第242話 悪意の崩壊
―宇垣視点―
ついに、総理を追い詰めた。だが、相手はこの国の最高権力者だ。追い落とすためには、いくつものハードルがある。
私はこの官邸にすべての準備を整えて、たどり着いた。
テレビをつける。私がリークしたあの事故の真相がスクープとして、流されていた。
「えー、○○トンネル崩落事故について、驚くべき真相がわかりました。さきの自分の息子のいじめスキャンダルをもみ消そうとして、裏金問題が発覚し大きな話題になっていた近藤市議の会社が、崩落したトンネルの保守点検工事を行っていたことがわかりました。こちらの入札において、近藤市議の建設会社は、従来よりも格段に安い金額で落札しており、さらに手抜き工事を行っていた模様です」
私が集めた事件の真相が次々と報道されていく。
総理は、思わず固まってしまった。なぜ、これが報道されているのか、わからないとばかりに震えている。
「私たちは、さらに、この手抜き工事で浮いた金額が裏金として、総理の派閥に流れていた疑惑もつかんでいます。これは政局を揺るがす一大疑獄事件として、昭和電工疑獄やロッキード事件に匹敵する規模の衝撃となる模様です」
さらに、この報道と連続して、検察の特捜部が近藤市議の会社と総理派閥の金庫番の事務所や家に家宅捜索に向かう映像も流れている。完全に奇襲が成功した。
実は、法務大臣はこちらに寝返っている。今回の捜査の情報は彼で止めておいてもらった。もちろん、相応の報酬を約束して。警察や検察を抑えているという傲慢さが自分の首を絞めたことに、彼はまだ気づいていない。
いや、今のニュースで法務大臣が裏切ったことには気づいただろう。目の前の哀れな老人にはいくつもの対応策が頭の中で浮かんでいるに違いない。
こちらが有利な状況で法務大臣を抑えていても、内閣の人事権を持つのは目の前の男だ。
こちら側の大臣を更迭して、自分が兼任し、指揮権を発動し捜査を差し止めるという荒業を行う可能性もあった。そのために、こちらも相応の対応が必要になった。そのための最後のカギが、愛の告白をまとめてくれた英治君の小説だった。
「さあ、総理。政治を始めましょうか」
私は、目の前の妻の死を招いた現況に刃を突きつけた。
「さすがだな、宇垣。だが、しょせんは、ただの奇襲に過ぎない。数は力なりだ。最終的な決定権は、すべて私が握っている。政治の決定権はまだこちらにある。それに、君の亡き親友の子供や娘さんがどうなっても構わないのかね」
向こうも切り札を切ってきた。だが、その切り札を発動させる前に、終わらせる必要がある。
「あなたが頼りにしている古田を中心とした県警ですか。残念ながら、彼らもこちらにつきましたよ。さきほどのリーク資料には、警察しか持ちえないものも含まれる。あなたは、裸の王様だったんですよ。もう、あなたは権力を失っている」
「なぜだ……」
総理は信じられないとばかりに目をカッと開いた。本来は迫力があるはずの眼光がなぜか力が弱いように見える。
「それは、次のニュースを見ればわかるでしょう」
ニュースは今回の件に関する野党第一党の代表のコメントを読み上げた。
「今回の報道は信ぴょう性が高く、現在の与党に政権を任せるわけにはいかないと判断しました。わが党は、今日の法案審議後に、衆議院に内閣不信任案を提出する予定です」
その会見映像の後に、キャスターは慌てて続けた。
与党の若手を中心に大規模な離反が予想されているという報道だ。そして、不信任案が可決される見通しが高いことも発表される。
目の前の元・最高権力者は何が起きたのかわからない様子だった。
さきほどまで、自分を支えていた数の力が逆襲してきたのだから当たり前だろう。
内閣不信任案が可決されれば、総理は政権を失う。
議会の多数派から転落したということは、議会を解散しても、国会議員の不逮捕特権を失うことになる。仮に内閣総辞職しても、少数与党なら、逮捕に対して議会は反対しないだろう。
さきほどから、ちらつかせていた指揮権も失った。
彼は、もうただ総理の椅子に座っていることしかできない。それも数時間の命だ。
英治君の小説は、この陰謀については何も言及されていない。そのほうがよかった。彼らが危ない橋を渡らなくてすむから。
だが、もう一度、あの事故について世論の大きな注目を誘うことに成功したのだ。それもあのいじめ事件の被害者だった英治君があの小説をまとめたということだけ大きな意味がある。
そして、注目度が高い中で、あの事件の真相が明らかになる。どちらが有利になるか、誰でもわかるだろう。
野党の説得工作も今回の小説の注目度は大きな武器になった。
勝利が確定したことで、あとは雪崩のようにこちらにつく人間が増えていくことになった。愛と英治君が、私に最高の機会を作ってくれた。そして、古田も……
これは願いだと思う。悪意の根幹であるこの目の前の老人は、新しい世代の希望によって破滅に向かう。
旧世代の悪意はここで終わりにしなくてはいけない。
直接的な力ではなく、ペンというソフトな力が、この国の最高権力者を追い詰めている。本当に皮肉な話だ。
「取引をしよう、宇垣君。総理の座は君に譲る。法案も通す。金だって渡す。だから、私を助けて……」
さすが、しぶといな。さっきまで敵とののしっていた私にすら懇願する。
「総理。あなたが教えてくれたんじゃないですか。数は力なりと。これは政治の話なんですよ?」
私はその捨てセリフを吐いて、その場を後にする。
残されたのは、すべてを失って泣き叫ぶことしかできない哀れな老人だ。権力の絶頂から逮捕という転落が待つだけの……
「まってくれ、頼む、まってくれぇ」
その言葉を背中で聞き流して私はゆっくりと戦場を後にした。
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