第243話 古田の真意

―数日前・宇垣視点―


 野党への工作が大詰めを迎えている。こちらの提案に関心を示しつつも、決定打が欲しいと向こうは言っていた。それはそうだろう。けんかする相手は、この国の最高権力者だ。失敗はつまり、自分たちの失脚につながる。


 だからこそ、向こうは確実性が欲しいと言う。

 それはわかる。だが、この世界には必ずというものはないと思っている。

 それを見つけることは難しい。


 事務所のソファーに背中を預けて、疲れた身体を柔らかいクッション部分に押し付ける。思考がまとまらない。英治君がまとめてくれた愛の告白を下にした小説は、大きな話題を生んでいる。あの事件は、再調査をしたほうがいいのではないかという世論の反応が挙がりつつある。


 だが、あと一歩で何かが足りなかった。


 ドアが叩かれた。今日は面会の予定がなかったはずなのに……

 秘書と誰かが言い争う声が聞こえる。


「ですから、ご予約がなければ……」と秘書が誰かを止めていた。


「予約をしていないからこそ話せることもあるのですよ」とどこかで聞いた飄々とした男の声が聞こえた。


 なるほどな。

 私は戸を開く。県警の古田さんだった。


「宇垣先生、お久しぶりです」

 そう笑いながら言う男の様子を見て、苦笑する。


 秘書に向かって、彼と少し話をしたい旨の説明をして、2人きりにしてもらった。

 彼が敵か味方かはわからない。だが、頭の切れる男だ。このタイミングで、彼が会いたいというのは意味があることだろう。


 今後の私の動きに大きく影響する何かを持ってきた。もしくは、伝えに来たはずだ。


 冷蔵庫に入れておいた缶コーヒーを手渡す。

 彼は嬉しそうにそれを受け入れた。


「古田さん、今日のお仕事は?」

 まずは、距離感を図る。この訪問が公務なのかプライベートなのか。それを確認する意味もある。


「今日は非番です」

 プライベートか。わざわざ、休みの日にここに来たということは……重要な話だろう。


「単刀直入に聞く。何が目的だ」

 彼が敵か味方かはわからない。だからこそ、ストレートに確認するのが一番だ。ここまで直接的に聞くと、いくら凄腕の嘘つきでも、何かしらの戸惑いを見せる。だが、彼は邪念もなく、「あなたを助けに来たと言えばわかるでしょう」と言って、クリアファイルに入った書類を手渡してきた。


 近藤市議の裏金の流れがわかる金融口座や事故が起きたトンネルの入札書類のコピー。警察が保有しているはずの、総理のアキレス腱とも呼べる資料だ。総理は、県警に圧力をかけて、この書類は隠ぺいしようとしていたはず。いや、あの事故の後で隠ぺいされたはずだ。私が調査した時も、この書類は誰かによって消された後だった。


「どうして、これを……」

 まず、疑うべきはこの書類は何かの罠じゃないかということだ。偽造されたもので、これを公表した瞬間にそれがわかり、逆にこちらが窮地に立たされたりする。実際、野党の追及した与党議員の汚職の証拠が偽装されたものであり、逆に野党幹部の首が軒並み飛んだ事件だってあった。


 すぐに、頭に叩き込んでいた事件に関連する日付や金額を思い出して、整合性を確認していく。矛盾はなかった。ここまで矛盾がない資料ということは、原本そのものということだろう。


「どうして……」

 どうして、これを持ってきた。こんな大事な資料が流出すれば、間違いなく裏切り者探しが行われる。表沙汰にはできないだろうから、懲戒免職などは防げるかもしれないが、報復人事は免れない。自分の今後の経歴をすべて否定してでも、彼はこれを私のもとに持ってきた。


「当たり前じゃないですか、警察官はね、正義の味方なんだから」


「それでもだ……どうして、私なんだ。事故が起きたときに公表してもよかったし、他の議員に頼ったって……」

 こちらの問いに、古田は笑った。


「あなた以外で、あの怪物にとどめを刺せる人を知りませんもので。中途半端なマスコミや政治家に任せたら、総理に逃げられてしまうでしょう。その反面、あなたは信用できる。確実に、あの男を潰すことができるのは、あなたくらいしかいない」

 彼は、私と同じように悲しい顔をしていた。

 それですぐに分かった。


「きみは、あの事故で誰を亡くしたんだ?」

 彼はこの前の自分と同じような顔をしていた。どうして、わかったんだという驚きと感嘆を込めた苦笑。


「母です」

 

「そうか」

 短い会話で、私たちは同志と理解する。そして、彼はつづけた。


「お嬢さんと青野家は、私に任せてください。すでに、県警の仲間たちには話を通しておりますから」


「助かる」

 缶コーヒーを飲み干した彼は無言で事務所を後にした。

 

 ※


―キッチン青野―


 休憩室で、国会の中継を見ていた。

宇垣のおじさんの法案が成立した。総理大臣は青い顔をしている。

このまま、自分に不信任案が突きつけられると分かっているのだから、当たり前か。


 中継では、何度も宇垣のおじさんの顔が映し出された。この国の中心となっている人間と向き合う。もう一度、覚悟を固める。父さんが近くにいてくれているような気がした。


 宇垣のおじさんをもう一度、こちらに連れ戻す。


 おじさんとの再会は、明日だ。


―――――

(作者)


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