとして、自分の未来すらも手放したことに……
この劣等感は、呪いのようにずっと自分の後についてくる。
私はその呪いにずっと悩まされることになる。
「いやああああぁぁぁぁあああああ」
絶叫しながら、私は地面に転がされた。
※
―宇垣愛視点―
学校帰りに、私はいつものようにセンパイの家でお茶を飲んでいた。
お父さんは今後のために検査入院中。何度もお見舞いに行っているんだけど、昨日お父さんから「明日はいいよ。特に検査もないから。英治君と遊んできなさい」と言ってくれた。
だから、キッチン青野で夕食を食べることとなった。家にひとりでもいろいろ不安だから、こうして彼の家族とお話をしながらご飯を食べるのは気がまぎれるし、楽しい。
お父さんは気を利かせてくれたんだ。私が背負い過ぎないように……
目玉焼きハンバーグを食べながら、私はセンパイとたわいもない話をする。
最近見たおすすめの映画、学校の授業の話、小さい頃の思い出。
「はい、愛ちゃん。このお店のアールグレイ、おすすめなのよ。飲んでみて」
ドリンクをサービスしてくれたお母さんは、さっきまで私たちが話していたセンパイの小さなころのハロウィンの仮装に反応して、「あら、あの仮装の写真ならスマホにデータがあるわ。送るわよ」と言ってくれて、それを慌ててセンパイが止めようとして、二人でじゃれあっている。
その様子を遠くで見て、くすりと笑いながら、デミグラスソースに絡めてハンバーグを食べていたら、どうやらセンパイが負けたらしい。
かわいいドラキュラのコスプレをした5歳くらいの彼を見て、思わず言葉が漏れてしまう。
かわいい。私はセンパイが戻ってくる前に、スマホの本体に写真を保存した。
彼は慌てて戻ってきて、確認する。
「もう見た?」
その焦った様子がまたかわいいと思ってしまう。
こういう幸せな家庭を築けたら幸せだろうなと思いながら、私は笑顔で頷いた。
センパイは顔を真っ赤にして崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます