第248話 愛と英治

 二人は長く静かに抱き合っていた。言葉はうまく聞き取れなかったけど、うまく仲直りができたことを喜ぶ。父さんありがとう。おかげでうまくいったよ。


 俺はここにいたら一番喜んでくれるはずの父さんの顔を思い浮かべて、目の前が涙でにじむ。


 本当に静かな時間だった。木漏れ日が二人を包んでいるように見える。

 それはまるで、ここにはいないはずのもう一人の家族が天上から二人を見つめているようで、神々しさを感じる。


 ふたりは、ゆっくりと手をほどき、少しだけ話して、宇垣のおじさんだけがこちらに歩いてきた。


「英治君、先に車に行っているよ。情けないことを頼むが、愛のことを頼む。私の前では話せないこともあるだろうから」

 その言葉を聞いて、こちらも真剣にうなずいた。


「わかりました」

 おじさんは、泣きそうな顔で「頼む」とだけ伝えて、車へと戻っていく。


 俺は彼女の元へと向かう。愛さんは、幸せそうに笑っていた。目に涙を浮かべながら。


「ありがとうございます。本当に解決できちゃうなんて、思わなかった。また、助けられちゃいましたね」

 力が抜けたように話す彼女は、とても美しかった。


「そんなことないよ。俺はこの場を作っただけで。仲直りできたのは、愛さんが勇気を出して、話せたからで……」

 俺が言い終わる前に、彼女は首を横に振った。


「それでもです。あなたがいてくれたから、私は変わることができた。そして、あなたがいてくれたからこそ、勇気を出すことができました」

 彼女はふわっと俺の背中に腕を回して抱き着いてくる。

 一瞬だけ驚いて、俺もすぐに彼女の背中に腕を回した。


 華奢なこの身体でたくさんのプレッシャーに耐えていたのだろうことがうかがえて、思わず力が入ってしまう。


「しっかり握っていてくださいね」


「ああ」


「ずっと一緒にいてくれるんですよね」


「うん、約束したじゃないか」

 彼女は嬉しそうに俺の胸に頭を預けて頷いている。


「ありがとうございます。あの日、屋上で私を見つけてくれて……死のうとしていた私を引き留めてくれて……そして、あの日からずっとそばにいてくれて。一人じゃ、たぶん、耐えることはできなかったから。ずっと、ずっと、あの日から失った家族のことを考えて生きてきました。あなたが全部取り戻してくれた」

 彼女も腕の力を強める。

 そして、続けた。


「不思議なんですよ。恋とか愛とかそんなことを考える余裕もなかったはずなのに。今の私はどうしようもなくあなたを愛している。なのに、まだ、ちゃんと言えていなかったから、言わせてください」

 彼女は、こちらをまっすぐに見た。目にはやはり大粒の涙を浮かべている。


「あの日、あの屋上で、私は死ななくてよかった……あなたと出会えてよかった」

 それを聞いて、やっと俺たちの新しい人生が始まったように思えた。

 

「俺もだよ。たぶん、愛さんに出会わなければ、だめになっていたと思う」

 彼女は何度も頷く。


「やっぱり運命は残酷ですよね。せっかくお父さんと和解できたのに……でも、それでも、私はあなたと一緒なら前に進める。これからもずっとずっと、一緒にいてくださいね」

 その残酷な運命に一度はあきらめていたはずの少女は、力強く前に進むことを決めていた。彼女と一緒ならどこにでも行ける。もしかしたら、奇跡だって起こせるかもしれない。


「うん。約束する」

 俺たちは、その約束のために力強くお互いの存在を確認し続けた。

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