第245話 愛のもとへと

―数日前、愛視点―


 センパイに助けを求めた後、彼は私にずっと寄り添ってくれていた。

 愛されていることと大切にされていること、そして、かけがえのない安心感。この2年間でずっと欲しかった大切な存在が近くにいてくれることが本当にありがたかった。


「センパイ」

 私が短く言うと、彼は「うん」と返してくれる。


「私、あの時、死ななくて本当に良かったです」

 今の自分からすれば、あの日の選択がどんなにバカげたことだったか恐ろしくなる。でも、あの選択を考えなければ、彼とは出会うこともなかった。それが今ではとてつもなく怖い。私は意地っ張りで、周囲に助けを求めることができない性格だから……彼みたいに誠実な人じゃなければ、見つかったとしても心は助からなかった。


「ずっと後悔していたんです。あの日、事故に巻き込まれた日。私が少し準備に時間をかけてしまったから。巻き込まれてしまったとしても、あの日の自分は少し母にきつく当たってしまったところもあって……あんなことが起きるとは思わなかったから。母と最後に会話する機会だったのに……どうして、自分は……」

 自己嫌悪の言葉が止めたくても止められなくなって、流れて行ってしまう。

 だめだ。お母さんの思いも無駄にしてしまうのに、止めることができない。


 そんな苦しみを抱えた私を、センパイは優しく抱きしめてくれた。


「後悔するな、なんて俺には絶対に言えない。でも、愛さんの後悔をほんの少しでも共有することはできるよ。俺は、キミにたくさん助けられた。だから、俺も少しは愛さんに協力したい」


 その言葉を聞いた時、私はもう限界だった。

 感情が爆発して、彼の胸にすべてを預けて、号泣した。止めることなんて考えもしないで、赤子のように私はただ泣き続けた。もしかしたら、お母さんが亡くなってから、本当の意味で初めてやっと泣けたのかもしれない。


 ※


―車内・宇垣視点―


「まさか、君までグルとは思わなかったよ、古田さん」

 私は英治君に車に押し込まれた。運転席には、あの刑事がいた。

 どうやら、彼まで仕掛け人らしい。


 この車の目的地は分からない。キッチン青野かそれともあのマンションか。

 おそらく、愛がいる場所に向かっている。彼と会うと決まってから、おそらくそうなるという覚悟はしていたつもりだ。


 もう逃げることは難しいからな。

 古田がラジオをつけた。さきほどから車内はずっと無言だ。横にいる英治君も厳しい顔をしていた。


 ラジオからはニュースが流れる。総理の不正疑惑だ。近藤市議の会社から疑惑は大手にまで広がっていった。その調査状況の続報だろう。もうここまで来たら、誰にも止められない。最後の手段で国会を解散しても、選挙に勝てるわけがない。あの権力の亡者は、破滅への道を歩かされている。


 愛と会える。その時に自分はまだ仮面をつけ続けているだろうか。それとも、冷徹の仮面はとうとう崩れ落ちるのか。考えてもわからなかった。


 ただ、愛には今日はもう一度、現実の厳しさを突きつけないといけない。親として、娘が悲しむ姿を見たくなどない。だが、あの時とは違う。私が死んだとしても、愛娘には英治君たちがいてくれる。だから、大丈夫だ。


 ふと、心の重しが取れるような感覚に陥る。そして、車は目的地にたどり着いた。


「まさか、こことはね」

 思わず苦笑をしてしまう。だが、決着をつける場所として、ここ以外にふさわしい場所はないとも思う。


「宇垣のおじさんにも、きちんと本音を話して欲しいんですよ」

 妻の墓前で嘘をつくことはできないだろうという英治君の指摘は正しい。そして、それはおそらく愛にも言えることだ。


 私たち親子は、やっと本音をぶつけることができるようになったということだろう。


「僕は、ここにいますよ」

 それは彼なりの気遣いだろうが、私は首を横に振った。


「英治君だけには、見届けて欲しい」

 古田は分かっていますよとばかりに頷いた。

 そして、私たちはゆっくりと娘が待つ場所へと向かった。


――――

(作者)


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