第244話 宇垣とあいつ

―青野家の墓―、宇垣視点―


「早く着きすぎてしまったか」

 私は、ため息をついた。英治君との待ち合わせは30分後。早く着きすぎてしまったと言ったが、ある意味で時間が欲しかっただけとも言える。まずは、ここで心を落ち着かせる必要がある。


「情けない顔をしているだろ、笑いたければ笑えよ」

 亡き親友にそうやって軽口をたたいた。もちろん返事はない。

 お土産に持ってきたウィスキーの瓶を見せた。こいつが好きだったシェリー樽で熟成されたウィスキーだ。黒糖のような甘味をもつ酒で、仕事終わりにお互いにこれをストレートで飲んでいたのを思い出す。


「お前がいなくなってから、一人で飲むウィスキーは寂しいよ。私は常に孤独だ」

 権力は人を孤独にするとは言ったものだが、私はそんなことを求めていたわけじゃなかった。ただ、理想をかなえたかっただけだ。こいつとの約束を守るために。


 持ってきた小さなグラスにウィスキーを注いだ。

 秘書が運転してくれるので、私も一杯もらう。甘さとほのかにレーズンのうまみ。モルトのトーストのような甘さもしっかりしている。比較的に若いウィスキーだからこそ、強い個性を持っている。


「法案可決したよ。これで、お前との約束も果たせたな」

 墓前に置いたグラスをカチンとぶつける。あいつのグラスの酒は当たり前だが、減るわけがない。


「もし、お前がいてくれたら、こんなことにはならなかったのかもな。私も愛ともう少し別の形にすることができたのかもしれない」

 残念ながら、私は彼のように情熱ですべてを変えてしまうほどの力はなかった。だから、リスクを計算しこういう結果を導いた。後悔はしていない。だが、もしかしたらと思わないこともない。


「今から英治君が来る。彼は本当に立派に育った。大変ないじめにあっても、助けてくれる仲間や恩師に恵まれている。昔さ、お前言ったよな。愛が英治君の恋人になったりしてなんてさ。あの時は酒の席の冗談だったけど、あれが本当になってしまったよ」

 自嘲気味に笑う。

 あの時は、たしか、娘かわいらしさにそんなことは許さないと言ってしまった。

 でも、今は英治君に愛を任せることができて、安心してしまう自分がいた。本当に皮肉なことだと思う。


「頼む、二人を見守ってくれ。俺もそんなに遠くないうちにそっちに行くことになるからな。また、酒を飲もう」

 もうすぐ時間だ。心を落ち着かせなければいけない。そうしなければ、英治君に会わせる顔がない。


 だが、時間はある意味で残酷だ。


「そんなことを言ったら父さんが悲しみますよ」

 いつのまにか、私の後ろに英治君が立っていた。


「いたのか」


「ごめんなさい。聞いてしまいました」


「かまわない。もう隠す必要もないだろう」

 彼には知っておいてもらいたいことだしな。


「おじさん。一緒に来てほしいところがあるんです」

 彼は澄んだ目でこちらを向いていた。

 その純粋な目を拒むことなどできない。


「わかった」

 私は彼に従う。


「よかった。でも、まずは……」

 英治君はそう言うと、簡単に墓掃除を行い、線香をあいつに捧げる。

 私も彼から受け取って、それを備えた。


「行ってくるよ、父さん」

 彼は力強くあいつに宣言した。


―――

(作者)


5月30日に『人生逆転2』が発売予定です!

それを記念して今週は、作者エックスとカクヨムの活動報告にSSを投稿する予定です。第一弾はすでに投稿済みなので、そちらもご確認ください!

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